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百二
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予想もしなかった言葉に、伊良はぽかんと口を開けてしまう。婚姻の誓いを交わしたことは公に知らせていないとはいえ、伊良が良時の許婚であることは、ここにいる誰もが知っているはずだ。許婚のいる若様に、嫁候補を堂々と引き合わせようとしたのか。しかも、許婚の目の前で。
ああ。もしかして、せめて許婚の伊良がいない場でそれをしようという気遣いか。いや、この様子を見れば、そんな気遣いがあるとは到底思えない。もし気遣いがあるのなら、伊良の姿を見て計画を中止するか、膳を持たせた娘たちを良時に紹介せずに下がらせるかすることができたはずだ。
伊良をこの場に招待しないまま元服の儀を始めたことも、伊良の姿を見てなお娘たちを紹介したことも、伊良を未だに全く許婚だと認めていない行為である。それは、伊良を蔑ろにするだけではなく良時のことをも蔑ろにし、ひいてはこの婚約を決めた亡き殿のことを蔑ろにする行為だと何故気付かないのだろう。
「吉之助」
良時は、目の前で頭を下げる面々から顔を逸らし、部屋の隅に控えた小姓を呼んだ。
「はいっ」
吉之助の元気な返事が響く。
「正平を呼べ。無礼者どもをここからつまみ出させろ」
「はい」
吉之助は、すぐに立ち上がり部屋を出て行った。護衛の待機部屋はすぐそこだ。良時の護衛の正平はすぐに駆け付けることだろう。
「いや、そ、そんな……」
「わ、若様、お話をお聞きいただきたく」
「左馬之助」
「はいぃ」
時行も、何か言おうとする家臣たちの声にかぶせるように声を上げた。呼ばれた時行の小姓、左馬之助も弾かれたように立ち上がる。
「嗣治と左近、藤兵衛も呼んで来い。つまみ出す人数が多い故な」
自身の護衛だけでなく、時行と良時が雇っている行成と伊良の護衛も呼ぶことにしたらしい。下がれ、と良時に言われたのに全く下がる気のない者たちの様子を見れば、当然のことのように思われた。
「さて」
護衛の到着を待つ間にも時行は声を上げる。
「家臣一同話し合ったと聞こえたな。これが皆の総意ということか」
「恐れながら申し上げます」
頭を下げて声を上げたのは、行成の父、直井家当主であった。
「私は、その案が議題に上った際、強く反対の意を示しました。また、時行さまと行成さまが不在の場であった為、どうしてもご提案申し上げたいならお二人がいらっしゃる時にご提案するように、と強く忠告した覚えがございます」
「その提案があったことを聞いておらぬが?」
「はっ。その議題が、その後話に上ることは無かったため、私の反対が聞き入れてもらえたものと判断いたしました。御不快な話をわざわざお耳にお入れすることもなかろうと、私の胸の内にとどめた次第にございます」
「義父上のお優しいことだ。我らの耳に入れば我らが不快になるとよく知ったうえで、その胸の内にとどめおくとは」
なあ、と時行は行成を見る。行成は、その身にひんやりとした空気をまとっているように見えるほどに冷たい顔で、目の前で頭を下げる家臣や娘たちを見下ろしていた。美人が怒ると恐ろしいとは、本当であるらしい。
「私は父ほど優しくありません」
そんなことはない、と伊良は胸の内で盛大に否定した。行成さまはとても優しい方だ。少々せっかちな時行さまを今までずっと、まあまあとなだめてこられた。今も、伊良が良時さまの元服に立ち会えるよう、急ぎ使いを出してくださった。
そんな優しい、そして冷静な方をここまで怒らせたのだ。それに気付いて自ら退場してくれればよいのだけれど……。
ああ。もしかして、せめて許婚の伊良がいない場でそれをしようという気遣いか。いや、この様子を見れば、そんな気遣いがあるとは到底思えない。もし気遣いがあるのなら、伊良の姿を見て計画を中止するか、膳を持たせた娘たちを良時に紹介せずに下がらせるかすることができたはずだ。
伊良をこの場に招待しないまま元服の儀を始めたことも、伊良の姿を見てなお娘たちを紹介したことも、伊良を未だに全く許婚だと認めていない行為である。それは、伊良を蔑ろにするだけではなく良時のことをも蔑ろにし、ひいてはこの婚約を決めた亡き殿のことを蔑ろにする行為だと何故気付かないのだろう。
「吉之助」
良時は、目の前で頭を下げる面々から顔を逸らし、部屋の隅に控えた小姓を呼んだ。
「はいっ」
吉之助の元気な返事が響く。
「正平を呼べ。無礼者どもをここからつまみ出させろ」
「はい」
吉之助は、すぐに立ち上がり部屋を出て行った。護衛の待機部屋はすぐそこだ。良時の護衛の正平はすぐに駆け付けることだろう。
「いや、そ、そんな……」
「わ、若様、お話をお聞きいただきたく」
「左馬之助」
「はいぃ」
時行も、何か言おうとする家臣たちの声にかぶせるように声を上げた。呼ばれた時行の小姓、左馬之助も弾かれたように立ち上がる。
「嗣治と左近、藤兵衛も呼んで来い。つまみ出す人数が多い故な」
自身の護衛だけでなく、時行と良時が雇っている行成と伊良の護衛も呼ぶことにしたらしい。下がれ、と良時に言われたのに全く下がる気のない者たちの様子を見れば、当然のことのように思われた。
「さて」
護衛の到着を待つ間にも時行は声を上げる。
「家臣一同話し合ったと聞こえたな。これが皆の総意ということか」
「恐れながら申し上げます」
頭を下げて声を上げたのは、行成の父、直井家当主であった。
「私は、その案が議題に上った際、強く反対の意を示しました。また、時行さまと行成さまが不在の場であった為、どうしてもご提案申し上げたいならお二人がいらっしゃる時にご提案するように、と強く忠告した覚えがございます」
「その提案があったことを聞いておらぬが?」
「はっ。その議題が、その後話に上ることは無かったため、私の反対が聞き入れてもらえたものと判断いたしました。御不快な話をわざわざお耳にお入れすることもなかろうと、私の胸の内にとどめた次第にございます」
「義父上のお優しいことだ。我らの耳に入れば我らが不快になるとよく知ったうえで、その胸の内にとどめおくとは」
なあ、と時行は行成を見る。行成は、その身にひんやりとした空気をまとっているように見えるほどに冷たい顔で、目の前で頭を下げる家臣や娘たちを見下ろしていた。美人が怒ると恐ろしいとは、本当であるらしい。
「私は父ほど優しくありません」
そんなことはない、と伊良は胸の内で盛大に否定した。行成さまはとても優しい方だ。少々せっかちな時行さまを今までずっと、まあまあとなだめてこられた。今も、伊良が良時さまの元服に立ち会えるよう、急ぎ使いを出してくださった。
そんな優しい、そして冷静な方をここまで怒らせたのだ。それに気付いて自ら退場してくれればよいのだけれど……。
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