40 / 117
第35話 大商人ブラッド
しおりを挟む――二日後。
「これが……冒険者カード!」
ルーテは、ブラッドから受け取った冒険者カードを眺める。
「ありがとうございます! ブラッドさん!」
「大切に持っていてくれたまえ」
彼は、冒険者カードを受け取る為、朝の日課を早々に切り上げて、再びメラスの町にあるブラッドの屋敷に訪れていた。
「――それでは、僕は帰ります! さようなら!」
「……ところで、キミがどこにどうやって帰るのか、付いて行って見物しても良いかな?」
「ダメです! 諦めてください!」
「ふっふっふ、冗談さ。気を付けて帰りたまえ」
そう言って立ち上がるブラッド。
「私もキミと同じく忙しいので失礼させてもらうよ」
「はい! さようならブラッドさん!」
「…………あと、たまには娘に会いに来てやってくれ。キミが忽然と姿を消してしまったと教えたら、随分と泣いていたからね」
「……分かりました。前向きに検討させていただきます!」
「やはりキミは一筋縄ではいかない相手だな。……セレストも大変だ」
最後に、ルーテに聞こえないように小さな声で呟き、部屋を後にするのだった。
応接間に取り残されたルーテは、テーブルクロスを持ち上げて机の下を覗き込む。
「……もう出てきても大丈夫ですよ。セレストさん」
「ええ、分かっているわ」
ルーテが呼びかけると、机の下に隠れていたセレストが姿を現した。
「………………」
セレストは立ち上がり、服の埃を払った後、ルーテの隣に腰かける。
「じゃあ、僕はこれで――「ちょっと! 前向きに検討するってどういうことよっ!」
突然、セレストは怒りながらルーテの頬をつねった。
「いたっ! いはいれす……やめれくらさい!」
涙目になりながら抗議するルーテ。
「かわいい……! なにこの気持ち……!」
一方、セレストの心には彼に対する新しい感情が芽生えつつあった。
*
セレストが机の下に隠れていたのには理由がある。
――それは、ルーテがブラッドと対面する少し前のこと。
「こちらでしばらくお待ちください」
「分かりました!」
使用人の案内のもと応接間まで連れて来られたルーテは、ソファに腰かけブラッドを待っていた。
「ルーテさまっ!」
そしてすぐに、扉が勢いよく開け放たれる。
しかし、やって来たのはブラッドではなくセレストだ。
彼女はものすごい速さでルーテの座るソファーへ突進する。
そして、その勢いのまま飛び跳ねてルーテに抱きつこうとした。
「受け止めてっ!」
叫ぶセレスト。
刹那、ルーテは≪見切り≫を発動してそれを回避する。
「ええええっ!」
「――風よ舞え、アウラ」
それから、風魔法を発動させて勢いを殺し、セレストの体を優しくソファへと着地させるのだった。
「ぼふっ!」
「大丈夫ですかセレストさん?」
「むーーっ!」
ソファーに顔をうずめたまま、悔しそうにバタバタするセレスト。
どうにか顔を上げ、歓喜に満ちた表情でルーテの方を見る。
「あんな勢いで飛びついたら二人そろってダメージを負ってしまいますよ? 気を付けて――「ルーテさまぁっ!」
「わあ」
初撃をかわすことに成功したルーテだったが、結局セレストに抱きつかれてしまうのだった。
「挙動が読めません……!」
あまりにも予測不能なセレストの動きに戦慄するルーテ。
「あぁ、ルーテさま! いきなりいなくなっちゃったから……もう会えないかと思ったわっ!」
「大丈夫です。時間さえあれば割といつでもここに来られますよ?」
「……だったら毎日会いに来てっ。 その……あんなことしてあげたのは……あなただけなんだからねっ! 乙女の気持ちを踏みにじったら、ただじゃおかないんだからっ!」
「あんなこと? いきなり僕の頬に口づけしてきたことですか?」
ルーテは首を傾げながら問いかける。
それに対し、セレストはみるみるうちに顔を赤くしていった。
「その……反応に困りますし、とても恥ずかしいので、ああいうことはできれば僕以外の人に――「そ、そんなことよりルーテさまっ! この前は一体どうやっていなくなったの? みんな『急に消えた』って不思議がっていたわよ?」
ルーテに質問して強引に話題を変えるセレスト。
「ええと……そうですね。……セレストさんにだけなら、特別に教えてあげてもいいかもしれません。ブラッドさん含めて、屋敷の人には話さないでいてもらえますか?」
「とっ、特別!? も、もちろんよ! 誰にも言わないわ! わたしとルーテさま二人だけの秘密ねっ!」
セレストは特別という言葉に強く反応する。
一緒に居たイリアやミネルヴァが同じ秘密を知っている可能性は微塵も考えていなかった。
「違います。二人だけではありません」
「ああ……素敵だわ…!」
ルーテの声も、今のセレストには届かない。
それからルーテは、アレス・ノヴァを取り出してセレストに見せながら、その仕組みを知っている範囲で説明する。
「――――要するに、これを使うと好きな場所へ一瞬でワープできるんです!」
「……そんなすごいことがこの玩具《おもちゃ》みたいなやつに出来るだなんて信じられないけれど……ルーテさまの言うことだから信じるわ!」
セレストはそう言って球体を軽くつついた後、こう続けた。
「――確かに、そういうことならこれの存在はなるべく秘密にしておいた方が良いわね。特に、パパに知られたら何をされるか分からないわ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。……だってパパは商人だもの。こんなに面白いものの存在を知ったら、何としてでも手に入れようとするはずよ……」
セレストは俯く。
「……それで同じものをいっぱい作ってみんなに売るの。『てっぽう』の時もそうだったわ。パパの売ったものが沢山の人を……殺すの……」
(…………そういえばこの世界には鉄砲がありましたね。刀以上に入手が難しい上に、まともに扱う為には、魔法を捨てて更に色々なスキルや戦技で強化する必要がある超上級者向けの武器ですが)
「だからパパのことは好きだけど……ちょっとだけ怖いわ……」
(よくよく考えてみれば、たまにアッシュベリー商会で鉄砲と銃弾を売っていた気がします! 話が繋がりました! ……なるほど、そういった選択もアリですね。詠唱が必要ないので恥ずかしくありませんし!)
