【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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番外編

格好良い大人への道のりは前途多難

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 あきらが、テレビの前に置いてある座卓をおもむろに端に寄せた。首を傾げる一太の前で、長い足を伸ばして床に座り、ふんっと言いながら腕も前に伸ばす。くっくっくっ、と苦しそうな声がしてから、ぷはっと倒しかけていた体を戻した。少し休んで、もう一度。

「くっくっくぅぅ」
「あの、晃くん? それはいったい……」

 しばらく見ていたが、何をしているのかの予想がつかなかったので、一太はおずおずと聞いてみた。

「ん? ストレッチ」
「ストレッチ」

 柔軟体操ってやつか。体育とかの最初にやる、運動の前の準備の運動。それなら分かる。二人一組とかで、背中を押したりとかして体を伸ばすやつだ。体を動かしやすくして、怪我しないようにしとくやつ。
 に、しても。

「硬すぎない? 晃くん……」
「う、あ、いや、まあ、うん……でも、男子って割とみんなこのくらいの人多いっていうか、まあ、似たり寄ったりだったような気がするよ?」

 そうだったかな、と一太は考えてみる。が、他の人がどうだったかという記憶は何も思い出されなかったので諦めた。きっと中学までの自分は、よその人のことまで見る余裕がなかったのだろう。背中の押し合いも、実はした覚えがない。二人組になった相手に、触らないでと言われてそれぞれでストレッチをして終わっていたから。

「押してあげようか」

 晃は一太に、触らないで、なんて言わないと分かっている。だから、一太は気軽に提案した。あの様子じゃ、ストレッチになっているのかどうかも分からなかったので。

「……お手柔らかにお願いします」

 少し間があってから、晃は言った。
 ん、と頷いた一太が、両手で背中をぐっと押す。

「い、痛てててて」
「ええ?」

 まだ、何ほども力を入れていない。非力な一太が、だ。

「無理」
「え? そんなに?」
「じゃあいっちゃんもやってみてよ。男子はみんなこんなもんだって」

 むう、と口を尖らせた晃が言う。

「え? いや、俺、その……」

 場所を交代して足を伸ばして座った一太は、ひょいと腕を伸ばして足の爪先を掴んで見せた。

「え? うそ?」

 晃が背中を押すと、ぺたりと胸が膝につく。

「え? え? 何これ。押してる意味ある? いっちゃん、すごく柔らかい。なんで? 痛いとかないの?」
「なんか俺、昔からやわくて。マット運動とか得意だった。前転したり後転したりすると、あちこちの骨がマットに当たって痛いのだけが困るんだけどさ」
「ええ。すごい。すごいよ、これ」

 晃は、ぐっぐっと背中を押してくれる。おお、伸びる伸びる。自分でやるより、何というか、膝の裏が。

「流石にちょっと膝の裏がぴりって伸びて痛い感じあるかも」
「ここまで二つ折りになっててその程度なの? すげー」
「うん、ふふ。俺の特技かも」
「すごい特技だよ。毎日ストレッチしたりしてた、とか?」
「ううん。してない」
「ひえー。じゃ生まれつきか。生まれつきやわいんだ。いいなあ」

 いいのかな? まあでも、マット運動の時の体育は楽しかった。背が低いし、いつも体力不足でふらついていた一太は、他の競技はなかなか上手くできなかったから。
 一太のストレッチはすぐに終わったので、また晃と場所を交代して少しずつ背中を押してやる。

「痛ててててて」

 まあ、一朝一夕でどうにかなるものでもないのだが。

「でもさ、晃くん。何で急にストレッチ?」
「ん? あーいや、これは実は前段階で……」

 ストレッチだけで、もうかなり疲れた様子の晃が言った。

「ちょっと、体を鍛えてみようかと思って」
「へ、へえぇ」

 生まれつきの病気持ちだった晃は、小さな頃は行動が制限されていて、皆と同じように走り回れなかったのだと聞いている。手術を受けて治ってからも、なんとなく自分でセーブしてしまうようになっていたから、運動部に所属するなど考えたこともなかったし、体育などでも、目一杯動いたりしたことはないのだそうだ。
 そんな風に言っていた晃が、体を鍛えるって?
 びっくりしている一太に、あーうーと視線をさまよわせた後で晃が言う。

「僕が倒れた時にすぐに抱き上げて運べるようにって体を鍛えてる父さんが、格好良いなって思ってさ」
「あ、うん」

 確かに、誠さんは格好良い。子どもの頃の晃を運んでいただけでなく、もういい大人の一太を、ついこの間、抱いて運んでくれたのだ。まだまだしっかり鍛えているんだろう、と思われた。大人になった晃くんに何かあってもすぐ運べるように、って事なのかもしれない。格好良い。

「で、腹筋とか腕立て伏せとかしようかな、と……」
「俺もする」

 俺も、格好良い大人になりたい。晃くんを運ぶのは難しいかもしれないけれど、子どもたちを両手に抱えられるくらいには。一太は、握りこぶしで宣言した。

「え? いっちゃんも?」
「うん。子どもたちを軽々抱き上げられるように、一緒に頑張ろ」
「あ、うん……」

 僕が運びたいのはいっちゃんなんだけど、という晃の呟きが一太の耳に届くことは、もちろんなかった。
 
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