転生先は、BLゲームの世界ですか?

鬼塚ベジータ

文字の大きさ
16 / 23

第16話

しおりを挟む

     *
 
「真広! 何してんだよ」
 呼ばれた真広は、その眠たげな表情に似合う仕草でゆっくりと振り向いた。同時に、真広の隣に青年が腰掛ける。青年は真広のスピード感に違和感もないのか、答えを焦ることもない。
 真広は彼が隣に腰掛けたのを見届けて、またしてもゆったりと空に目を向けた。
「あー……ほら、雨が降りそうだなって思って」
「それで空見てたのか? 今日は寒いからもうみんな中に入ったぞ」
 この時間ならいつもは子どもや、子どもと遊ぶ兄や姉が走り回っているのだが、確かに今は誰もいない。真広は広いグランドを見渡してそれを確認したが、特に焦って立ち上がることもなかった。
「入らないのか?」
「んー、なんとなくね。僕、ここに来てもう十年が経つんだなって思うと、なんか眺めていたい気分になってね」
 真広がこの養護施設にやってきたのは、真広がまだ七歳の頃だった。
 母子家庭だった真広の母が過労で亡くなり、親戚付き合いもなかったために、当時の真広も気づかぬうちにあれよあれよと施設にいた。
 人見知りな真広にとっては知らない子たちとの生活など苦でしかなかったが、今真広に声をかけている彼が真広の面倒をよく見てくれていたから、真広はなんとかやれている。
 彼は一つ年上で、真広にとっては兄のような存在である。
「十年前はまだまだ小さかったのになぁ」
 彼の言葉に、真広はすぐには反応をしなかった。ただ空を見て、やはり緩慢な仕草で今度は手元に目を落とす。
「……静希くん、卒業したら施設出るんだよね? もう家見つかったの?」
「ん、ああ、見つかったというよりは、社員寮だな。就職するからさ」
「そっか」
 真広の横顔を見て、静希は苦笑を漏らす。
「落ち込むなって! 俺たちはずっと家族だろ。俺が施設出てもずっと一緒に遊ぼう」
「うん……」
「俺のことで落ち込むより、勉強進んでんのか? 国立大の医学部狙ってるんだろ?」
 静希の大きな手が真広の頭を乱暴に撫でる。真広はされるがままで、首を右に左にと傾ける。
「お、降ってきたな。入るぞ」
 ポツポツと雨が降り始め、地に斑点を作る。静希は真広の背を押して、二人はようやく施設内に向かった。
 真広にとって、静希は兄であり親のようだった。人当たりもよく施設内でも人気の高い静希は、ほかの子と同じように真広のことを可愛がってくれた。
 真広は明るい子ではなかった。ずっと静かに本を読んでいるような、いつも眠たげで暗い目をしているような、そんな近寄り難い子どもであった。
 しかし、真面目で面白みもない真広だったからこそ、初めて手にとったとあるゲームに夢中になったのかもしれない。真広はゲームに夢中になり、そして静希にも勧め、気がつけば語り合うようになっていた。

