はずれの聖女

おこめ

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その日の夕方。
教会での治療は無事に終わった。
騎士達を相手にするよりも多くの人を相手にするけれど、余計な事を考えずに済むから忙しいのはありがたい。
中には私が担当で残念そうな顔をする男の人もいたけれど、あの連中に比べたら可愛いものだ。

(またいたら嫌だな)

さすがに二日連続で怪我はしなかったのか昼間教会には来なかったが、昨日のように再び帰り道で現れるのではと思い、つい警戒しながら部屋までの道を足早に歩く。
あんな怖い思いは二度とごめんだ。
出来る事なら二度と会いたくないけれど、きっと無理だろうな。

(早く帰ろう)

早く、早く、と一目散に歩いていると。

「シルク!」
「!」

背後から声を掛けられた。
この声は……

「団長」

想い人の声を聞き間違えるはずなどなく、振り返るとそこにいたのはアーノルドだった。
会いたくないと思っていたけれど、こうして姿を見るとやはり嬉しさが勝ってしまう。

小走りでやってきて私の目の前で立ち止まるアーノルド。
何の用だろうかと、彼の言葉を待つ。

「体調はどうだ?」
「え?」

最初に言われたのは予想外の一言だった。
体調??

「昨夜訪ねたが、体調が悪いとリーア様に追い出されてしまってな。もう大丈夫なのか?」
「あ……」

昨夜、アーノルドは来てくれていたのだ。
リーアがドアのノックしたあのタイミングだろうか。
気を使って体調不良ってことにしてくれたんだ。
誰にも会いたくなくていないふりと寝たふりしていただけなのに、やっぱり優しいなあ。

「体調は大丈夫です。ありがとうございます」
「そうか、良かった」

ホッとして微笑んでくれるアーノルド。
心配してくれるのは嬉しいけど、やっぱり複雑だなあ。

(昨日、リーアとの事はどうなったんだろう)

根掘り葉掘り聞いてしまいたいけど聞けない。
盗み見していたなんて知られたら嫌だろうし、リーアの心の内を知っている身としては聞き難い。

「今、少し良いか?」
「……はい」

リーアとの話は済んだはずなのにまだ何か用があるんだろうか。

(これでどうにかリーアとの仲を取り持ってくれ、とかいう頼みだったら泣ける)

頷いてアーノルドの言葉を待つ。
アーノルドは少し言い難そうに、そしてどこか照れたような表情でもじもじしたかと思ったら、まっすぐに私を見つめ……

「シルク、今度のパーティーでは俺にエスコートさせてくれないだろうか」
「……!」

告げられたセリフと差し出された花束に、自分の顔から表情が消えたのがわかる。

(これって……)

その花束は、先日リーアに贈ろうとしていたものと酷似している。

リーアに断られたから仕方なく私を誘っているの?
花束もリーアが受け取ってくれなかったから使いまわし?

そんな人ではないとわかっているけれど、このタイミングではそうとしか思えない。
それともリーアが気を使って私を誘ってくれとお願いしたのだろうか。
大好きな人の隣で、大好きな人が他の人を目で追う場面を一番近くで見なければならないなんて、そんなのあのニールと参加するよりも嫌だ。

「シルク、どうだろうか?」
「……お気遣いありがとうございます」

返事を促され、一歩下がってぺこりと頭を下げる。
頭を下げる直前にアーノルドが一瞬戸惑ったような表情を浮かべたのは見間違いだっただろうか。

「ですが、お断りさせて下さい」

頭を上げてもアーノルドの顔は見れず、目を瞑りそう告げる。
目はきつくきつく閉じた。
そうでないと、また涙が溢れてしまいそうだから。
背の高いアーノルドからは私の顔はきっと見えないだろう。

