はずれの聖女

おこめ

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(……げ)

声を掛けてきたのは第二騎士団の例のあいつ、ニールだ。

『はずれじゃやる気おきねえよ!』
『あーあ、はずれに治癒してもらってもなあ』
『好き好んでわざわざはずれなんてな!』
『とろい女』

アーノルドとリーアのツーショットを見た衝撃も相まって、以前からのとつい最近のこの人の嫌な声がまざまざと蘇る。
不愉快にも程がある声に昼間と同じく舌打ちしてしまいそうになってしまった、危ない危ない。

「ったく探したじゃねえか」
「……はい?」

探した?
この人が?
私を?
何故?

嫌な予感というか嫌な感じしかない。
こちらに少しずつ近付いてくる彼に思わず後ずさる。

「何逃げてんだよ」
「え、いえ、別に逃げているつもりは……」

ないとは言わないが、今のこの距離くらいでちょうど良いだろう。
お互いに両腕をいっぱい伸ばしても届かない距離。
欲を言えばもう少し、もっと離れたい。
これ以上近付きたくない。
仕事の時は仕方がないが、プライベートの今は、特に今の気分ではこれ以上はごめんだ。

「あの、何か御用でしょうか?また怪我ですか?」
「は?違えよ。どこ見たら怪我してるように見えるわけ?ほんと頭悪いなあ」

いやもうほんとこのすっとこどっこい、無視して行ってしまおうかしら。
余計な一言が多すぎやしないか?
大体いつもいつも怪我してるのはそっちのくせに何を偉そうに。
文句言わないとまともに会話も出来ないのか?

いつもの倍はイラッとしてしまう。
早くお祈りに行きたい。
こんなバカ、顔を合わせているだけでイライラが止まらない。
用事がないんだったら声をかけないで欲しい。
もう行っちゃって良いよね?ね?

そう思っていると。

「お前、パーティーで俺のパートナーになれよ」
「……………………はい?」

さらりと言われたセリフに頭が一瞬真っ白になる。

は?
は??
こいつ今何て言った?

「だから、はずれはどうせ相手なんていねえんだろ?だから俺が一緒に出てやるっつってんの!」
「お断りします」

即座に断る。

聞き間違いじゃなかったなんて最悪だ。
何を考えているんだこの人は。
散々こき下ろした相手をパーティーに誘うだなんて頭沸いてるんじゃないだろうか。
というよりも明らかに私を嫌っているくせに何故誘う?
もしや賭けでもしているのだろうか。
影にいつもの仲間達がいて、私が承諾すると同時に出てきて笑い物にするつもりなんだろうか。
そうか、きっとそうに違いない。

随分と舐められたものだ。
『はずれ』だからって何をしても良いと思っているのだろうか。

「は?はずれのくせに断るとか何様?お前は黙って頷けば良いんだよ」
「嫌です」
「な……っ」

何様?聖女様ですけど何か?
はずれのくせにって何?
良いから頷けだなんてそっちこそ何様のつもり。

それにしてもこの衝撃の受けよう。
まさか断られるとは思っていなかった、なんて事はないよね?
だとしたらとんだお花畑の頭だ。

「嫌?嫌だと?はずれのくせに……!」

はずれはずれってうるさい。
リーアに比べたら私がはずれだなんてわかりきってますから!!
そんなに何度も連呼しないで!

思わず睨み付けると、ニールがギリと奥歯を噛み締め拳を振り上げた。

「この……!」
「!」

嘘でしょ。
まさか暴力に訴えるつもり?
冗談でしょ?
仮にもパーティーに誘いに来て断られたら暴力だなんてありえない。
普段から気に入らない相手に対して暴力ふるってるのかしらこの人。
この調子じゃ恋人にも同じように接するんだろうなあ。

しかも拳。
平手も御免だけどよりにもよって拳。
普段鍛えている騎士の拳で殴られた日には骨の一本や二本覚悟しなければならないような……
いや自分で治癒出来るから良いんだけど殴られた瞬間は痛いし骨を折ったらもっと痛いはず。

