【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

文字の大きさ
211 / 252

211 ◇◇子離れ

しおりを挟む
「ただいま!」

 陽子が、玄関の鍵を開けて声をかけると、おかえりなさい、と一太が出てきた。後ろから晃も付いてきて、おかえりなさい、なんて言う。晃に、こうしてお迎えしてもらうなんて何年ぶりだろうか。一太のお陰だ。一太がこうして玄関に出てきてくれるから、晃もつられて出てきてくれるのだ。随分と様子の変わった息子が何だかおかしくて嬉しくて、陽子はにこにこ笑った。

「お疲れ様です」
「ありがとう。疲れたー」

 丁寧に頭を下げてくる一太の顔色は悪くない。もともと、少し青白い顔色の子だから分かりにくいが、どうやら通常の顔色に戻ったようだ。熱が高かった時の、紙のような白さにははらはらした。それでいて、ふらふらしながらも動き回ろうとするのだから、本当に心臓に悪い。ベッドにくくり付けておきたかったくらいだ。何とか体調を戻せたようで良かった、と陽子は息を吐いた。昔、晃の体調が良くなかった頃のように、仕事を休んで側にずっといてやれればよかったのだが。
 まあ、大丈夫か。
 一太の後ろを付いて回る息子に笑いが溢れる。私でなくても、見守る誰かがいるのなら安心だ。
 居間に入ると、一日中、留守番の人間がいた部屋は暖かくて、すでに良い匂いが漂っていた。

「う、うわあ。嬉しい」

 夜ご飯は作ります、と一太は朝に言っていたのだから、作ってくれていることは分かって帰ってきた。それでも、目にした陽子は感動してしまった。誰かにご飯を準備してもらうのが、こんなに嬉しい事だったとは!

「あの。まだコーンスープとマカロニサラダを作っただけで。米が炊けたらチキンライスにして、最後にエビフライを揚げます。ポテトも買ってしまったんですけど、揚げていいですか?」
「ポテト? 嬉しい。私も大好き」

 ほっとした顔を見せる一太に、本当は、そんなの好きにしたらいいのに、と陽子は言いたかった。どうせ、一緒に買い物に行った晃がカゴに放り込んだに違いないのだ。でもまだ、一太にその物言いは早い気がする。家族を、近しい関係の人間を知らない一太ができる、精一杯の近さで過ごしてくれているのだと分かるからだ。少しずつ、もっともっと近付いていけたらいいな、と陽子は思う。
 幸い、晃とはだいぶ近くなったようだ。その関係が、親友じゃなく恋人なんだというのが少し引っかかる所ではあったけれど、二人がそれを選んだなら応援しようと決めた。もう迷いはない。

「いっちゃん、手伝うわよ。ていうか、この後は私がしようか?」
「あ、いえ、大丈夫です。あの、たまには、その、のんびりと、ええっと、テレビでも見て……」

 のんびりの仕方を知らない一太からひねり出された提案は、しどろもどろであったけれど、陽子は喜んで乗ることにした。

「ありがとう。無理はしてないよね?」

 こくこく頷く一太に笑いかけて、何故か一太にべったりと付いて回っている晃にも目を向ける。晃が台所にいたって、大した戦力にはならないだろうに何してるんだか。

「昼間はケーキ食べて遊んでた」
「なら良し」

 晃が答えたので褒めると、一太が首を傾げる。

「いっちゃん、どうかした?」
「ケーキ食べて遊んでいて褒められるの、なんで?」
「あはは、確かに」

 二人の会話を聞き流し、陽子はカバンを片付けてソファに座った。あれ? 本当にこの後、自由時間……?!
 部屋はあきらかに掃除機がかけてあり、洗濯物もすべて畳んである。ご飯作りは、今から仕上げにかかるらしい。本当に、何にもやることが無い。
 ヤバい。嬉しい!
 たまにのんびりできる事がとても嬉しいこの気持ち。いっちゃんもここに、この気持ちに辿り着いてほしいな、と陽子は思った。正月休みに入ったら、いっちゃんをもっともっと甘やかそう!
 一太の作ったご飯は、普通に美味しかった。マカロニサラダもコーンスープもチキンライスも、普通に普通の味がした。作り方に書いてある通りに作った基本の味だ。一太の真面目な人柄が垣間見えると共に、失敗できなかったのだろうな、と陽子は思う。材料に余分が無かったり、少しの失敗をひどくなじられたりする環境では、とにかく基本に忠実に、失敗しないようにと作業するしかなかったのだろう。
 そして一太には、手本となる味が無かった。晃や誠から一太の育った環境を漏れ聞く限り、うちはこうだったよ、と人に言える味がないのは間違いない。唯一あるとすれば、給食なのだろう。
 そんな一太の作るご飯は、とても普通で普通に美味しい。