     *
 
 ティトが目を開けると、一番に医務室の天井が見えた。
 毒のときにもこんなことがあったなと、そんなことをぼんやりと考えながら、ティトは体を起こそうと力を込める。しかし頭が強く痛み、その痛みからベッドに戻った。思ったよりも強く打ったらしい。七年前の件は覚えていないが、今回階段から落ちた件は記憶に残っている。ティトはいまだにズキズキと痛む後頭部と背中にうんざりとするように、一つ深いため息を吐いた。
「ニコラ? リオ?」
 誰もいないのかと呼びかけてみると、レースカーテンがふわりと揺れた。
 時計がちょうど見えない。今が休憩時間なのか授業中なのかも分からないから誰がいるのかも想像がつかないが、誰かが居る気配だけはある。
「ああ、起きたのか」
 レースカーテンの隙間から顔を出したのはリオールだった。するとリオールの背後からニコラがひょいと現れる。レースカーテンが開いた拍子に時計が見え、今が昼休憩であると分かった。
「来てくれたんだ」
「びっくりしたよ。教室に着いたらさ、ティトが階段から落ちたって騒ぎになってた。ティト、一時間も起きないし。さすがに僕たちもそろそろ頬を叩くか水をかけるか話し合ってたよ」
「本当に。……先生いわく外傷はないってことだったが、それでも七年前の件もあるし、また何かおかしなことになったんじゃないかと」
「大丈夫、ありがとう。……誰が運んでくれたの?」
「「号泣してたルギス先生」」
 二人のシンクロに、ティトは「想像がつくよ」と声を出して笑う。
「その兄様は?」
「ついさっき、目を覚まさないティトに痺れを切らしてカバン取りに行った。もう帰らせるってさ」
「ティト、起きられるか?」
 リオールが心配そうに、起きようとするティトを支える。支えがあるからか、先ほどよりも痛みは少なく、ティトはやっとゆっくりではあるが起き上がることができた。
「……なんか、だんだんエスカレートしてるよな、ティトの被害」
 ニコラが渋い顔をして、低くつぶやく。
「だけど今回、ベルノー先生は俺たちの教室に居たのを見た。薬師学の授業の準備をしていたから白だ」
「このままだとティトが殺される。早く犯人を見つけないと……」
「うん。……ねえ二人とも、もう少しここに居てくれないかな?」
 場にそぐわないティトの落ち着いた声に、ニコラもリオールも驚いたように目を見開いた。アイコンタクトをしてふたたびティトに視線を戻すと、不思議そうな顔をしたままでそれぞれが了承を返す。しかしなぜそんなことを言われるのかが分からないようだった。
「ティトー! 起きたのかー!」
 バン! と医務室の扉を開けて、入ってきたのはルギスだった。外にも話し声が聞こえていたのかもしれない。ルギスは真っ直ぐにティトのベッドにやってくると、ティトが痛まないようにと優しく抱きしめる。
「ごめんなぁ、俺が四六時中守ってやらないからこんなことに!」
 ティトは相変わらず呆れたように苦笑を浮かべ、慰めるようにルギスの背を優しく撫でる。そんな二人を見ていたニコラとリオールも、やれやれと眉を下げていた。
「兄様、僕が毒に倒れて屋敷に帰ったときもそう言ってたね」
「当たり前だろ! 俺がついていたならこんなことにはならなかった!」
「予想外にも僕が毒を飲んじゃったから、謝ったんじゃなくて?」
 びくりと、ティトの背に回っていたルギスの手が揺れた。
 ルギスがゆっくりと離れる。ティトは射抜くようにルギスを見る。
「何言ってるんだよティト、疲れたのか?」
 心配するニコラを一瞥し、ティトは戸惑うルギスへと視線を戻した。
「仮説を立てると、兄様が一番当てはまるんだよ。七年前の事件の目撃者も兄様だけ。毒の事件も、頻繁に僕の教室にやってくる兄様なら仕込むことができる。リオの誘発剤だって、職務室に居た兄様なら混入は簡単でしょ。そしてさっき、兄様は僕を突き飛ばした」
「ティト、兄様がそんなことをするわけがないだろ?」
 諭すようなルギスには、ティトは緩く首を振った。
 ルギスの背後で二人のやりとりを見守っていたリオールとニコラは、何かに気付いたようにハッと肩を揺らす。
「そういえば毒が混入された日、ルギス先生が教室に来てたってさっき聞いたな……」
「職務室にもルギス先生は居た。ベルノー先生が水を入れて持ってくるとき、目を離すタイミングがあった気がする」
 二人の言葉が終わると、医務室は重たい空気に包まれる。
「だ、だけどティト、ルギス先生にはそんなことをする理由がないよ。ティトを突き飛ばすなんて一番やるわけがない。なあリオ」
「そうだな。ルギス先生がティトを傷つけるわけがない」
 犯人として当てはまる人物がルギスであることに、二人は動揺しながらも言葉を紡ぐ。しかしティトはルギスから視線を外さない。一挙一動を見ているようだ。
「兄様。……目が合ったでしょ。七年前は分からなくても、今回は覚えてるよ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました

織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

【本編完結】異世界で政略結婚したオレ?!

