【完結】『月の影、刃の舞 ~女武芸者の隠された使命~』

月影 朔

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第一章:没落の姫、修羅の道へ

第七話:消えた古文書

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 小夜がもたらした情報は、さつきの復讐の炎を再び掻き立てた。

 綾小路家と関わりのあった寺に、漆黒の装束の者たちが出入りしているという噂。
もしや、それが家族の死と、家を襲った者たちに繋がる糸口となるのではないか――。
さつきの胸に、かつてないほどの期待が膨らんだ。

 さつきは藤次郎と小夜にその情報を伝え、すぐにその寺へと向かった。

 京の郊外にひっそりと佇むその寺は、かつて綾小路家が深く信仰していた場所だった。
本堂に足を踏み入れたさつきの目に、古びた柱の傷や、苔むした庭石が映る。

 幼い頃、父や母に連れられ、ここで手を合わせた記憶が微かに蘇った。

 寺の住職は、高齢の穏やかな僧侶だった。
さつきは、身分を伏せたまま、綾小路家との縁を語り、寺に伝わる古い記録について尋ねた。

 住職は、さつきの言葉にわずかに目を細めたが、やがて静かに語り始めた。

「綾小路様のご一家には、この寺も随分と世話になりました。誠に、残念なことでございました……」

 住職は、綾小路家の没落を悼むように話し、奥の書庫へと案内してくれた。

「当寺には、綾小路家に代々伝わる古文書の一部が寄進されておりましてな。代々、大切に保管してまいりました。もしかすると、何かお役に立てるやもしれません」

 住職の言葉に、さつきの心臓が高鳴る。綾小路家に伝わる古文書。それは、彼女の復讐の鍵となる情報が記されているかもしれない。

 しかし、書庫の扉を開いた住職の顔が、見る見るうちに蒼白になった。

「な、なんということだ……!」

 住職の声に、さつきと藤次郎、小夜も書庫の中を覗き込んだ。書庫の中は荒らされ、書棚の古文書が散乱していた。そして、最も奥に安置されていたはずの、ひときわ古い様式の木箱が、無残にも壊され、中身が抜き取られていた。

「綾小路家に伝わる、最も古い古文書が……ない!」

 住職はがっくりと肩を落とした。まさか、寺が襲われ、古文書が盗まれているとは。小夜がもたらした情報は、単なる噂ではなかったのだ。

「いつ頃のことでしょう?」
 さつきは冷静に問いかけた。

「一昨日の夜のことです。物音がしたような気もしたのですが、このところ、夜盗が頻繁に出没しておりまして……まさか、このような大切なものが狙われるとは……」

 住職は悔しそうに顔を歪めた。通常の夜盗では、古文書のような価値の分かりにくいものを狙うことは稀だ。
そして何より、綾小路家の古文書を狙うとなれば、それは明確な目的があることを示している。

「この古文書には、何が書かれていたのですか?」
 藤次郎が尋ねた。

「詳しくは存じ上げませんが……ただ、綾小路家が代々、京の都の『影』を監視する役目を担っていた、と伝え聞いております」

 住職の言葉に、さつきの目に鋭い光が宿った。京の都の「影」を監視する役目。それは、綾小路家が没落した真の理由、そして、黒幕の正体に繋がる重要な手がかりになるかもしれない。

「きっと、奴らの仕業です! あの漆黒の装束の連中が、寺からこの古文書を盗んだに違いありません!」

 小夜は悔しそうに拳を握りしめた。その言葉に、さつきも深く頷いた。彼女の直感が、そう告げていた。

「あの者たちは、なぜこの古文書を狙ったのか……」

 さつきは思考を巡らせる。古文書が盗まれたということは、そこには彼らにとって不都合な、あるいは利用価値のある情報が記されていたのだろう。

 そして、寺に出入りしていたという漆黒の装束の男たち。彼らは、まさしく綾小路家を襲った者たちに他ならない。

「住職様、その古文書について、他に何かご存じのことはありませんか? 例えば、特徴や、他の巻がどこに保管されているかなど……」 

 さつきは、藁にもすがる思いで住職に尋ねた。住職は首を横に振る。

「申し訳ございません。その古文書は、代々住職にしか知らされぬ秘密が多く、わたくしも詳しくは……ただ、その古文書は、綾小路家の『守護の証』とも呼ばれておりました」

「守護の証…」

 さつきは、その言葉を心の中で反芻した。綾小路家の役割、そして、その証である古文書。

 藤次郎は荒らされた書庫を見渡し、地面に残された足跡を指差した。

「姐さん、これを見てくれ。普通の足跡とは少し違う。忍びの者だろうか…?」

 藤次郎の指摘に、さつきは膝をついて足跡を丹念に調べた。確かに、一般的な草履や下駄の跡とは異なり、足の指先を使い、地面を蹴るように移動した跡に見える。それは、師から教わった忍びの基本動作に似ていた。

「忍び…」

 さつきの脳裏に、漆黒の装束の男たちの、闇に溶け込むような動きが蘇る。彼女の勘は、その足跡が、家族を奪った者たちのものと強く結びついていると告げていた。

 寺を後にしたさつきは、夜空を見上げた。月は冷たく輝き、彼女の決意を試すかのように静かに見下ろしている。

「あの古文書は、必ず取り戻す」

 さつきは強く誓った。盗まれた古文書は、彼女の復讐の糸口であり、家族が命を懸けて守ろうとした「京の影」の真実を明らかにする鍵となるはずだった。
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