【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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177 恋人がいる印

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 晃と一太は二人でたくさん話した。これからの事を。これから、どうしたいのか。学生でなくなって、自分の稼ぎでどう暮らしていくのか。
 
「僕はこの家が好き。大学を卒業した後も、いっちゃんと二人でこの家で暮らしたいな」
「俺も。俺もこの家が好き。晃くんと二人でいたい」

 住むところはあっさりと決まった。なら、次はここから通いやすい職場を選べばいい。
 
「二人で一緒に働けたら嬉しいな」
「僕も」

 そんな感じで意見がことごとく合った晃と一太は、大学の近くで、今の家から歩いて通える大学提携の保育園の求人に大学の斡旋で応募して、あっさりと内定をもらった。
 応募した園は、こども園へと転換するタイミングだった。保育士資格と幼稚園教諭資格の両方を取得している人間を大量に募集していたのだ。今まで働いていた保育士資格だけの先生たちは、幼稚園教諭資格を取得しないと仕事が続けられなくなってしまったらしい。仕事をしながら講習会に参加して幼稚園教諭資格の取得を目指している人もいたが、とても無理だと退職を決めた人も少なくなかった。
 一太たちのように大学で両方の資格を取得する人間は、大歓迎されている状態だったのだ。
 平常時でも、給料の安さと仕事の大変さが釣り合わなくて離職する人の多い職種であるところへ、こども園へ転換する園が多くて募集はたくさんあり、同級生たちもどんどん内定をもらっていた。
 
「岸田さん、実家に帰るの?」
「うん。色々考えたんだけど、最初はやっぱり家事と仕事を両方するのは大変かなって思ってさ。奨学金も返さなきゃならないし。家賃とか払って、それも返してって考えると厳しいから、家に幾らかお金を入れて、住まわせてもらって仕事に行くことにした」
「そうかあ」

 岸田の実家も、この町から二時間弱離れた田舎らしい。

「寂しいなあ」

 晃とは一緒にいられるが、その他の人とはお別れだった。友だちができたのは嬉しかったが、こうして離れることがある時にとても寂しくて辛いのだと知った。

「俺も家に帰るよ」
「うん」

 安倍は、実家が保育園だ。安倍の実家も四月からこども園になるらしく、今、職員の確保にてんてこ舞いだそうだ。安倍が、保育士と幼稚園教諭の両方の資格を持って帰るのはとても心強いことだろう。

「みんな纏めて、うちに来たら良かったんだけどな」
「あはは。それもいいけど」

 安倍の実家も、ここから二時間半離れた田舎町だった。
 それぞれの事情で、それぞれの行き先が決まっていく。

「なるべく早く車を手に入れるからさ。そしたら、すぐに遊びに行くから」

 安倍が岸田に言っているのを聞いて、ああ、二人はなかなか会えなくなるのだ、と一太は切なくなった。これからも晃と一緒にいられる自分は、とても幸運なのだ。
 大切にしよう。
 この幸運な一日一日を。

 *

 十月には、岸田の誕生日パーティをした。もちろん、晃と一太の家で。安倍から岸田への誕生日プレゼントは指輪だった。

「上等なもんじゃねえけど」
「ええ? 上等だよ。ええー、指輪かあ。うわぁ……」
「引いた?」
「ううん、嬉しい。無理してない?」
「いや。それ本当に、そんなに上等じゃなくて。その、勝手に買うのもどうかな、とも思ったんだけど。まあ、その。一個目な、一個目」

 ものすごく照れている安倍というのも珍しくて、一太はまじまじと二人を見てしまう。

「あー、村瀬。あんまりじろじろ見るな。恥ずかしいから」
「指輪は恥ずかしいの?」

 晃に小さな声で聞く。

「うーん。恋人がいますよって印を付けてて欲しいってことだから、すごく気持ちがこもってて恥ずかしいんじゃないかな」
「へええ」

 そういうものなのか。
 
「松島、聞こえてるぞ。そういう解説は、聞こえないとこでやってくれ」
「じゃあ、そのプレゼントさ。二人の時に渡したら良かったんじゃないかな」
「はっ、そうか!」

 赤くなっている二人が何だか可愛くて、一太はにこにこと笑った。印、いいな。

「お前だって、お揃いの時計を村瀬にプレゼントしてるだろ。似たようなもんだよ」
「いやあ、時計はさ。ほら、必需品だから」

 一太は、誕生日に晃からもらった腕時計をふっと見る。小さくて軽いのに携帯電話と連携できて、メッセージや電話が届いた時に教えてくれる優れもの。一太の御用達、百円均一ショップのものとは違って、時間がいつの間にかずれていたりすることもない。その日の歩数や体温、血圧まで簡易的に測ってくれる。文字盤も気分で様々な絵柄に変更できて、時計表示をデジタルにもアナログにもできる。
 もらった時、一太も、こんな上等なもの申し訳ない、と言った。今の岸田と同じだ。そして、晃の返事も安倍と同じ。そんなに上等じゃないよ、だった。

「ま。その、なんだ。俺がさ、つけててほしいんだよ。彼氏いるよって印」
「ありがとう。来月、私も贈ろうかな、お揃いの指輪。男用のサイズもある?」
「え?」
「来月。剛くんの誕生日プレゼントにさ。私だって、つけててほしいもん。彼女いるよって印。剛くん、実は格好良いからさ。どこでモテてるか分かんないでしょ」
「うん? 実は?」
「そうだな。気付かれたらモテるかもしれないから、それがいいかも」
「うん? モテるかもしれない?」

 プレゼントにも色んな意味があるらしい。印があれば恋人がいると分かる。なるほど。印、いいな。
 一太は、十二月の晃の誕生日に向けて、指輪について調べてみようとちょっと思った。
 恋人がいる、と言ってもモテている晃には、印をつけておいた方がいいかもしれない。
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