【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

文字の大きさ
63 / 252

63 心と体が緩むと本音がぽろぽろ溢れてきます

しおりを挟む
「いっちゃん。肉、まだいる? あ、白菜と長ネギもういけるんじゃないかな。豆腐、食べるよね?」 

 一太が返事をする暇もなく、晃がどんどん鍋の中から食べ物を取り出してくる。一太は入れられる食べ物を消費するのに必死で、鍋が空になる前にお腹いっぱいになっていた。空になった鍋を見て、ほっとしたほどだ。だが、具材はまだまだ机にたくさん並べられている。まだ帰宅していない家族の分だろうか? そういえば、作っていた陽子さんもあまり食べられていないのでは?

「次、行くよー。ちょっと待っててね」

 晃の母、陽子の言葉にやっぱりか、と一太は思った。今食べていた自分たちの分が終わったのだろう。これだけ人数が多ければ、一回では済むまい。

「いっちゃん。卵もう一つ割る?」
「へ?」

 晃に言われて、変な声が出た。

「え?」
「あ、あの。俺もうお腹いっぱい……」
「え? いっちゃん、もうお腹一杯? じゃあ、シメのうどん一回やっちゃおうか」

 陽子が、別の深鍋に入れようとしていたすき焼き鍋の汁をまた温め直し、ざるに置いていた茹でうどんを少し入れる。

「あ、いいね。僕もうどん食べたい」
「私も」
「僕も頂いていいですか?」
「はーい」
「え? え?」

 一太以外の全員がうどんを食べるらしい。うどんはあっさり追加された。
 一太は首を傾げる。
 お腹いっぱい、と言ってからのうどんとはこれ如何に。

「ただいまー」

 晃の父、誠が帰ってきた。

「良い匂いがするな」
「おかえり」
「おかえり」
「お邪魔してます」
「おかえりなさい。すき焼きよ。今、一回目終わったとこ」
「お、ちょうど良かった。あれ、一回目からうどん?」
「いっちゃんがお腹一杯らしいから、いっちゃんのシメよ」
「そうか。村瀬くん、いらっしゃい。たくさん食べられたかい? ああ、学くんも。久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです。ご馳走になっています」

 一太は、誠に挨拶をしよう、しようとあっちの話こっちの話へ耳を傾ける。しかし、口を挟む隙が見つからない。
 このスピードで会話をされると一太はお手上げだった。折角名指しで話しかけてもらっても、呼吸を整えている間に話題が変わっていく。そうしているうちに誠は、部屋着に着替えてくる、と一度部屋から出ていってしまった。
 結局挨拶も出来なくて、一太はがっくりと肩を落とした。

「いっちゃん、どうかした?」
「あ、挨拶が間に合いませず……」

 何故か、一太が晃に話しかけるにはおかしな言葉になってしまう。ん? と首を傾げる晃。

「晃くんのお父さんに、挨拶……」
「ああ、すぐに戻ってくるから気にしなくていいよ」
「うん……。ありがと」

 結局、うどんを一口だけ食べてギブアップした一太は、その後の鍋の世話をする役目をもらって、ほっと安堵の息を吐いた。すき焼きは、その後、机の上に大量に並べられていた食材がほとんどなくなるまで何度も続いた。

「晃。いっちゃんと先に、お風呂入っちゃいなさい」

 一太が夕飯の片付けを手伝おうとしていると、気にしなくていいからとキッチンから追い出された。一太の体は晃に引き渡されて、その後の指示が飛んでくる。

「分かった。お風呂、ぬるめに溜めていい?」
「好きにしたらいいよ。後でそれぞれ調節するから」
「晃と村瀬くん、二人で入るの?!」

 晃と母の陽子の会話に、姉の灯里と、先ほど帰宅したもう一人の姉、光里が驚いた声を上げる。

「どんどん入っていかないと、後の人が遅くなるでしょ」
「え? だって晃……」

 陽子が当たり前のように口にする言葉に、二人の姉が絶句している。一太が首を傾げていると、

「行こ、いっちゃん」

 と、晃に手を引かれた。
 着替えの入ったバッグを手にして、しっかり洗ってあるお風呂場までそのまま辿り着く。晃が湯船に栓をしてボタンを押すと、お湯張りを開始します、栓はしましたか? と女の人の声が流れ、お湯が出始めた。