「他に、相手がいるのか?」
「……いいえ」

いるはずがない。
一番に誘って欲しかった相手が目の前にいるのだから。

パーティーには一人で参加すると決めた。
昨夜決めた事だ。
エスコートの相手を必ず決めなければならない訳ではないので可能なはず。
パートナー必須というのも、単にパートナーがいない女の人は相当な問題があると思われるからどうにかして相手を連れているのだ。
誰もいなかったら普通は前の私みたいに親兄弟を伴うか、そうでなければ親が誰かに頼んでお願いするけど、今更頼む気はない。
私が周りの好奇の目に耐えられればそれで良い。
誰にもエスコートされない可哀想で滑稽で哀れで虚しい聖女としてその場の視線に晒されるだけだ。

おこぼれでも誘って貰えて嬉しいと、これもチャンスだとアーノルドに飛び付けるような性格だったら良かった。
惨めでも絶対に欲しいものを手に入れてみせるくらいガッツがあれば良かった。

でも私には出来ない。
なけなしのプライドが、私を本心で望んでくれないのであればそんなのいらないと誘いを突っぱねてしまう。
我ながら面倒な女だ。

「他に相手がいないのなら、俺を選んで欲しいんだが」
「……ごめんなさい」
「……どうしてもダメなのか?」

どうしてこんなに食い下がるんだろう。
やっぱりリーアに頼まれたのかな。
そうだとしたら、そんなにリーアの願いを叶えたいのだろうか。
って叶えたいに決まってるよね。
好きな人のお願いだもん。
こっちを向いてくれないとわかっていても、願いの一つや二つ叶えたいと思うのは普通の事だ。

「どうしても、ダメです」
「何故?」
「理由は、話せません、すみません」

ああもう、これ以上食い下がらないで欲しい。
これでも必死に色々堪えてるんだから勘弁してよ。
本当に、あとほんの少しの刺激で泣いてしまいそうなんだから。

「俺は、何か嫌われるような事をしただろうか?」

していない。
しているはずがない。
いつもいつもアーノルドは私が喜ぶ事をしてくれている。
今日だって、きっと昨日のあの光景を見ていなければ大喜びで飛びついていたはずだ。

もう言葉も出せず、必死に首を振る。
アーノルドが悪い訳ではない。
悪いのはずる賢くなりふり構えない私の方。

このままアーノルドが『わかった』と返事をして立ち去ってくれるのを待っていると……

「おいはずれ!!」
「!?」

背後から怒鳴られながら肩を乱暴に掴まれ振り向かせられた。
かなりの強い力で肩が痛いし勢い余ってよろめいてしまう。

「やっと見つけた、昨日はよくも逃げてくれたな!はずれのくせに逃げてんじゃねえよお前……あ!?」
「!」
「ニール、貴様……!」

続いて胸ぐらを掴もうとしたらしい手はアーノルドによって阻まれ、怒鳴ろうとしていただろうニールがその場に放り出される。
アーノルドが吹っ飛ばしたんだろうけれど早すぎて見えなかった。

ちょうど影になる所にいたのもあるし、怒りも相まって私しか見えていなかったのだろう。
まさかこの場にアーノルドがいるとは思っていなかったらしいニールが尻餅をつきながら驚き目を見開く。

「だ、団長!?あ、そ、その、これは……!」

あたふたと言い訳をしようとしているが、目の前で怒鳴りながら私の胸ぐらを掴んだ事実は変わらない。

アーノルドの雰囲気が私と対峙していた時とがらっと変わる。
私を庇うように前に立ち、今にも飛びかからんばかりにニールを睨み付けている。
視界が遮られただけでかなり気分が違う。

「今、何をした?何をしようとした?」
「あ……っ」

ガタガタと震え出すニール。
後ろにいる私ですら少し怖いのだから、真正面から対峙しているニールの恐怖は想像出来ない。
魔獣も裸足で逃げ出す鬼の団長の鬼気迫る睨みだ、相当なものだろう。

「シルク、昨日もこいつに何かされたのか?」
「あ、いえ、その……」

ニールの『昨日はよくも』というセリフで昨日も何かがあったのだと丸わかりなのはわかる。
敏いアーノルドの事だから昨日体調が悪いからと会えなかった原因がこいつなのではとすぐに気付いたのだろう。

けれどもエスコートを申し出られたけれど断ったら脅されたと正直に告げていいものだろうか。
仮に伝えたとしたら後からの報復が怖いし、伝えなかったとしたらこの男が調子に乗るのは目に見えている。
これ幸いとまた一人でいる時にやってきて暴言や暴力を浴びるかもしれない。

どっちが良いんだろう?
どうしよう?
何が正解?