沈んだ表情で心の内に秘めていた不安を吐露するセレストに対し、心の中で物騒な企みをするルーテ。
「…………ママがいた頃のパパは……もっと優しい目だった……」
セレストはぼそりと呟き、ルーテの肩に寄りかかった。
「――やはりブラッドさんは一筋縄ではいかない相手のようですね。全くもって度し難いです!」
「変な話してごめんね、ルーテさま……」
「僕は問題ありません。それに、鉄砲だってモンスター相手に使えば結果的に大勢の人を……」
そこまで言いかけたその時、部屋の外の廊下からブラッドの鼻歌が聞こえてくる。
セレストは慌てて姿勢を正し、ルーテの方を見て言った。
「ぱ、パパが戻って来たわっ!」
「……どうしてそんなに慌ててるんですか?」
「だ、だって、ここに居るのを知られたらお勉強をサボってることがバレちゃうっ! 匿ってルーテさまっ!」
こうして、先ほどまで落ち込んでいたはずのセレストは元気になり、大急ぎで机の下へと潜り込むのだった。
*
「……ふう。もういいわ。とにかく匿ってくれてありがと」
気の済むまで頬を引っ張って遊んだセレストは、ようやくルーテのことを解放する。
「恩を仇で返されました……」
それに対して、ルーテは目を潤ませながら呟いた。
「ご、ごめんなさい。その……もう一回してあげるから……それで許してっ!」
「……何をで「ちゅっ!」
セレストは、さんざん引っ張ったルーテの頬へ前と同じように口づけする。
「ぁ……また……」
「あ、ありがとう。さっきの話……ルーテさまに聞いてもらったら少し楽になったわ。さ、さようならっ!」
そして、前と同じように走って部屋の外へ出ていこうとするが……。
「うわぁっ!」
「ぎゃあああああああっ!」
応接間からこっそりと様子を伺っていたブラッドとぶつかり、二人揃って派手に転んでしまう。
「……そんな所で何をしているんですか、ブラッドさん?」
「キ、キミがどうやって消えるのか見せてもらおうと……って、そんなことよりキミはわたしの娘に何をっ…………いや、された方か。む、むすめが……き、キスを……! 私はどうすれば良いんだっ!」
「もうパパなんか大っ嫌いっ! あっちいってっ!」
それから、ルーテはしばらくの間親子の修羅場に巻き込まれることとなるのだが、それはまた別の話である。
0
あなたにおすすめの小説
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。
なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!
冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。
ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。
そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。
【完結】元ゼネコンなおっさん大賢者の、スローなもふもふ秘密基地ライフ(神獣付き)~異世界の大賢者になったのになぜか土方ばかりしてるんだがぁ?
嘉神かろ
ファンタジー
【Hotランキング3位】
ゼネコンで働くアラフォーのおっさん、多田野雄三は、ある日気がつくと、異世界にいた。
見覚えのあるその世界は、雄三が大学時代にやり込んだVR型MMOアクションRPGの世界で、当時のキャラの能力をそのまま使えるらしい。
大賢者という最高位職にある彼のやりたいことは、ただ一つ。スローライフ!
神獣たちや気がついたらできていた弟子たちと共に、おっさんは異世界で好き勝手に暮らす。
「なんだか妙に忙しい気もするねぇ。まあ、楽しいからいいんだけど」
俺の好きな人は勇者の母で俺の姉さん! パーティ追放から始まる新しい生活
石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが別に気にも留めていなかった。
ハーレムパーティ状態だったので元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、三人の幼馴染は確かに可愛いが、リヒトにとって恋愛対象にどうしても見られなかったからだ。
だから、ただ見せつけられても困るだけだった。
何故ならリヒトの好きなタイプの女性は…大人の女性だったから。
この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。
勿論ヒロインもチートはありません。
他のライトノベルや漫画じゃ主人公にはなれない、背景に居るような主人公やヒロインが、楽しく暮すような話です。
1~2話は何時もの使いまわし。
亀更新になるかも知れません。
他の作品を書く段階で、考えてついたヒロインをメインに純愛で書いていこうと思います。
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。
これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない
あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)
みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。
在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる