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64 ◇◇家飲み
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「ねえ、お母さん。本当に二人でお風呂入ってるの?」
「信じられない。だって晃、手術痕を見られるのが嫌だって言って、プールの授業は全部サボったし、修学旅行の時は、皆で入る風呂が嫌だから行かないって大分ゴネたじゃない。結局、部屋に付属の小さなお風呂を使う許可をもらうために、お母さんが学校に話をしに行ったんでしょ? 家族で旅行に行ったって、大風呂には絶対に入らなかったし。家族旅行の時の、部屋に付属の風呂にも、家での風呂にも、お父さんとでも一緒に入らなかったでしょ?」
「そうね」
「「信じられない」」
陽子の落ち着いた返事に、娘二人はぴったり揃った声を上げた。
「へええ。晃くん、手術痕をそんなに気にしていたんだ?」
灯里の夫の学が、義理の父である誠とのんびり酒を酌み交わしながら言う。すき焼きの鍋は片付けられて、乾きもののつまみと、デザートの甘い食べ物が食卓に並んでいる。
「手術のすぐ後で、まだ酷い傷痕の頃にクラスメイトの目に入って、気持ち悪いって言われたみたいでね。それから、手術の痕は気持ち悪いものだ、と思ってしまったらしい」
「頑張った証なのに。なんて酷い……」
「子どもは残酷だね。そこまでの過程など何も考えない、知らない。知らないままに、ただそこにあるものが自分の基準に合わなかっただけで、残酷な宣言をする。何年も何十年も消えない、見えない傷を残す」
「……」
「その、晃が? 誰かとお風呂に入ってるって? 信じられない」
「本当に二人で入っているのか、私、覗いて来てもいいかな。信じられない」
男二人でしんみりと語っていると、また娘二人の、信じられない、との言葉が戻ってきた。
「見に行くってあんた、女性が男性を覗いても痴漢行為よ」
「弟相手に痴漢もくそもないわ」
「いっちゃんは弟じゃありません」
「あー。そうね……」
お酒を飲みながら甘い物を摘んでいる光里は、少し酔いが回ってきたようだ。
「良かったじゃない。晃が初めて家に友だちを連れてきたのよ。嬉しいわ」
「訳ありだけどねえ」
晃が病院で点滴を受けている、と連絡をもらってすぐ病院へ駆けつけた光里は、一太が栄養失調で入院していたことを知っている。
「良い子よ」
「家事は得意そうだけど」
「助かってるわ。何でも一人でしようとするのが困りものだけど」
「晃が、ますます何にもできなくなるわよ。大体、お母さんが毎週様子を見に行くのも過保護過ぎだって、私言ってたでしょ」
「心配だったんだもの。少しずつ回数は減らすつもりだったのよ」
「どうだか」
「最近は行ってなかったでしょ」
「村瀬くんがいるからでしょう? やっぱり晃は何にもしてないことに変わりないじゃない」
「あら。そんなことないわよ。皿洗いとお風呂掃除は晃の担当だって」
「へ?」
陽子と話していた光里だけでなく、灯里まで驚いた顔をしている。
「見てたでしょ? あの子、かなり世話焼きよ」
「ああー」
食事中の晃を思い浮かべた全員が、同じ声を上げた。まだ帰宅していなかった光里だけが首を傾げている。
「知らなかったわ……。私たち、あの子のこと、ちっともちゃんと見ていなかったのね。保育士になりたいって言うのも、好きなピアノを生かせる職業として選んだのだと思ってたもの。お世話好きだなんて、知らなかった……」
「晃も、うちの子だったってことだ」
少し落ち込んだ口調の陽子に、誠は軽い調子で答えた。妻は、とても世話焼きな質で、娘たちもその気質を受け継いでいると感じている。一人だけ毛色が違うと思っていた末っ子の晃も、同じ性質を持っていたのだ。そして、それを存分に発揮する相手を初めて見つけたのだろう。一太に構う晃は、いつだって楽しそうな表情を浮かべている。
いつも、何かを諦めているような表情をしていた晃が。
誠がそんな事をしみじみ思っていると、晃と一太が二人で風呂から戻ってきた。
「お先でした。ありがとうございます」
「はーい。気にしないで」
頭を下げて恐縮する一太を、晃はソファに座らせた。自分も隣に座ると、慣れた様子で一太の髪の毛を拭き始める。一太も、大人しくされるがままになっている様子から、これはいつもの光景なんだろうと察せられた。
