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第一章:没落の姫、修羅の道へ
第六話:情報屋の少女
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藤次郎という新たな相棒を得たさつきは、これまで以上に京の闇の奥深くへと踏み込んでいくことになった。
用心棒の仕事も、彼が加わったことで請け負える範囲が広がり、さつきは藤次郎の豪胆さと、槍の腕前が確かなものであることを実感していった。藤次郎は義に厚く、一度懐に入れた相手にはとことん尽くす男だった。
さつきの復讐という目的にも、彼は深くは立ち入らなかったが、黙ってその背を追った。
しかし、藤次郎は戦いにおいては頼れる相棒であるものの、京の町の細かな情報や、水面下の動きを探ることは得意ではなかった。そうした折、さつきはとある出来事をきっかけに、新たな出会いを果たす。
京の裏通り、雑多な露店がひしめき合う一角で、さつきは厄介な依頼を終えたばかりだった。
その帰り道、路地の奥から子供の怯えた声が聞こえてきた。さつきが足を止めると、細い路地の奥で、数人の男たちが一人の少女を取り囲んでいるのが見えた。
「おい、小娘! 隠してたもん、さっさと出しやがれ!」
「知りません! 何も持ってません!」
男たちは、明らかに粗暴な盗賊の類だった。少女は身に着けているものも粗末で、見るからに貧しい孤児のようだった。男たちは少女を突き飛ばし、怯える彼女の小さな身体をさらに追い詰めていく。
さつきは迷うことなく、路地の奥へと足を踏み入れた。
「何をしている」
さつきの声に、男たちはぎょっとしたように振り返った。夜盗たちが以前の仕事で逃げ出したことを知っているさつきは、迷いなく刀の柄に手をかけた。
「あぁ? なんだ、てめぇは。関係ねぇだろうが!」
男の一人が悪態をつきながら、さつきに刃を向けてきた。だが、その動きは鈍い。
さつきは流れるような動きで男の懐に飛び込み、その腕をひねり上げた。男は悲鳴を上げて武器を取り落とし、その場にうずくまる。
「ひっ!」
他の男たちも、さつきの素早い動きに恐れをなし、顔色を変えた。彼らは夜盗崩れに過ぎず、さつきのような本物の武芸者と渡り合えるはずもなかった。あっという間に彼らは戦意を喪失し、尻尾を巻いて逃げ去っていった。
男たちが去った後、路地には怯えきった少女と、静かに刀を収めるさつきだけが残された。少女は、さつきを恐る恐る見上げていた。その瞳は大きく、しかしどこか諦めにも似た色を帯びていた。
「大丈夫か?」
さつきが問いかけると、少女は小さく頷いた。
「…ありがとう、ございます。助けてくれて……」
少女の声はか細かった。さつきは、そんな彼女の様子に、ふと、かつての自分を重ね合わせていた。全てを失い、ただ一人でさまよっていた幼い日の自分。
「名は?」
「…小夜、と申します」
少女は、小さな声で答えた。年齢は十歳前後といったところだろうか。さつきは小夜の細い腕に、擦り傷があるのを見つけた。
「手当が必要だろう」
さつきはそう言って、持っていた薬を取り出した。小夜は驚いたように目を見開いたが、さつきの静かな言葉に促され、おずおおずと腕を差し出した。さつきは慣れた手つきで傷口を洗い、薬を塗ってやる。その優しい手つきは、日頃のさつきからは想像もつかないものだった。
手当を終えた小夜は、さつきの顔をじっと見つめていた。
「あの…お姉様は、何でも知っているのですね。薬のこととか、町の…変な人たちのこととか」
小夜は、怯えながらも好奇心に満ちた目で問いかけた。さつきは何も答えず、ただ静かに小夜の言葉に耳を傾けた。
「私…薬草の場所とか、誰がどこで悪いことしてるかとか、詳しいんです。この町で、色々なことを見てきたから。お姉様が、もし何か困ったことがあったら、私がお手伝いします!」
小夜は、その小さな体で精一杯、さつきに自分を売り込もうとした。生きるために、必死なのだろう。さつきは、その言葉に、ふとある考えがよぎった。
藤次郎は戦いにおいて頼れるが、情報収集は苦手だ。しかし、この少女は、町の隅々にまで目を光らせ、情報収集に長けているのかもしれない。何より、彼女の瞳には、かつてのさつきが失いかけていた、純粋な光が宿っていた。
「…そうか。ならば、私に仕えたいか?」
さつきの言葉に、小夜の顔がぱっと明るくなった。彼女は勢いよく頷いた。
「はい! 喜んで!」
それから、小夜はさつきの身の回りの世話を甲斐甲斐しく行うようになった。長屋の掃除から食事の支度まで、全てを器用にこなす。そして、何よりも彼女の真価を発揮したのは、その情報収集能力だった。
小夜は、町を行き交う人々の噂話、店主たちの世間話、子供たちの遊び声の中から、さつきが必要とする情報を巧みに聞き出してきた。時には、怪しい輩がどこで誰と接触していたか、といった詳細な情報まで持ち帰ってくることもあった。
ある日、小夜は得意げにさつきに報告した。
「さつき様! あの時、お父様とお母様を襲った人たちと似たような装束の人が、京の東にあるお寺に出入りしているって、噂がありました!」
