【完結】『月の影、刃の舞～女武芸者の隠された使命～』

月影朔

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第二章：諸国遍歴、陰謀の足跡

第十二話：魂を込めた一振り

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　刀鍛冶の村、源蔵の工房で、さつきは傷ついた愛刀を手に、新たな試練に直面していた。

　源蔵は、さつきの刀の腕と、その奥に秘められた覚悟を見抜こうとしていた。そして、この村にも黒曜会の魔の手が伸びているという事実が、さつきの心をさらに揺さぶった。

「魂を込めて打つ刀は、使う者の心と一つになる。お前のような若造に、そこまでの覚悟があるのか？」

　源蔵の言葉が、さつきの胸に突き刺さる。影狼に敗れたばかりのさつきには、まだ迷いがあった。復讐の念だけでなく、守るべき人々への想いが芽生え始めていたが、その心の葛藤は、刀匠の目には明らかだったのだろう。

　さつきは、源蔵の鋭い視線から逃れることなく、静かに答えた。

「私には、まだ足りないものが多すぎます。しかし、私は、再び立ち上がらねばなりません。大切な仲間を守るため…そして、この国を闇から救うため…」

　さつきの言葉には、偽りはなかった。その声には、確かに迷いも含まれていたが、それ以上に、自らの弱さを乗り越え、前へと進もうとする、強い決意が宿っていた。

　源蔵は、さつきの言葉を聞き終えると、しばらくの沈黙の後、小さく頷いた。

「ふむ…その目、偽りではないようだな。いいだろう、わしが、お前のために新たな刀を打ってやる」

　源蔵の言葉に、さつきの心に希望の光が灯った。彼の口から発せられた言葉は、重く、そして確かなものだった。

「ただし…」

　源蔵は、そう言って、さつきを奥の部屋へと招き入れた。そこには、数えきれないほどの刀が、壁にかけられていた。

　だが、その刀のどれもが、ただの鉄の塊ではない。魂を宿したかのような輝きを放っていた。

「わしが刀を打つには、お前の『心』が必要だ。この村には、良質な鉄鉱石が採れる。だが、本当に良い刀を打つには、それだけでは足りん。刀に魂を込めるには、打ち手の心だけでなく、使う者の心も必要となる」

　源蔵は、そう言って、さつきに一つの古びた槌を差し出した。

「お前も、刀を打つのを手伝え。お前の心を、この刀に打ち込むのだ」

　さつきは、その言葉に驚きを隠せない。刀を打つことは、刀匠の秘伝であり、素人が手を出せることではない。しかし、源蔵の目は真剣だった。

　その日から、さつきは、源蔵の元で、刀を打つ修行を始めた。
火を起こし、鉄を熱し、槌を振るう。源蔵の指導は厳しく、慣れない作業に、さつきの体はすぐに悲鳴を上げた。だが、さつきは、文句一つ言わずに、ひたすら槌を振り続けた。

　鉄を熱し、槌を振るうたびに、さつきの脳裏には、過去の記憶が去来する。

　家族の笑顔、燃え盛る屋敷、そして、影狼の冷酷な瞳…。怒りや悲しみ、そして無力感。様々な感情が、鉄を打つ槌の音と共に、刀へと打ち込まれていく。

「違う！　その槌の振りでは、お前の心が刀に伝わらぬ！」
　源蔵の厳しい声が響く。

「刀は、ただの刃ではない。使う者の魂を映し出す鏡だ。お前の心の迷いが、そのまま刀に宿るぞ！」

　源蔵の言葉に、さつきはハッとした。彼女は、まだ心の奥底に、影狼への恐怖と、自身の弱さを抱えていたのだ。その迷いが、槌を振るう手に現れていた。

　さつきは、深呼吸をして、心を落ち着かせた。そして、目を閉じ、大切な仲間たちの顔を思い浮かべた。藤次郎の豪快な笑み、小夜の健気な姿。彼らを守りたいという、純粋な願いが、さつきの心に湧き上がってくる。

　再び槌を振るう。今度は、迷いはなかった。憎しみや恐怖ではない。守るべきものへの強い想いが、槌を通して刀へと打ち込まれていく。その槌の音は、以前よりも力強く、そして、澄んだ響きを放っていた。

　源蔵は、さつきの槌の音の変化に、静かに頷いた。彼の目に、満足の色が浮かんでいる。

　数日後、ついに刀が完成した。それは、さつきの身の丈に合った、これまで以上に美しい刀だった。

　刃は、月光を宿したかのように青く輝き、その切っ先は、まるでさつきの決意を映し出すかのように、鋭く研ぎ澄まされていた。

「これぞ、お前の魂を込めた一振りだ。この刀は、お前の心のままに、光を放つだろう」

　源蔵は、そう言って、刀をさつきに手渡した。その刀は、さつきの手に吸い付くように馴染み、まるで彼女の一部であるかのように感じられた。

「ありがとうございます、源蔵殿…！」

　さつきは、深々と頭を下げた。この刀は、単なる武器ではない。さつきの心の再生と、新たな覚悟の証だった。

　しかし、その時、村の入り口から、けたたましい叫び声が聞こえてきた。

「源蔵殿！　大変だ！　黒曜会の者たちが、村に…！」

　村人が、血相を変えて駆け込んできた。やはり、黒曜会の魔の手は、この隠された村にまで伸びてきていたのだ。彼らは、良質な鉄鉱石を狙い、村の資源を奪い、刀匠たちを支配しようとしていた。

　さつきは、新たな刀を腰に帯びた。その瞳には、もはや迷いはなく、強い光が宿っている。この刀は、復讐のためだけでなく、大切な人々を守るために振るわれるのだ。

　黒曜会の非道な行いを目の当たりにし、さつきの心は、新たな闘志に燃え上がっていた。

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