「おおお」

 一太が思わず声を出すと、晃にくすくす笑われた。晃が、湯船の横のパネルを操作しているのを覗き込む。

「父さんが熱い風呂が好きだから、お湯の温度を下げないと熱い」
「そうなんだ? でも、そうしたら、お父さんが入る時にぬるいんじゃない?」
「その時はこの、熱くって書いてあるボタンを押せば熱いお湯が足されるから大丈夫」
「へええ」

 水とお湯の出し具合を調節しなくても設定した温度になるなんて便利だな。

「二人で入るから、お湯も少な目にしとこう」

 お湯の量も調節可能? 世の中の進化がすごい。

「服を脱いでる間に溜まるから、もう入ろう」

 脱衣所に戻って服を脱ぐ。暑い中、歩き回っていたので服が汗臭かった。晃が、脱いだ服をぽいぽいと脱衣かごに入れていく。自分の服はどうしたらいいだろうと一太が悩んでいると、晃にひょいと取られて脱衣かごに放り込まれた。

「そ、そこに入れていいの?」
「入れといたら洗ってくれるよ」
「でも……」
「明日帰るまでに、絶対乾かしてあるって」
「そうなの?」
「うん」

 そうなのか。でも、申し訳ないから、後で洗濯機を使ってもいいか陽子さんに聞いてみて、自分と晃くんの分だけでも洗わせてもらおう、と一太は思う。
 そこからはいつも通り、二人で風呂に入った。洗い場も湯船もいつもより広いので、並んで背中を洗い合えるし、湯船に二人で入って足も伸ばせる。背の高い晃は流石に膝を曲げていたが、一太は足を伸ばして風呂に入って、

「ああ~」

 と、思わず声を上げた。

「気持ちいい」
「大きな風呂のある部屋に引っ越す?」

 晃が、向かい側から機嫌良く笑って言う。

「いいなあ。台所ももう少し広いのがいい」

 心も体もすっかり緩んだ一太は、笑って答えた。晃がものすごく嬉しそうな笑顔を浮かべるのを見て、一太もとても楽しい気分で広い風呂を堪能した。
しおりを挟む
感想 681

あなたにおすすめの小説

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる

路地裏乃猫
BL
ひょんなことから悪役令嬢モノと思しき異世界に転生した〝俺〟。それも、よりにもよって破滅が確定した〝バカ王子〟にだと?説明しよう。ここで言うバカ王子とは、いわゆる悪役令嬢モノで冒頭から理不尽な婚約破棄を主人公に告げ、最後はざまぁ要素によって何やかんやと破滅させられる例のアンポンタンのことであり――とにかく、俺はこの異世界でそのバカ王子として生き延びにゃならんのだ。つーわけで、脱☆バカ王子!を目指し、真っ当な王子としての道を歩き始めた俺だが、そんな俺になぜか、この世界ではヒロインとイチャコラをキメるはずのヒーローがぐいぐい迫ってくる!一方、俺の命を狙う謎の暗殺集団!果たして俺は、この破滅ルート満載の世界で生き延びることができるのか? いや、その前に……何だって悪役令嬢モノの世界でバカ王子の俺がヒーローに惚れられてんだ? 2025年10月に全面改稿を行ないました。 2025年10月28日・BLランキング35位ありがとうございます。 2025年10月29日・BLランキング27位ありがとうございます。 2025年10月30日・BLランキング15位ありがとうございます。 2025年11月1日 ・BLランキング13位ありがとうございます。

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

処理中です...