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百二十四
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「兄上は、顔に傷を負った」
「顔……!」
「ああ。額から右頬にかけてばさりとやられてな」
「なん、ということを……」
存分に情を交わしてようやく落ち着いた良時は、伊良を腕にしっかと抱きしめたまま呟いた。心地よい余韻の中、まどろみかけていた伊良は、愕然と目を見開く。
「傷自体は、後で見れば深いものではなかった。兄上のことだ、もちろん避けたのだろう。例え、行成を庇ったとしても、な。だが、血が多く流れすぎた。草庵が来て、ぎゅうぎゅうと傷を圧迫してくれたことでようやく……」
良時は、怪我をした時行の様子を思い出したのか、ぶるりと震えた。
「頭や額の辺りは血の道がたくさん流れているので、一度流れ出すと止まりにくいものなのです」
「らしいな。もちろん、帯同していた医師たちもそのことは知っていたし対処法も頭には入っていたようだ。だが、襲われた恐怖から手が震えて、治療がままならなかったらしい。辺りの様子にも流れる血にも怯えてどうにもならなかった。知識ばかりあったところで、どうにもならぬものだな。草庵のなんと頼もしかったことか」
「さすが、義兄上……」
「草庵によれば、しばらく安静にしておれば、足りなくなった血は自力で増えるだろうとの事だった。そうすれば、まあ、右の瞼は開かぬかもしれぬが、兄上は元通りに生活するに支障はない」
「よかっ……良かったです……」
伊良は安堵の息を吐きつつ、では何故、と思わずにいられない。時行さまが元通りに生活できるようになるなら、何故、良時さまに領主の座が回ってくるのか。時行さまが領主のまま療養して、怪我が治れば復帰すればよいのではないか?
「傷が、残る」
「あ……」
伊良が首を傾げている気配が伝わったのか、良時がぼそりと呟く。顔に残る刀傷。何か争いのあった痕。
それは、お上の定める御法度に触れる。領内で争いがあったなどと知れたら、どのような沙汰が下るか分からない。賊が出た、と届け出たとしても、管理不行き届きで罰が下るかもしれない。領主に刀傷など、あってはならぬ。
そうか。
そう……か。
もし、時行さまを襲った者の狙いが、時行さまを領主の座から引きずり下ろすことであるなら、目につく場所に傷を付けるだけで成功しているのだ。
けれど、と伊良は思う。
その者たちは、そうまでして時行さまを領主から下ろして、どうしたいのだろう。女を娶って子を残さないことがおかしいから正したい? けれど、次の領主になる良時さまだってそうだ。そうであるなら、良時さまのこともこのように襲う算段か。
そうして、たった一人残された若君を幼いうちに囲い込みたい?
それとも、その子をも弒して、あの、登城すら禁止された前領主の弟、正時さまとその子たちを担ぎ出したい?
そうしたら、私腹を肥やしつつ好きなように領地を牛耳れるから?
そんな、そんな、馬鹿馬鹿しい理由で、こんな危険な手を打つなんて。下手をしたら御家取り潰しである。
正直に言えば、伊良には御家の事はどうでも良かった。良時さまの家だから大事に思っている、というだけの事。伊良にとって一番大事なのは良時だ。
大事な良時さまの命を、そんな馬鹿馬鹿しいことで脅かされてなるものか。
伊良は、きりりと気を引き締める。
行成さまを庇った、と良時さまは言った。私を庇うことで良時さまに傷がついたりしたら、私は私を生涯許せはしないだろう。
庇われた行成さまは今、どれほど心を痛めている事か。
強くなろう。私なりに。私の持てる力の全てで、良時さまを守るのだ。
「顔……!」
「ああ。額から右頬にかけてばさりとやられてな」
「なん、ということを……」
存分に情を交わしてようやく落ち着いた良時は、伊良を腕にしっかと抱きしめたまま呟いた。心地よい余韻の中、まどろみかけていた伊良は、愕然と目を見開く。
「傷自体は、後で見れば深いものではなかった。兄上のことだ、もちろん避けたのだろう。例え、行成を庇ったとしても、な。だが、血が多く流れすぎた。草庵が来て、ぎゅうぎゅうと傷を圧迫してくれたことでようやく……」
良時は、怪我をした時行の様子を思い出したのか、ぶるりと震えた。
「頭や額の辺りは血の道がたくさん流れているので、一度流れ出すと止まりにくいものなのです」
「らしいな。もちろん、帯同していた医師たちもそのことは知っていたし対処法も頭には入っていたようだ。だが、襲われた恐怖から手が震えて、治療がままならなかったらしい。辺りの様子にも流れる血にも怯えてどうにもならなかった。知識ばかりあったところで、どうにもならぬものだな。草庵のなんと頼もしかったことか」
「さすが、義兄上……」
「草庵によれば、しばらく安静にしておれば、足りなくなった血は自力で増えるだろうとの事だった。そうすれば、まあ、右の瞼は開かぬかもしれぬが、兄上は元通りに生活するに支障はない」
「よかっ……良かったです……」
伊良は安堵の息を吐きつつ、では何故、と思わずにいられない。時行さまが元通りに生活できるようになるなら、何故、良時さまに領主の座が回ってくるのか。時行さまが領主のまま療養して、怪我が治れば復帰すればよいのではないか?
「傷が、残る」
「あ……」
伊良が首を傾げている気配が伝わったのか、良時がぼそりと呟く。顔に残る刀傷。何か争いのあった痕。
それは、お上の定める御法度に触れる。領内で争いがあったなどと知れたら、どのような沙汰が下るか分からない。賊が出た、と届け出たとしても、管理不行き届きで罰が下るかもしれない。領主に刀傷など、あってはならぬ。
そうか。
そう……か。
もし、時行さまを襲った者の狙いが、時行さまを領主の座から引きずり下ろすことであるなら、目につく場所に傷を付けるだけで成功しているのだ。
けれど、と伊良は思う。
その者たちは、そうまでして時行さまを領主から下ろして、どうしたいのだろう。女を娶って子を残さないことがおかしいから正したい? けれど、次の領主になる良時さまだってそうだ。そうであるなら、良時さまのこともこのように襲う算段か。
そうして、たった一人残された若君を幼いうちに囲い込みたい?
それとも、その子をも弒して、あの、登城すら禁止された前領主の弟、正時さまとその子たちを担ぎ出したい?
そうしたら、私腹を肥やしつつ好きなように領地を牛耳れるから?
そんな、そんな、馬鹿馬鹿しい理由で、こんな危険な手を打つなんて。下手をしたら御家取り潰しである。
正直に言えば、伊良には御家の事はどうでも良かった。良時さまの家だから大事に思っている、というだけの事。伊良にとって一番大事なのは良時だ。
大事な良時さまの命を、そんな馬鹿馬鹿しいことで脅かされてなるものか。
伊良は、きりりと気を引き締める。
行成さまを庇った、と良時さまは言った。私を庇うことで良時さまに傷がついたりしたら、私は私を生涯許せはしないだろう。
庇われた行成さまは今、どれほど心を痛めている事か。
強くなろう。私なりに。私の持てる力の全てで、良時さまを守るのだ。
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