誰もが、何となく静かに二人の様子を伺っているうちに、おやすみ、と二人は二階の晃の部屋に上がって行ってしまった。
「信じられない。だって晃、手術痕を見られるのが嫌だって言って、プールの授業は全部サボったし、修学旅行の時は、皆で入る風呂が嫌だから行かないって大分ゴネたじゃない。結局、部屋に付属の小さなお風呂を使う許可をもらうために、お母さんが学校に話をしに行ったんでしょ? 家族で旅行に行ったって、大風呂には絶対に入らなかったし。家族旅行の時の、部屋に付属の風呂にも、家での風呂にも、お父さんとでも一緒に入らなかったでしょ?」
「そうね」
「「信じられない」」
陽子の落ち着いた返事に、娘二人はぴったり揃った声を上げた。
「へええ。晃くん、手術痕をそんなに気にしていたんだ?」
灯里の夫の学が、義理の父である誠とのんびり酒を酌み交わしながら言う。すき焼きの鍋は片付けられて、乾きもののつまみと、デザートの甘い食べ物が食卓に並んでいる。
「手術のすぐ後で、まだ酷い傷痕の頃にクラスメイトの目に入って、気持ち悪いって言われたみたいでね。それから、手術の痕は気持ち悪いものだ、と思ってしまったらしい」
「頑張った証なのに。なんて酷い……」
「子どもは残酷だね。そこまでの過程など何も考えない、知らない。知らないままに、ただそこにあるものが自分の基準に合わなかっただけで、残酷な宣言をする。何年も何十年も消えない、見えない傷を残す」
「……」
「その、晃が? 誰かとお風呂に入ってるって? 信じられない」
「本当に二人で入っているのか、私、覗いて来てもいいかな。信じられない」
男二人でしんみりと語っていると、また娘二人の、信じられない、との言葉が戻ってきた。
「見に行くってあんた、女性が男性を覗いても痴漢行為よ」
「弟相手に痴漢もくそもないわ」
「いっちゃんは弟じゃありません」
「あー。そうね……」
お酒を飲みながら甘い物を摘んでいる光里は、少し酔いが回ってきたようだ。
「良かったじゃない。晃が初めて家に友だちを連れてきたのよ。嬉しいわ」
「訳ありだけどねえ」
晃が病院で点滴を受けている、と連絡をもらってすぐ病院へ駆けつけた光里は、一太が栄養失調で入院していたことを知っている。
「良い子よ」
「家事は得意そうだけど」
「助かってるわ。何でも一人でしようとするのが困りものだけど」
「晃が、ますます何にもできなくなるわよ。大体、お母さんが毎週様子を見に行くのも過保護過ぎだって、私言ってたでしょ」
「心配だったんだもの。少しずつ回数は減らすつもりだったのよ」
「どうだか」
「最近は行ってなかったでしょ」
「村瀬くんがいるからでしょう? やっぱり晃は何にもしてないことに変わりないじゃない」
「あら。そんなことないわよ。皿洗いとお風呂掃除は晃の担当だって」
「へ?」
陽子と話していた光里だけでなく、灯里まで驚いた顔をしている。
「見てたでしょ? あの子、かなり世話焼きよ」
「ああー」
食事中の晃を思い浮かべた全員が、同じ声を上げた。まだ帰宅していなかった光里だけが首を傾げている。
「知らなかったわ……。私たち、あの子のこと、ちっともちゃんと見ていなかったのね。保育士になりたいって言うのも、好きなピアノを生かせる職業として選んだのだと思ってたもの。お世話好きだなんて、知らなかった……」
「晃も、うちの子だったってことだ」
少し落ち込んだ口調の陽子に、誠は軽い調子で答えた。妻は、とても世話焼きな質で、娘たちもその気質を受け継いでいると感じている。一人だけ毛色が違うと思っていた末っ子の晃も、同じ性質を持っていたのだ。そして、それを存分に発揮する相手を初めて見つけたのだろう。一太に構う晃は、いつだって楽しそうな表情を浮かべている。
いつも、何かを諦めているような表情をしていた晃が。
誠がそんな事をしみじみ思っていると、晃と一太が二人で風呂から戻ってきた。
「お先でした。ありがとうございます」
「はーい。気にしないで」
頭を下げて恐縮する一太を、晃はソファに座らせた。自分も隣に座ると、慣れた様子で一太の髪の毛を拭き始める。一太も、大人しくされるがままになっている様子から、これはいつもの光景なんだろうと察せられた。
誰もが、何となく静かに二人の様子を伺っているうちに、おやすみ、と二人は二階の晃の部屋に上がって行ってしまった。
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