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第一話:裏切りの露呈
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モンブラン伯爵家の広大な邸宅は、いつもと変わらぬ静寂に包まれていた。磨き上げられた大理石の床には、朝の光が差し込み、柔らかな輝きを放っている。
しかし、伯爵夫人エレノアの心は、その光とは裏腹に、深い暗闇に沈んでいた。
結婚して三年。夫であるアルベール伯爵を心から愛し、伯爵夫人としての務めを完璧にこなしてきたエレノアにとって、それはあまりにも衝撃的な目撃だった。
その日の午後、エレノアは伯爵夫人としての公務で街に出ていた。いつものように馬車に揺られ、人々の賑わいを眺めていたその時、ふと目に入った光景に、エレノアの呼吸が止まった。
煌びやかな宝石店の前で、見慣れた金髪の背中が、一人の可憐な女性と親しげに腕を組んでいる。目を凝らすまでもなく、それは夫、アルベールだった。
隣の女性は、守ってあげたくなるような愛らしい顔立ちで、アルベールに甘えるように寄り添っている。彼らは、宝石店へと連れ立って入っていった。
エレノアは、その場で表情一つ変えずにいた。通りを歩く人々も、馬車の御者も、まさか伯爵夫人が今、裏切りを目撃したとは思いもしないだろう。しかし、その内側では、激しい波が荒れ狂っていた。
邸宅に戻ったエレノアは、自室にこもり、ひどく打ちひしがれていた。エレノアは、これまでアルベールの行動に何の疑問も抱いていなかった。
夫が時折邸宅を留守にすることもあったが、それは伯爵としての公務だと信じ込んでいたのだ。それゆえに、この目撃は、彼女にとって青天の霹靂だった。
翌朝、エレノアはアルベールを自室に呼び出した。彼の顔は、何事もなかったかのように平静だった。
「アルベール様、お伺いしたいことがございます」
エレノアは、震える声で言った。
アルベールは、退屈そうにソファに腰掛けた。
「なんだ、エレノア。改まって」
「昨日一緒にいらっしゃった令嬢とは、どのようなご関係でいらっしゃいますの?」
エレノアの問いに、アルベールの顔から笑みが消えた。しかし、すぐに彼は嘲るような笑みを浮かべた。
「そうだな、もう隠さずともよいか。彼女は私の愛する人だ。まぁ別に構わないだろう。結婚して伯爵位を継いだ今は、私がモンブラン伯爵家の当主だ。愛人の一人くらい許せ」
アルベールは、堂々と言い放った。彼の言葉には、一切の罪悪感がなかった。それどころか、むしろ優越感すら滲み出ている。
「何を、おっしゃいますの!? あなたは私を愛していたのではなかったのですか!」
エレノアは、怒りに声を震わせた。
「何を怒ることがある? そもそも私は彼女、セシルを学生の頃から愛していた。だが、子爵家の次男だった私は、貴族でいるためにはどこかに入婿にならなければならなかった。セシルの家に入れれば良かったが、セシルには歳の離れた弟がいて跡取りがいたんだ。だから、当時私はセシルと泣く泣く離れ、伯爵家に来たんだ。だが、結婚し私は、私はこの伯爵家の当主になったのだ。私の邸宅に、誰を招き入れようと私の自由だろ」
アルベールは、まるで当然のように言った。彼の傲慢な言葉は、エレノアの心を抉る。
ショックのあまり何も話せないエレノアに、アルベールはさらに吐き捨てる。
「どうせバレてしまったんだ。これからは、セシルをこの邸宅に迎え入れよう。心細いだろうから部屋は私の近くにするか。そうだ、君の部屋を明けてやってくれ。彼女は可憐なのだから、私が守ってやらなければならないんだ。
ああ、可愛いセシルに執務なんてさせられないから、夫人の執務は君がやってくれ。これでも3年間夫婦をやったよしみだ。執務をしているうちは、離婚もせず家から追い出さないでやるよ。」
その言葉は、エレノアにとって、激しい侮辱だった。自分がただ「お飾り」の妻として執務のみに利用され、愛人を実質的な伯爵夫人の地位に納めようとしている。そして、それを公然と行おうとしているのだ。
愛していた夫に裏切られた悲しみ。そして、自分を差し置いて愛人を公然と伯爵夫人のように扱おうとする屈辱。エレノアの心の中で、これまでの淑女としての矜持が、音を立てて崩れ去っていく。
しかし、その瓦礫の中から、新たな感情が芽生え始めていた。それは、静かで、しかし燃え盛るような、復讐の炎だった。