カヨワイさつき
BL
美少女の中身は32歳の元オトコ。 魔法と剣、そして魔物がいる世界で 年の差12歳の政略結婚?! ある日突然目を覚ましたら前世の記憶が……。 冷酷非道と噂される王子との婚約、そして結婚。 人形のような美少女?になったオレの物語。 オレは何のために生まれたのだろうか? もう一人のとある人物は……。 2022年3月9日の夕方、本編完結 番外編追加完結。

花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?

銀花月
BL
魔導師マルスは秘密裏に王命を受けて、花街で花を売る(フリ)をしていた。フッと視線を感じ、目線をむけると騎士団の第ニ副団長とバッチリ目が合ってしまう。 王命を知られる訳にもいかず… 王宮内で見た事はあるが接点もない。自分の事は分からないだろうとマルスはシラをきろうとするが、副団長は「お前の花を買ってやろう、マルス=トルマトン」と声をかけてきたーーーえ?俺だってバレてる? ※[小説家になろう]様にも掲載しています。

【完結済み】騎士団長は親友に生き写しの隣国の魔術師を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)
BL
アイゼンベルク帝国の騎士団長ジュリアスは留学してきた隣国ゼレスティア公国の数十年ぶりのビショップ候補、シタンの後見となる。その理由はシタンが十年前に失った親友であり片恋の相手、ラシードにうり二つだから。だが出会ったシタンのラシードとは違う表情や振る舞いに心が惹かれていき…。過去の恋と現在目の前にいる存在。その両方の間で惑うジュリアスの心の行方は。※最終話まで毎日更新。※大柄な体躯の30代黒髪碧眼の騎士団長×細身の20代長髪魔術師のカップリングです。※完結済みの「テンペストの魔女」と若干繋がっていますがそちらを知らなくても読めます。

【完結】この契約に愛なんてないはずだった

なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。 そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。 数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。 身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。 生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。 これはただの契約のはずだった。 愛なんて、最初からあるわけがなかった。 けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。 ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。 これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。

待て、妊活より婚活が先だ!

檸なっつ
BL
俺の自慢のバディのシオンは実は伯爵家嫡男だったらしい。 両親を亡くしている孤独なシオンに日頃から婚活を勧めていた俺だが、いよいよシオンは伯爵家を継ぐために結婚しないといけなくなった。よし、お前のためなら俺はなんだって協力するよ! ……って、え?? どこでどうなったのかシオンは婚活をすっ飛ばして妊活をし始める。……なんで相手が俺なんだよ! **ムーンライトノベルにも掲載しております**

【完結】完璧アルファな推し本人に、推し語りするハメになったオレの顛末

竜也りく
BL
物腰柔らか、王子様のように麗しい顔、細身ながら鍛えられた身体、しかし誰にも靡かないアルファの中のアルファ。 巷のお嬢さん方を骨抜きにしているヴァッサレア公爵家の次男アルロード様にオレもまたメロメロだった。 時に男友達に、時にお嬢さん方に混ざって、アルロード様の素晴らしさを存分に語っていたら、なんとある日ご本人に聞かれてしまった。 しかも「私はそういう人の心の機微が分からなくて困っているんだ。これからも君の話を聞かせて欲しい」と頼まれる始末。 どうやら自分の事を言われているとはこれっぽっちも思っていないらしい。 そんなこんなで推し本人に熱い推し語りをする羽目になって半年、しかしオレも末端とはいえど貴族の一員。そろそろ結婚、という話もでるわけで見合いをするんだと話のついでに言ったところ…… ★『小説家になろう』さんでも掲載しています。

処理中です...