【完結】余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

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百三十四

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 ざわり。
 空気が揺れるのは、良時の言葉が多くの者にとって思いもよらないものだったということ。
 ふむ?

「兄上は回復次第、私が担当していた城代の仕事を引き受けてくれるとのこと。よって、此度は私たちが役目を入れ替えるだけと心得よ。ああ、そうだ、太田」
「はっ」

 こちらも最前列、直井俊行の隣に座している太田家当主が声をかけられ、すぐに返事をする。
 さわさわ、と室内が揺れている。

「申し訳ないが、寿々すずを現状のままに置かせてもらってよいか。私の伴侶も兄同様男である故、おかみに届けるに当たって形だけの正妻が必要となるのだ。寿々に、引き続きその任を頼みたい。其方そなたも聞いておろうが、あちらの屋敷は寿々の采配で非常にうまくやっておるそうでな。松之助も寿々に大層懐いておると聞く。どうか」

 ざわ……。ざわわ。ざわ。

「はっ。娘と殿がそれでよろしいのであれば、私に異論はございません」
「ああ。もちろん、寿々の意向は確認する。ふむ。すぐに早馬を出そう」
「ありがたきお言葉……」
「しばし! しばしお待ちを!」

 ついに、二列目辺りから声が上がった。
 良時がちらりとそちらへ視線を向ける。

「申せ」
「はっ」

 壮年の家臣が一人、顔を上げた。

「良時さまは……良時さまも、女子おなごを娶る気はないと、こう申されますのか」

 良時は大きな目にぐっと力を込めてその者を見た。

「ああ」

 その答えは決して揺らがぬ。

「今、聞いた通りだ。私の伴侶は皆も承知の通りこの伊良である」

 良時はふ、と緩めた目元を伊良の方へ向ける。

「よって、寿々に引き続き形だけの正妻の任を頼もうと考えている。寿々のこれまでの仕事ぶりは、この先も任せるに値するものなのでな。寿々が否と言えば、その時にまた形だけの妻の役目を引き受けてくれる者を募ることとする」
「なりませぬ!」 

 唾を飛ばす勢いで、声がとぶ。

「今や、我が藩の後継は松之助さまただお一人となられたのです。松之助さまに事あらば何とされるおつもりか。殿には、後継をなす義務がございます。側室でよいと申す娘はいくらでもおりましょう。女子おなごを娶られませ」
「そ、そうです。跡取りの若君がお一人というのは、あまりにも」
「年頃の娘が必要でしたら、是非我が娘を」
「いや、我が家にも丁度良い年齢の娘が」
「殿のお情けをいただけるのならば、我が娘も喜びましょう」

 同じくらいの家格の者達なのだろう。その辺りに座っている者が一斉に声を上げはじめ、場は騒然となった。

「正平」

 良時が護衛を呼ぶ。

「今、私の許しなく声を上げた者どもをこの場からつまみ出せ」
「はっ」

 正平が動いたのを見て、場はまたしんと静まり返った。

「いや待て。伊良が先日した差配が見事であったな。あれだ。ほら、髷を」
「あ……」

 伊良に無礼を働いた家臣の髷を、伊良の護衛の藤兵衛が見事な腕で切り落としたことは、重臣たちは皆知っていることであった。もちろん、その場にいなかった者達にも人づてに広まっている話である。

「できるか?」
「……それなりに自信はありますが、これだけの人数となるとまれに手元が狂うこともあるかと」
「では、つまみ出した先でやってこい」
「は」

 しん、と凍りついた室内に、淡々とした会話が響く。

「殿」

 伊良は堪らず口を挟んだ。ん? と伊良を見る良時の目は優しく、ほっとした空気が漂った。
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