「……ええ、承知いたしましたわ、アルベール様」
エレノアは、凍えるような声で言った。その顔は無表情で、アルベールは彼女の内に秘めた決意に気づくことはなかった。
しかし、伯爵夫人エレノアの心は、その光とは裏腹に、深い暗闇に沈んでいた。
結婚して三年。夫であるアルベール伯爵を心から愛し、伯爵夫人としての務めを完璧にこなしてきたエレノアにとって、それはあまりにも衝撃的な目撃だった。
その日の午後、エレノアは伯爵夫人としての公務で街に出ていた。いつものように馬車に揺られ、人々の賑わいを眺めていたその時、ふと目に入った光景に、エレノアの呼吸が止まった。
煌びやかな宝石店の前で、見慣れた金髪の背中が、一人の可憐な女性と親しげに腕を組んでいる。目を凝らすまでもなく、それは夫、アルベールだった。
隣の女性は、守ってあげたくなるような愛らしい顔立ちで、アルベールに甘えるように寄り添っている。彼らは、宝石店へと連れ立って入っていった。
エレノアは、その場で表情一つ変えずにいた。通りを歩く人々も、馬車の御者も、まさか伯爵夫人が今、裏切りを目撃したとは思いもしないだろう。しかし、その内側では、激しい波が荒れ狂っていた。
邸宅に戻ったエレノアは、自室にこもり、ひどく打ちひしがれていた。エレノアは、これまでアルベールの行動に何の疑問も抱いていなかった。
夫が時折邸宅を留守にすることもあったが、それは伯爵としての公務だと信じ込んでいたのだ。それゆえに、この目撃は、彼女にとって青天の霹靂だった。
翌朝、エレノアはアルベールを自室に呼び出した。彼の顔は、何事もなかったかのように平静だった。
「アルベール様、お伺いしたいことがございます」
エレノアは、震える声で言った。
アルベールは、退屈そうにソファに腰掛けた。
「なんだ、エレノア。改まって」
「昨日一緒にいらっしゃった令嬢とは、どのようなご関係でいらっしゃいますの?」
エレノアの問いに、アルベールの顔から笑みが消えた。しかし、すぐに彼は嘲るような笑みを浮かべた。
「そうだな、もう隠さずともよいか。彼女は私の愛する人だ。まぁ別に構わないだろう。結婚して伯爵位を継いだ今は、私がモンブラン伯爵家の当主だ。愛人の一人くらい許せ」
アルベールは、堂々と言い放った。彼の言葉には、一切の罪悪感がなかった。それどころか、むしろ優越感すら滲み出ている。
「何を、おっしゃいますの!? あなたは私を愛していたのではなかったのですか!」
エレノアは、怒りに声を震わせた。
「何を怒ることがある? そもそも私は彼女、セシルを学生の頃から愛していた。だが、子爵家の次男だった私は、貴族でいるためにはどこかに入婿にならなければならなかった。セシルの家に入れれば良かったが、セシルには歳の離れた弟がいて跡取りがいたんだ。だから、当時私はセシルと泣く泣く離れ、伯爵家に来たんだ。だが、結婚し私は、私はこの伯爵家の当主になったのだ。私の邸宅に、誰を招き入れようと私の自由だろ」
アルベールは、まるで当然のように言った。彼の傲慢な言葉は、エレノアの心を抉る。
ショックのあまり何も話せないエレノアに、アルベールはさらに吐き捨てる。
「どうせバレてしまったんだ。これからは、セシルをこの邸宅に迎え入れよう。心細いだろうから部屋は私の近くにするか。そうだ、君の部屋を明けてやってくれ。彼女は可憐なのだから、私が守ってやらなければならないんだ。
ああ、可愛いセシルに執務なんてさせられないから、夫人の執務は君がやってくれ。これでも3年間夫婦をやったよしみだ。執務をしているうちは、離婚もせず家から追い出さないでやるよ。」
その言葉は、エレノアにとって、激しい侮辱だった。自分がただ「お飾り」の妻として執務のみに利用され、愛人を実質的な伯爵夫人の地位に納めようとしている。そして、それを公然と行おうとしているのだ。
愛していた夫に裏切られた悲しみ。そして、自分を差し置いて愛人を公然と伯爵夫人のように扱おうとする屈辱。エレノアの心の中で、これまでの淑女としての矜持が、音を立てて崩れ去っていく。
しかし、その瓦礫の中から、新たな感情が芽生え始めていた。それは、静かで、しかし燃え盛るような、復讐の炎だった。
「……ええ、承知いたしましたわ、アルベール様」
エレノアは、凍えるような声で言った。その顔は無表情で、アルベールは彼女の内に秘めた決意に気づくことはなかった。
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