振り上げられた一瞬でそこまで考えてしまった。
最初から無理だったが、当然今更避ける事など出来ない。

痛いの嫌だなあ。
物語の中ならこういう時に好きな人が颯爽と現れて助けてくれるんだろうな。
広い背中に庇われて、守られて、怖かったと泣く私を抱き締めて慰めてくれたりして。

でも現実に私を守ってくれる人なんていない。
この場に来て欲しい人はいるけれど、彼は今想い人と一緒にいるのだから来てくれるはずもない。

「や……っ」
「んだよ、頷けよ!俺と行くって言え!」

幸い拳が実際に振り下ろされる事はなかったものの、一瞬で距離を詰められ腕を掴まれる。
そのまま揺さぶられ頭ごなしに怒鳴られた。
むしろ腕を掴まれた事で逃げ場がなくなり、いつ殴られても不思議ではない距離に恐怖感が増す。

「やだ、嫌……!」
「何でだよ!?」

何でも何もあるかー!
こんな風に脅すように言う事を聞かせようとする相手を誰が受け入れるか!

ていうか何?
周りで誰か見てるんじゃなかったの?
騙されやがってって笑って出てくる手筈じゃないの?
もしかして、他に誰もいなくてこの人だけ?
本気で誘ってるとしたらますます意味がわからない。

ていうか一度ならず二度も断ってるんだから諦めてよ。
どうしてこんな事までして一緒に行きたがるのよ。
『聖女』のパートナーとして注目浴びたいとか箔が付くとかそんな所だろうけど、物凄く迷惑。

「とにかく、嫌なものは嫌!!!」
「あ……!!!」

渾身の力でニールの手から逃れ、そう叫んでダッシュで逃げる、
背後から呼び止める声が聞こえているが止まるはずがない。
こんなにも走れたのかと自分でも驚く程一目散に走り、部屋に入った途端に足から力が抜けた。
腰が抜けたともいう。
閉じたばかりの扉を背にずるずるとその場に腰を下ろし、乱れた呼吸を整える間もなくガタガタと身体が震え出す。

怖かった。
凄く怖かった。
討伐に参加したり訓練でもっと激しい対応をされている騎士達を見てきたけれど、あんな風に一対一で怒鳴られ挙句に殴られそうになったのは初めてだ。
男の人の怒鳴り声や拳が振り上げれる様はあんなにも怖いものだったのか。
普段の周りの対応が、例えないがしろにされているとしてもどれだけ優しく気を使われているのかが良くわかった。

「うっ、ううう……っ」

震えと共に涙が溢れ出す。
アーノルドに好きな人がいると知ったその日と同じくらい、いや、ショックが重なりあの日以上に涙が溢れて止まらない。

(もうやだ、もう嫌、消えてしまいたい)

ずっと真面目に聖女としての役目を頑張ってきたのに、散々だ。
良い事なんてひとつもない。

アーノルドには想いを告げる前に失恋。
しかも相手は同じ聖女の、私が敵うはずもない完璧な女性のリーア。
嫌われているはずの相手からパーティーに誘われ、怒鳴られ、暴行未遂。

物事の数で言えばたった二つの事だけれど、今まで積み重なった色々な嫌な思いがそれに重なりもう何もかもが嫌になってきた。

その後すぐリーアが部屋を訪ねてきたがいないふりをした。
夜遅くにもまた訪ねてきてくれたが、今度は寝たふりをして無視してしまった。
翌朝も、とてもいつも通りに顔を見る気分にはならなくて不自然に避けてしまう。
リーアが悪い訳ではないのに避けてしまう申し訳なさを感じつつ、逃げられない職務へと重い足取りで向かった。

今日は騎士団の方じゃなくて良かった。
同じ教会でも今日は一般市民への治癒を行う番。
昨日の今日でアーノルドともニールとも顔合わせなくて済むのは非常に助かる。

そういえば、結局アーノルドは昨日訪ねて来なかったな。

そんな事を思いながら、黙々と業務をこなしていった。
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