「美味しい」

 陽子が一口食べて言えば、一太は、ほっとした表情を見せた。

「揚げただけだから」

 それもできない人が世の中には沢山いるのよ、と陽子は思う。

「揚げただけのも、いっちゃんが味付けしてくれた物も全部美味しい。作ってくれてありがとう」
「あの、書いてある通りに作っただけなので、その、俺の味付けって訳じゃ……」
「全部、一太の手作り? すごいな」
「いっちゃんの作るご飯は、いつも美味しいよ」

 誠と晃も参戦して、美味しい美味しい、と言えば、一太は控えめに笑った。
 一太のはにかむ顔が可愛くて、一口ごとに褒めてしまいそうだ。

「晃の誕生日って感じがするわー。あ、そうだ。晃、誕生日おめでとう。かんぱーい」
「ええ? あ、ありがとう」
「そうだった、そうだった。晃、誕生日おめでとう」
「ありがとう」

 思いつきで始まった適当な家族のやり取りに目を丸くした一太が、慌ててお茶の入ったグラスを持ち上げる。家族の食卓で絶対にやらなければならない事なんてないけれど、一太がこうして少しずつ、適当なやり取りに馴染んでくれたらいいな、と陽子は思う。

「おめでとう」
「ありがと」

 見たことない顔で笑う息子がそこに居た。今日は二人で、楽しい誕生日を過ごしたのかな。
 大人になっていく息子のことが、嬉しいような寂しいようなおかしな気分だった。

 夜。陽子は、赤い長靴の形の入れ物にお菓子がたくさん詰まっているクリスマスプレゼントを二つ持って、そっと晃の部屋の扉を開けた。サンタクロース役をするのは何年ぶりだろうか。廊下の灯りを頼りに部屋の中を窺う。晃は、少々の物音では起きないことは分かっているが、敏感そうな一太もいるから気が抜けない。子どもっぽいと怒られそうだが、折角クリスマスイブにうちにいるのだから、二人の枕元にプレゼントを置いてやりたかったのだ。
 けれど、抱き合って一つの布団で寝ている二人を見て、プレゼントを落としてしまい、慌てて部屋を飛び出し、一階に降りた。

「どうした?」
「あー。いや、うーん」

 誠に訝しがられて、陽子は頭を抱えた。
 
「晃も、大人になったんだなって」
二十歳はたちだからな」
「うーん。いや。でも、そうか」

 晃がまだ小さい頃。入院した晃を、病院に一人置いて帰らなければいけなかった。病院の決まりだったからだ。帰らないで、側にいて、と散々泣いていた晃は、ある時から、家でも一緒に寝なくていい、と言った。最初から一緒にいなければ、向こうでも寂しくないから、と。
 あの頃から、誰も側に寄せつけなかった晃が、こうして一緒にいたいと思える人をみつけたのなら、それは本当に良かったことだ。
 うん。きっと一太だけでなく晃も、小さい頃に足りなかった温もりを取り戻そうとしているのだろう。
 陽子は見なかったことにする事にして、もう一度晃の部屋へそっと入りプレゼントを取り出した。そうして、プレゼントは、部屋の扉の前に並べて置いておくことにした。
しおりを挟む
感想 682

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

【完結】獣王の番

なの
BL
獣王国の若き王ライオネルは、和平の証として差し出されたΩの少年ユリアンを「番など認めぬ」と冷酷に拒絶する。 虐げられながらも、ユリアンは決してその誇りを失わなかった。 しかし暴走する獣の血を鎮められるのは、そのユリアンただ一人――。 やがて明かされる予言、「真の獣王は唯一の番と結ばれるとき、国を救う」 拒絶から始まった二人の関係は、やがて国を救う愛へと変わっていく。 冷徹な獣王と運命のΩの、拒絶から始まる、運命の溺愛ファンタジー!

【完結】好きな人の待ち受け画像は僕ではありませんでした

鳥居之イチ
BL
———————————————————— 受:久遠 酵汰《くおん こうた》 攻:金城 桜花《かねしろ おうか》 ———————————————————— あることがきっかけで好きな人である金城の待ち受け画像を見てしまった久遠。 その待ち受け画像は久遠ではなく、クラスの別の男子でした。 上北学園高等学校では、今SNSを中心に広がっているお呪いがある。 それは消しゴムに好きな人の前を書いて、使い切ると両想いになれるというお呪いの現代版。 お呪いのルールはたったの二つ。  ■待ち受けを好きな人の写真にして3ヶ月間好きな人にそのことをバレてはいけないこと。  ■待ち受けにする写真は自分しか持っていない写真であること。 つまりそれは、金城は久遠ではなく、そのクラスの別の男子のことが好きであることを意味していた。 久遠は落ち込むも、金城のためにできることを考えた結果、 金城が金城の待ち受けと付き合えるように、協力を持ちかけることになるが… ———————————————————— この作品は他サイトでも投稿しております。

処理中です...