【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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129 うちへ帰ろう

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「いっちゃん、明日の朝早いから朝ご飯に手軽に食べられる物を買って帰ろ」
「へ?」
「え?」

 大晦日、バイト先のスーパーは明日から三日間休みだということで、もの凄い人出だった。買い溜めしようとする人でただでさえ多い所へ、三日間の休みに備えて賞味期限の近い品を売り切ろうと割引シールを貼りまくったものだから、閉店の時間には見たことがないくらいに品物がすっからかんになっていた。
 年越しそばとして食べるためのカップ麺のそばを二つ、数日前に確保していて良かった、と一太は胸を撫で下ろした。一太には、カップ麺というのが何とも贅沢に思えて当日に生麺を買って帰ろうと晃に言ったのだが。

「賞味期限長いんだし、その日に食べなくてもいいじゃん。いざという時用に買っておこう?」

 と、説得された。しかし生麺は一つ二十円。カップ麺は安売りでも一つ百十八円。

「僕、カップ麺も好きなんだよね。絶妙に濃くて美味しいから。たまに食べたいなあ」
「う……うん」

 そう言われると、一太も弱い。そして、美味しい贅沢品というものを食べてみたい気にもなってくる。
 そうして購入した二つのカップ麺が今日の夕食になるのは間違いないようだった。生麺なんて、一太が出勤した時点で売り切れていたのだから。

「明日、電車で食べられるようにさ」
「あ、ああ」

 そうだ。三日間バイトが休みだからと晃は実家に帰るのだった。久しぶりの一人はちょっと寂しい。

「二人とも、年末のこんな時間までありがとう。正月は実家に?」
「はい」

 晃が答えるのを黙って見る。そうか、と店長は笑った。

「気をつけて。良いお年を」
「はい、店長も。良いお年を」
「良いお年を」

 一太も頭を下げて店を出た。コンビニに寄ろうと言う晃について行く。スーパーには、今夜のご飯も明日の朝ご飯も残ってはいなかった。一太は買い溜めするタイプではないので、家にもそんなに食べ物は残っていない。まあ、いいか。無かったら食べないだけだ。
 しかし、正月にスーパーが閉まっていることを考えたら少し何か買っておくべきだった。三日食べないのは流石にキツいな。コンビニは高いけど何か買わないと駄目かな。

「いっちゃん、何にする?」

 久しぶりに入ったコンビニのパンコーナーで、晃が笑顔で振り返った。

「え?」
「え?」

 一太の明日の朝ご飯まで心配してくれているのだろうか。相変わらず晃くんは優しい。

「俺は適当に食べるから、心配しなくて大丈夫だよ」

 家にいるのだから、どうとでもなるだろう。何か残り物……は無かったか。

「早い時間だけど混んでるかもしれないから、あまり途中の駅で買い物はできないよ。買っていこ」
「ん?」
「うちまで二時間くらいかかるの知ってるでしょ。お腹空くよ。でもまあ、母さんが張り切って色々作ってるだろうから、パン二つくらいでいっか」

 ぽんぽんとかごに入れられる菓子パンを見る。

「え?」
「どうかした? いっちゃんも二つでいい?」
「どこで食べる……の?」
「電車の中」
「……俺も?」
「え? あ、まあ、いっちゃんは早起きだから家で食べてから出てもいいけどさ。僕は、うーん、ちょっと早いからなあ、電車の時間……。電車で食べるね。飲み物もペットボトルにしよう。いっちゃんは紅茶でいい? 無糖が好きなんだっけ? あ、夜ご飯も、カップ麺だけじゃ足りないからおにぎりを幾つか買って帰ろ?」

 あれ? 俺も電車に乗るの? なんで?

「……いっちゃん。明日から三日間うちに帰るよ?」

 首を傾げた一太に気付いたのか、かごを持った晃が一太を促してレジから離れた端に寄った。真剣な顔で話しかけてくるので、一太も晃の目を見て大きく頷く。

「うん」

 知っている。

「いっちゃんも帰るんだよ?」
「へ?」

 ぽかんと口を開けてしまった。
 帰る?
 ……そんな所、ない。
 一太の家は、間借りしている晃の部屋だけ。帰ることのできる場所はそこだけ。自分の家ではない、そこだけ。

「かえるって……」
「うち。僕のうちだよ。実家」
「何で……?」
「え? 何でって?」

 そう、何で?
 晃の実家に一太が行くのを帰るとは言わないし、何で一緒に行くのかが一太には分からない。また、修学旅行気分だった夏休みの時のように一緒に旅行してくれるのだろうか。そうだとしても、お正月は駄目だろう。それは一太でも分かる。盆と正月は家族で過ごすものなのだ。そのくらいの常識は知っている。盆と正月くらい帰っておいでっていうセリフを、小説で何度か読んだことがある。

「何でって言われると……ええと、そうだなあ。当たり前だと思ってたっていうか……その、母さんもそのつもりだったし、俺もそのつもりだったから、うーん……」
「当たり前……」

 晃の実家へ一太がのが?

「あ、そうだ。僕が寂しいから。いっちゃんと離れてると寂しいから一緒に帰ろう」

 今、考えた理由じゃん……。でも、三日間晃くんと離れるのは寂しいなと一太も考えていたので一緒だ。
 それでも、一緒の考えが嬉しいからとすぐに頷くわけにはいかない。一太の知っている数少ない常識が警鐘を鳴らす。

「でも、正月は家族で過ごすものなんじゃ……」
「お正月は家族で? ……うーん。過ごしたい人と過ごしたらいいんじゃないかなあ」
「……!」
「僕は、お正月もいっちゃんと過ごしたいけど。いっちゃんはどう?」

 過ごしたい人と過ごしていいなら、そりゃあ……。

「晃くんと過ごしたい、けど……」
「うん!」

 晃は満面の笑みを浮かべた。嬉しくて堪らない、というように。
 一太は、何故かひどく恥ずかしくなって晃のその笑顔から目を逸らしてしまう。
 なんだろう。胸がどきどきする。

「だから、明日の朝は一緒に帰るんだよ」
「帰る……」
「そ。うちへ帰る」

 逃げ出した場所を、自分の家だと思ったことはなかった。逃げ出して一人になれて、ほっとしていた。やっと、一人になれたと思っていた。
 それなのに、今、一人が寂しいなんて。帰るよって言われて、嬉しいなんて。
 どうしよう。嬉しい。
 お正月、晃くんのうちに。俺、帰るのか……。
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