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第四章 西からの迷い人
10 挨拶 緋色
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会議が嫌いだ。すでに水面下で調整して結論は出ているのに、決まりきった問答をやらなければ議案を採決できないなど、面倒この上ない。
「この手順が無いと、勝手に決められたと不満を述べる者がたくさん出るから、必要な手間なんだよ。こういう目に見える形というのも、大切なことだからね。」
朱実の正論にぐうの音も出ない。会議が嫌いなのは俺の我儘なのだと思い知らされるからだ。
我慢はするが、不満は俺の内にたまっていく。
部屋へ帰って成人を抱き上げると、そのままソファにどさりと座る。
「おかえり。」
文句も言わずに抱きついてくれるので、そのまま細い首筋に顔を置いて深呼吸した。ああ、落ち着く。
しばらく成人を堪能していると、こんこんとノックが聞こえた。
「あ、来た。いいよー。」
「何だ?」
成人が入室許可を出してしまったので、俺が事情を聞く前に人が入ってくる。
「失礼します。錫ヶ瀬広末です。新しい調理人を雇うことになったのでご挨拶に連れて参りました。」
広末が後ろに、ひょろりと背の高い痩せた男を連れている。男の細い目が、こちらを向いて一度びっくりと見開かれた。膝の上に成人を抱いたままだからな。成人が膝の上で器用に向きをかえた。ここで、話を聞くのか?ま、いいか。
男は、すぐにすっと表情を戻すと、広末が立ち止まった所でなめらかに膝を付く。綺麗な仕草で左拳の上に右手を置いて頭を下げた。
「九鬼壱臣が、緋色殿下にご挨拶申し上げます。この度、縁あってこちらの厨房にて調理をさせて頂く運びとなりました。よろしくお見知りおきください。」
「九鬼の壱か。お家騒動の話は聞いていないが。」
西の小国のうち、最も栄えていた国を治めていたのが九鬼家。帝国と併合してからも、その辺りの領主として君臨している。九鬼家は、直系の子どもに生まれた順に数字を名前に入れると聞くので、壱なら跡取りのはず。領民たちは未だに、九鬼の当主を殿さまと呼んで慕っているような地域だ。名前だけ聞けば、若さまと言われて育っている人物のはずだが。
「お家騒動なんてありません。物騒なことを言わんでください。」
「へえ?」
「うちが、身を引いてすんだ話です。」
「身を引いて、こんなとこへ?」
「身を引いてもまだ心配らしいから、行方をくらましたんです。」
「名乗ってちゃ、くらませられないだろう?」
くっくっと笑うと、壱臣は憮然とした表情でこちらを見た。
「……うちも結局、偽名を使うという頭もない坊っちゃんやったということですわ。」
だが、運は良かったのじゃないか。離宮の守りは、本気を出せばたぶん、王城より堅い。決まった人間しか訪れないから、お前の命を狙う者に見つかる心配はほとんど無くなった。
「成人が美味しいと言って食べられる料理を作る料理人を歓迎する。」
俺の言葉に、壱臣は丁寧に頭を下げた。
「有り難き幸せ。」
静かに見守っていた成人が、膝の上で嬉しそうに笑った。
「この手順が無いと、勝手に決められたと不満を述べる者がたくさん出るから、必要な手間なんだよ。こういう目に見える形というのも、大切なことだからね。」
朱実の正論にぐうの音も出ない。会議が嫌いなのは俺の我儘なのだと思い知らされるからだ。
我慢はするが、不満は俺の内にたまっていく。
部屋へ帰って成人を抱き上げると、そのままソファにどさりと座る。
「おかえり。」
文句も言わずに抱きついてくれるので、そのまま細い首筋に顔を置いて深呼吸した。ああ、落ち着く。
しばらく成人を堪能していると、こんこんとノックが聞こえた。
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「何だ?」
成人が入室許可を出してしまったので、俺が事情を聞く前に人が入ってくる。
「失礼します。錫ヶ瀬広末です。新しい調理人を雇うことになったのでご挨拶に連れて参りました。」
広末が後ろに、ひょろりと背の高い痩せた男を連れている。男の細い目が、こちらを向いて一度びっくりと見開かれた。膝の上に成人を抱いたままだからな。成人が膝の上で器用に向きをかえた。ここで、話を聞くのか?ま、いいか。
男は、すぐにすっと表情を戻すと、広末が立ち止まった所でなめらかに膝を付く。綺麗な仕草で左拳の上に右手を置いて頭を下げた。
「九鬼壱臣が、緋色殿下にご挨拶申し上げます。この度、縁あってこちらの厨房にて調理をさせて頂く運びとなりました。よろしくお見知りおきください。」
「九鬼の壱か。お家騒動の話は聞いていないが。」
西の小国のうち、最も栄えていた国を治めていたのが九鬼家。帝国と併合してからも、その辺りの領主として君臨している。九鬼家は、直系の子どもに生まれた順に数字を名前に入れると聞くので、壱なら跡取りのはず。領民たちは未だに、九鬼の当主を殿さまと呼んで慕っているような地域だ。名前だけ聞けば、若さまと言われて育っている人物のはずだが。
「お家騒動なんてありません。物騒なことを言わんでください。」
「へえ?」
「うちが、身を引いてすんだ話です。」
「身を引いて、こんなとこへ?」
「身を引いてもまだ心配らしいから、行方をくらましたんです。」
「名乗ってちゃ、くらませられないだろう?」
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「……うちも結局、偽名を使うという頭もない坊っちゃんやったということですわ。」
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