「大丈夫だ、何があってもシルクを傷付けさせない。安心して話してくれ」
「……っ」

アーノルドのセリフにホッとして、先程から耐えていた涙が一筋零れる。
背を向けられているから泣いたのに気付かれていないようで良かった。

ああ、やっぱり良い男だなあ。
自分でどうにかしようと思っていたけれど頼ってしまおう。
どうせどうにかする手立てなど見つかっていないのだから。
アーノルドに頼るのはこれで最後。
これからは愛だの恋だのにうつつを抜かさないで聖女としての役目を全うする為だけに生きていこう。
そう決め、涙を拭いアーノルドに先日の出来事を告げた。

「……なんだと?」

先程を遥かに超える怒りが辺りを包み込む。
私がかいつまんで説明している間、逃げもせず言葉も挟めず少し震えながら待っていたニールのそれが強くなる。
顔からは色が抜けているし瞳は怯えているし、逃げようにもアーノルドの気配がそれを許さないのか、立っている場所から一歩も動けずにいる様はまるで大型の魔獣に一対一で睨まれているような状況にも似ている。

「聖女様への暴言だけでも許せないというのに、腕を掴み挙句に脅迫だと……?」
「ひ……っ、あ、あの、これには訳がありまして……!」
「どんな理由であれ女性に対し暴言暴力をふるって良い言い訳などない!ましてや敬うべき聖女様に何という狼藉……!」
「……っ」
「この件は査問会議にかける。懲戒処分は免れないと思え」
「そんな……!こんなはずれ……いや、この一件だけで!?」
「この期に及んではずれと呼ぼうとする神経を疑う。俺の目の前で彼女に暴力を振るおうとしていた事だけでも懲罰ものだ。それにこの一件だけではない。普段の貴様の行い全てが騎士としての限度を超えている。覚えがないとは言わせないぞ」
「っ、も、申し訳ありません、お許しを……!」
「貴様が許しを請う相手は俺なのか?」

あのニールが大きく震えながら私の方を見る。
見ないで欲しい。

「……聖女、様、大変申し訳ありませんでした」
「……」

謝られても今は許す気になれない。
自分がクビになりそうだからとりあえず謝っているだけだろうし。
それにこの一件だけじゃないって、きっと他にも別の場所で色々やらかしてるんだろうな。

謝ったのに無言のままの私を見て、ニールはまたも物凄い目で睨み始めたが答える気になれない。
許しを乞われたとして、それを受け入れるか否かは私の自由だ。
そして私はこの謝罪を受け入れるつもりはない。

私の意図を汲み取ったアーノルドが溜め息を吐いてこちらを睨んだままのニールに向き直る。

「良いか、これ以上好き勝手にはさせない。自慢の父親の助けももうないと思え。処分は追って知らせる。部屋で謹慎していろ」
「……っ」

拘束用の魔道具で両手ごと身体が捕縛され膝を付くニール。
後から説明してもらったが、他の騎士達が来るまであの状態で待ち更に部屋にも逃亡防止の魔道具が仕掛けられ査問会議の時まで監禁状態にするんだそうだ。

「シルク、行こう」
「は、はい」

ニールの姿を見ないように、そしてニールが私を見ないようにさりげなくマントで隠しながら促すアーノルド。
どこまでも紳士的な対応に、そんな場合じゃないのに胸が高鳴ってしまった。
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