その言葉に、さつきの瞳に鋭い光が宿った。小夜の持ち帰った情報が、綾小路家を没落させた黒幕に繋がる、かすかな糸口となるかもしれない。
こうして、さつきの復讐の旅に、また一人、大切な仲間が加わった。小夜の存在は、さつきの凍てついた心に、わずかながらも温かな光を灯すことになるのだった。
用心棒の仕事も、彼が加わったことで請け負える範囲が広がり、さつきは藤次郎の豪胆さと、槍の腕前が確かなものであることを実感していった。藤次郎は義に厚く、一度懐に入れた相手にはとことん尽くす男だった。
さつきの復讐という目的にも、彼は深くは立ち入らなかったが、黙ってその背を追った。
しかし、藤次郎は戦いにおいては頼れる相棒であるものの、京の町の細かな情報や、水面下の動きを探ることは得意ではなかった。そうした折、さつきはとある出来事をきっかけに、新たな出会いを果たす。
京の裏通り、雑多な露店がひしめき合う一角で、さつきは厄介な依頼を終えたばかりだった。
その帰り道、路地の奥から子供の怯えた声が聞こえてきた。さつきが足を止めると、細い路地の奥で、数人の男たちが一人の少女を取り囲んでいるのが見えた。
「おい、小娘! 隠してたもん、さっさと出しやがれ!」
「知りません! 何も持ってません!」
男たちは、明らかに粗暴な盗賊の類だった。少女は身に着けているものも粗末で、見るからに貧しい孤児のようだった。男たちは少女を突き飛ばし、怯える彼女の小さな身体をさらに追い詰めていく。
さつきは迷うことなく、路地の奥へと足を踏み入れた。
「何をしている」
さつきの声に、男たちはぎょっとしたように振り返った。夜盗たちが以前の仕事で逃げ出したことを知っているさつきは、迷いなく刀の柄に手をかけた。
「あぁ? なんだ、てめぇは。関係ねぇだろうが!」
男の一人が悪態をつきながら、さつきに刃を向けてきた。だが、その動きは鈍い。
さつきは流れるような動きで男の懐に飛び込み、その腕をひねり上げた。男は悲鳴を上げて武器を取り落とし、その場にうずくまる。
「ひっ!」
他の男たちも、さつきの素早い動きに恐れをなし、顔色を変えた。彼らは夜盗崩れに過ぎず、さつきのような本物の武芸者と渡り合えるはずもなかった。あっという間に彼らは戦意を喪失し、尻尾を巻いて逃げ去っていった。
男たちが去った後、路地には怯えきった少女と、静かに刀を収めるさつきだけが残された。少女は、さつきを恐る恐る見上げていた。その瞳は大きく、しかしどこか諦めにも似た色を帯びていた。
「大丈夫か?」
さつきが問いかけると、少女は小さく頷いた。
「…ありがとう、ございます。助けてくれて……」
少女の声はか細かった。さつきは、そんな彼女の様子に、ふと、かつての自分を重ね合わせていた。全てを失い、ただ一人でさまよっていた幼い日の自分。
「名は?」
「…小夜、と申します」
少女は、小さな声で答えた。年齢は十歳前後といったところだろうか。さつきは小夜の細い腕に、擦り傷があるのを見つけた。
「手当が必要だろう」
さつきはそう言って、持っていた薬を取り出した。小夜は驚いたように目を見開いたが、さつきの静かな言葉に促され、おずおおずと腕を差し出した。さつきは慣れた手つきで傷口を洗い、薬を塗ってやる。その優しい手つきは、日頃のさつきからは想像もつかないものだった。
手当を終えた小夜は、さつきの顔をじっと見つめていた。
「あの…お姉様は、何でも知っているのですね。薬のこととか、町の…変な人たちのこととか」
小夜は、怯えながらも好奇心に満ちた目で問いかけた。さつきは何も答えず、ただ静かに小夜の言葉に耳を傾けた。
「私…薬草の場所とか、誰がどこで悪いことしてるかとか、詳しいんです。この町で、色々なことを見てきたから。お姉様が、もし何か困ったことがあったら、私がお手伝いします!」
小夜は、その小さな体で精一杯、さつきに自分を売り込もうとした。生きるために、必死なのだろう。さつきは、その言葉に、ふとある考えがよぎった。
藤次郎は戦いにおいて頼れるが、情報収集は苦手だ。しかし、この少女は、町の隅々にまで目を光らせ、情報収集に長けているのかもしれない。何より、彼女の瞳には、かつてのさつきが失いかけていた、純粋な光が宿っていた。
「…そうか。ならば、私に仕えたいか?」
さつきの言葉に、小夜の顔がぱっと明るくなった。彼女は勢いよく頷いた。
「はい! 喜んで!」
それから、小夜はさつきの身の回りの世話を甲斐甲斐しく行うようになった。長屋の掃除から食事の支度まで、全てを器用にこなす。そして、何よりも彼女の真価を発揮したのは、その情報収集能力だった。
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その言葉に、さつきの瞳に鋭い光が宿った。小夜の持ち帰った情報が、綾小路家を没落させた黒幕に繋がる、かすかな糸口となるかもしれない。
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