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107 ◇恋人の辞書には言葉が少ない
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「え? 岸田さんと二人で出かける?」
「あ、うん」
一太の顔を見て、晃は、思っていたより自分の声が低かったことに気付いた。
「あ、あー。うん。そうなんだ。なんで?」
にこ、と笑顔を取り繕って、落ち着け、と自分に言い聞かせる。ちゃんと報告してくれているんだから、何にもやましい事はないのだ。というか、いっちゃんの辞書に、やましいとかそういう言葉はまだ存在しないだろう。晃と付き合う、ということに関しても、少しづつ、それに関する言葉を登録していっている最中なのだから。
「あ、うん。ええっと……」
何で言い淀むのか。そこは、すぐに理由を言って安心させて欲しい。自分以外の人間と二人で出かける約束をして来ただけで、晃の胸の内は荒れ狂っているのだから。
「え? 何? 何か僕に言えないようなことがあるの?」
あああ。駄目だ駄目だ駄目だ。どうしても、声に棘が混じる。晃は、ふうう、と深呼吸してから一太をぎゅっと抱きしめた。
「岸田さんと二人の秘密を持ってるなんて、やきもち焼いちゃうな。僕の知らないいっちゃんを、岸田さんだけが知ってると思ったら……悲しい」
「え? え?」
腕の中で、一太が狼狽える。やきもち……と呟いているのは、それがどんなものかを考えているんだろう。
「それに」
一太を腕の中に閉じ込めたことで少し落ち着いた晃は、一太の耳元で、そっと言った。
「付き合ってる人がいる人が、付き合ってる人以外と二人で出かけるのは、あんまり良くないんだ。浮気してると思われてしまう。いっちゃんも、岸田さんも」
「そ、そうなんだ……」
「うん。いっちゃんは知らなかったかもしれないけど、岸田さんはきっと知ってると思うな。つまり、安倍くんに内緒なんじゃない?」
晃が、少し体を離して一太の表情を伺うと、何で分かったんだー、という顔をしている。
やっぱりか、と晃は推理を頭の中で展開させた。
内緒の買い物、という事は、誕生日プレゼントかクリスマスプレゼントかな? クリスマスプレゼントなら、一緒に準備しようという話になって、いっちゃんも僕に内緒にする筈だから、たぶん誕生日プレゼントだ。安倍くん、誕生日近いんだな。
「あの。安倍くんに内緒で、誕生日プレゼント? を買いたいから、一緒に行こうって、岸田さんが」
「へええ、そうなんだ」
岸田が、安倍に内緒で誕生日プレゼントを買いに行きたい、というのは分かる。だが、何故、一太と岸田が二人で行くことになるのかが分からない。
「それで、何でいっちゃんが誘われたの?」
「エプロン」
「ん?」
「俺と安倍くん、エプロンを一枚しか買ってなかったから、実習に間に合うように買いに行こうって」
「あ、ああ」
そうだった。一緒にエプロンを買いに出かけた日、安倍と一太は、実習が始まるまでに必ず二枚以上準備しなさい、と言われたエプロンを、一枚しか買わなかったのだ。一太は、気に入ったのが一枚しかないから、と言っていたが、多分、手持ちに余裕がなかったのだろう。安倍ははっきりと、手持ちが足りないから、バイト代が入ってからもう一枚買う、と言っていた。
そして、晃は思い出す。
一太のエプロンが、二枚あることを。
晃は、一緒に買いに出かけた時、一太がとても気に入っていた柄のエプロンをこっそり買ってあったのだ。自分とお揃いの、色違いのエプロン。渡す機会を得られないまま、まだ隠してあった。
あれを、何とか上手いこと言って一太に渡すことができれば、このお出かけの計画は無しになるかもしれない。
「あ、うん」
一太の顔を見て、晃は、思っていたより自分の声が低かったことに気付いた。
「あ、あー。うん。そうなんだ。なんで?」
にこ、と笑顔を取り繕って、落ち着け、と自分に言い聞かせる。ちゃんと報告してくれているんだから、何にもやましい事はないのだ。というか、いっちゃんの辞書に、やましいとかそういう言葉はまだ存在しないだろう。晃と付き合う、ということに関しても、少しづつ、それに関する言葉を登録していっている最中なのだから。
「あ、うん。ええっと……」
何で言い淀むのか。そこは、すぐに理由を言って安心させて欲しい。自分以外の人間と二人で出かける約束をして来ただけで、晃の胸の内は荒れ狂っているのだから。
「え? 何? 何か僕に言えないようなことがあるの?」
あああ。駄目だ駄目だ駄目だ。どうしても、声に棘が混じる。晃は、ふうう、と深呼吸してから一太をぎゅっと抱きしめた。
「岸田さんと二人の秘密を持ってるなんて、やきもち焼いちゃうな。僕の知らないいっちゃんを、岸田さんだけが知ってると思ったら……悲しい」
「え? え?」
腕の中で、一太が狼狽える。やきもち……と呟いているのは、それがどんなものかを考えているんだろう。
「それに」
一太を腕の中に閉じ込めたことで少し落ち着いた晃は、一太の耳元で、そっと言った。
「付き合ってる人がいる人が、付き合ってる人以外と二人で出かけるのは、あんまり良くないんだ。浮気してると思われてしまう。いっちゃんも、岸田さんも」
「そ、そうなんだ……」
「うん。いっちゃんは知らなかったかもしれないけど、岸田さんはきっと知ってると思うな。つまり、安倍くんに内緒なんじゃない?」
晃が、少し体を離して一太の表情を伺うと、何で分かったんだー、という顔をしている。
やっぱりか、と晃は推理を頭の中で展開させた。
内緒の買い物、という事は、誕生日プレゼントかクリスマスプレゼントかな? クリスマスプレゼントなら、一緒に準備しようという話になって、いっちゃんも僕に内緒にする筈だから、たぶん誕生日プレゼントだ。安倍くん、誕生日近いんだな。
「あの。安倍くんに内緒で、誕生日プレゼント? を買いたいから、一緒に行こうって、岸田さんが」
「へええ、そうなんだ」
岸田が、安倍に内緒で誕生日プレゼントを買いに行きたい、というのは分かる。だが、何故、一太と岸田が二人で行くことになるのかが分からない。
「それで、何でいっちゃんが誘われたの?」
「エプロン」
「ん?」
「俺と安倍くん、エプロンを一枚しか買ってなかったから、実習に間に合うように買いに行こうって」
「あ、ああ」
そうだった。一緒にエプロンを買いに出かけた日、安倍と一太は、実習が始まるまでに必ず二枚以上準備しなさい、と言われたエプロンを、一枚しか買わなかったのだ。一太は、気に入ったのが一枚しかないから、と言っていたが、多分、手持ちに余裕がなかったのだろう。安倍ははっきりと、手持ちが足りないから、バイト代が入ってからもう一枚買う、と言っていた。
そして、晃は思い出す。
一太のエプロンが、二枚あることを。
晃は、一緒に買いに出かけた時、一太がとても気に入っていた柄のエプロンをこっそり買ってあったのだ。自分とお揃いの、色違いのエプロン。渡す機会を得られないまま、まだ隠してあった。
あれを、何とか上手いこと言って一太に渡すことができれば、このお出かけの計画は無しになるかもしれない。
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