【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

文字の大きさ
176 / 252

176 二回目の夏休み

しおりを挟む
 夏休みは去年と同じように過ごした。去年と同じ夏休みを過ごせたことが、一太はとても嬉しかった。
 週に一度、託児室の手伝いをして、他の日はせっせとアルバイトをした。引っ越しで減ったお金は、夏休みに頑張ることでまた、ほんの少し余裕を持たせることができた。ほっとした。
 もし、本当に一太の手持ちがすっからかんになったら、誠と陽子が貸してくれると申し出てくれている。たくさん繰り返した、なんで、どうして、という一太の疑問に、根気強く返事をくれた誠と陽子に、一太はついに折れた。いっちゃんはもううちの子、と陽子の結論が出て、それをとても嬉しいと一太が思ってしまったから。
 お金を貸してくれる約束は、決して無理をしないという約束でもあった。……なんて優しい約束なんだろう。
 頼ろうなんて、一太はこれっぽっちも思っていない。絶対に、自分で頑張ろうと思っている。今までもそうだったし、これからもそれは変わらない。
 けれど何だろう。こう、力が抜けた。頼る気はない。本当に。自分で頑張ることは変わらない。ずっとそうしてきた当たり前のこと。一太は変わらない。なのに何故だろう。安心……。そう安心したのだ。
 これが、保護者というものか。保護者がいるということなのか。
 松島家への帰省は今回もとても楽しくて、一太の誕生日パーティは、もちろん盛大に行われた。一年で何歳も歳をとってしまいそうだ、と一太は嬉しい悲鳴を上げた。陽子はしっとりチョコレートのケーキと、一太がご馳走だと思っているすき焼きを作ってくれた。夏は、ケーキに挟みやすい果物がなかなか無いのが不満だ、と陽子は言った。
 晃の定期検診も問題なしだった。二人とも元気になったねえ、ではまた来年、と晃の主治医は言った。

「なんで元気になったのに、また来年、なんだよ。なあ?」

 と、晃が一太に向かって言って、診察室で皆で笑った。
 また来年、俺は晃くんとここに来るのかあ、と一太は思った。一年後の約束が当たり前にあることが、不思議で嬉しかった。

「就職は、どうするか決めたのか?」
「帰ってこないの?」

 夏休み明けには、いよいよ本格的に就職先を決めなくてはならない。一太はどこでもよかった。晃と一緒にいられさえすれば。
 
「ええっと。俺は、資格が生かせるならどこでも……」

 できれば、少しは道を覚えた今の町で就職できればいいな、と思っている。弟ののぞむに住んでいる町を知られていることは恐ろしいが、今暮らしている町も住んでいる部屋もものすごく気に入っているのだ。
 そうだな。俺、あの部屋から通えるところがいいな。

「僕は、今の部屋が気に入ってるから、あそこから通えるとこに就職しようかな、と思ってる。田舎で暮らすより、いっちゃんと二人で暮らしやすいし」

 晃も、これからも一緒にいたいと思ってくれたことが、とても嬉しい。

「うん。晃は今の町で就職先を探すつもりなんだな。一太くんはどうだ? どこでも、では範囲が広すぎる。しっかりと考えて、自分の思うことを言ってごらん」
「え? 俺?」

 晃が、今住んでいる町で、あの部屋から通える仕事を探すつもりだと聞いて内心喜んでいた一太は、誠に名前を呼ばれて心底驚いた。どうして、一太の行き先までそんなに気にしてくれるのだろう。
 あ、そうか。晃くんと一緒にいるから、俺がしっかり仕事に就かないと、生活費が半分分けできないんだよな。それは気になるかもしれない。

「一太くんは、他の町へ移りたいんじゃないのかい? 今の町は、弟君に知られてしまっているだろう? 恐ろしくはないか? 私は、君と弟君はもう会わない方がいいと思っている。暴力や暴言の記憶は、そう簡単に消えるものじゃない。恐ろしいものから逃げるのは何にも悪いことじゃないからね。住所を変えたからそう簡単にはたどり着けないだろうが、万が一ということもある。住む町を変えてしまえば、よりいっそう安心できるのではないか?」
「え。あ……」

 誠は、ただただ、一太の心配をしてくれていた。ああ、そうだった。この家の人は皆そうだ。ずっと、最初からずっと、一太に聞いてくれた。何も隠さず教えてくれてその上で、君はどうしたい? と聞いてくれる。

「俺、は……」
「うん」
「あの町が好きです。たくさんの楽しい初めてをできたあの町が、好きです。道もだいぶ覚えたし、あの、今住んでいる部屋もすごく好きで、あの、晃くんと、できるなら今のままもう少し、一緒に……」

 こんなことは、聞かれていなかった。就職先をもっと具体的に考えてごらん、と聞かれていたのだったな、と一太の声が小さくなりかけたところで、

「それで?」

 と、誠が相づちを打ってくれた。

「弟は怖いけど、でも、あの町が好きだから、あの、あの町で、今の部屋から通えるところで就職したい、です」
「ん、そうか」

 誠は、大きく頷いて一太の方へ手を伸ばし頭を撫でてくれた。一太は、その大きな手がもう、怖くなかった。

「あらー。じゃあ帰ってこないのね。仕事もして家のこともするのは大変だから、帰ってきたら安心だと思ってたのに」

 陽子が、がっかりした声を出す。

「今もちゃんとしてるんだから、大丈夫だよ」
「ちゃんと、ねえ」
「何? 本当にちゃんとしてるだろ?」
「いっちゃん。家事は半分こよ。約束よ?」
「え? あ、はい。いつも半分こしてます」
「そお? 辛くなったらすぐ言うのよ? 長い休みの時は帰ってくるのよ」
「はい」

 帰る場所がある。
 どこで何をしていても。
 一太には、そんな場所ができたのだ。
しおりを挟む
感想 681

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

処理中です...