【完結】『月の影、刃の舞 ~女武芸者の隠された使命~』

月影 朔

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第二章:諸国遍歴、陰謀の足跡

第十三話:黒曜会の触手

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 源蔵の工房で、さつきは魂を込めた新たな刀を手に入れた。

 その刀は、彼女の心の再生と、大切な人々を守るという新たな決意の証だった。しかし、その喜びも束の間、村にけたたましい叫び声が響き渡った。

「源蔵殿! 大変だ! 黒曜会の者たちが、村に…!」

 村人が血相を変えて駆け込んできた。
やはり、黒曜会の魔の手は、この隠された刀鍛冶の村にまで伸びてきていたのだ。彼らは、良質な鉄鉱石を狙い、村の資源を奪い、刀匠たちを支配しようとしていた。

「くそっ…! こんなところまで…!」

 源蔵は苦々しい顔で呟いた。彼の弟子たちが、顔色を失って工房の奥へと身を隠そうとする。彼らは、刀を打つことはできても、戦うことには慣れていない。

 さつきは、新たな刀の柄を強く握りしめた。その瞳には、もはや迷いはなく、強い光が宿っている。

 この刀は、復讐のためだけでなく、無関係な人々を苦しめる黒曜会の非道な行いを打ち砕くために振るわれるのだ。

「源蔵殿、村の皆さんは?」

 さつきが問うと、源蔵は悔しそうに答えた。

「奴らは、村の入り口を固め、奥へは入れまいとしている。村の者たちも、逃げ惑って…」

 その時、工房の戸が、乱暴に開け放たれた。現れたのは、漆黒の装束を纏った朧衆の者たちと、その背後に控える代官らしき男たちだった。

 代官たちは、この地の名主か、あるいは幕府の役人か。いずれにせよ、彼らが黒曜会と結託していることは明白だった。

「ほう…ここが、伊賀一の刀匠、源蔵の工房か。噂に違わぬ腕前と聞く。この村の鉄鉱石も、質の良いものらしいな」

 代官らしき男が、傲慢な笑みを浮かべながら、工房の中を見回した。彼の目は、無遠慮に刀の材料や道具を値踏みしている。

「貴様ら…何の用だ!」
 源蔵が、怒りを込めて問いかけた。

「何用だと? 愚か者め。今日からこの村の鉄鉱石は、全て我らが頂く。そして、お前たち刀匠には、我らのためだけに刀を打ってもらう」

 代官は、そう言い放つと、朧衆の男たちに指示を出した。

「さっさと連れて行け。逆らう者は容赦するな」

 朧衆の者たちが、源蔵たち刀匠に迫る。源蔵の弟子たちが怯えて後ずさりする。

「させない!」

 さつきの刀が、その場に閃いた。その一撃は、朧衆の男たちの行く手を阻み、彼らを怯ませた。

「何者だ、貴様!」

 代官が、驚いたようにさつきを睨みつけた。まさか、この場で抵抗する者が現れるとは、思ってもいなかったのだろう。

「この村は、貴様らの勝手にはさせない」

 さつきは、冷たい声で言い放った。彼女の瞳には、強い意志が宿っている。

「ちっ…余計な真似を! 者ども、斬り捨てろ!」

 代官が命じると、朧衆の男たちが、一斉にさつきに襲いかかった。

 彼らは、これまでの下忍たちとは異なり、南蛮渡りの剣や槍など、珍しい武器を手にしていた。堺で製造されていた異形の武器だ。

 キィン! キィン!

 さつきの新たな刀が、朧衆の異形の武器と激しくぶつかり合う。その刃は、以前の刀よりも鋭く、そして重い。さつきの剣技は、影狼との敗戦を乗り越え、より洗練されていた。一撃一撃に、彼女の覚悟が込められている。

「ほう…なかなかやるな」

 代官は、さつきの剣技に、わずかながらも興味を示したようだった。しかし、すぐにその表情は冷酷なものに戻った。

 その時、工房の奥から、藤次郎が槍を杖代わりにしながら、よろよろと姿を現した。彼の顔には、まだ痛みが残っているが、その目は怒りに燃えている。

「てめぇら、刀鍛冶の村に何しやがる! 汚ねぇ真似しやがって!」

 藤次郎は、傷ついた体で代官に怒鳴りつけた。

「藤次郎! まだ無理をするな!」

 さつきが叫んだが、藤次郎は聞く耳を持たない。彼の中で、黒曜会の非道な行いが、許せないものとして燃え上がっていた。

「くそっ、厄介な奴らだ! 数で押し潰せ!」

 代官は、さらに多くの朧衆の兵士を呼び入れた。工房の中は、たちまち黒装束の男たちで埋め尽くされる。

「源蔵殿、村の皆さんと共に、奥へ!」

 さつきは、源蔵にそう指示を出した。源蔵は、さつきの覚悟に打たれたように、小さく頷いた。

「わしは、この村の刀匠だ。簡単に屈するわけにはいかぬ!」

 源蔵は、そう言うと、工房の片隅に立てかけてあった、まだ打ちかけの刀を手に取った。その刀は、完成には程遠いが、彼が魂を込めて打っている最中の、希望の一振りだった。

 藤次郎もまた、槍を構え、朧衆の前に立ちはだかった。彼の背後には、小夜が村人たちを誘導し、工房の奥へと避難させている。

 さつきは、新たな刀を月光のように輝かせ、黒曜会の兵士たちへと斬りかかった。この村で、彼女は刀鍛冶の魂を受け継ぎ、守るべきものをその刃に宿した。

 黒曜会の触手は、この国の隅々にまで伸びていたが、さつきの剣は、その闇を切り裂く光となるだろう。
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