【本編完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
266 / 1,325
第四章 西からの迷い人

56 巣立ち 5  力丸

しおりを挟む
 一二三ひふみさまは、震える手で髪の括られている部分を掴んだ。
 ぐ、と唇を噛みしめ、一気に刀をすべらせる。
 壱臣いちおみさんは、半助はんすけさんにしがみついて顔をそむけ、そんな壱臣いちおみさんの頭を半助はんすけさんの左腕がしっかりと抱き込んだ。
 俺の腕の中でへたりこんでいる才蔵さいぞうは、目を見開いて少し身を震わせ、弐角にかくさまは、拳を握りしめて背筋を伸ばして、一二三ひふみさまから目を逸らさぬよう堪えているようだった。隣の母親の口からは、ひぃっという、か細い悲鳴が漏れた。
 男は主に短髪で、最近は女の人でも短く切る者がいるうちの国の価値観では理解できないほどの、これは重要な儀式なのだ。長く伸ばしていた者が髪を切ることが、これほどの覚悟を伴うのなら、先ほどの会話で壱臣いちおみさんが軽く言っていた、あの髪の毛の話は。
 うちの髪の毛に取れないよう粘つくもんをくっ付ける奴がおって。全部剃らなあかんくなった日は悲しかったなあ。
 あれは、ものすごく酷いいじめだったのではないか。
 髪を自ら切ろうとする様子を見ることさえ辛いほどの。
 胸に、ひゅっと冷たいものが落ちる気がして、半助はんすけさんが今、壱臣いちおみさんの側にいてくれて良かった、と心底思った。
 一二三ひふみさまが、切り落とした髪の毛と小刀を畳に置くと、成人なるひとがその小刀を持って綾女あやめさまの前に置く。後退りしようとして、すぐ近くで見張っていた緋椀ひまりさまにぶつかった。

「嘘、うそや。こんなのうそ……。私の一二三ひふみさんは、こんなことせえへん……。私は、父上の言うた通りに……。殿は、父上に逆らえへんのやから……。なんで……。」

 ぶつぶつと呟きながら、後ろへ下がれないからと横に逃げようとしている。その腕を、緋椀ひまりさまが掴み押さえた。
 弐角にかくさまが素早く立ち上がると、小刀を持って鞘を払った。あっという間に綾女あやめさまの髪を結い上げていたかんざしを二本抜き取ると、ばさりと落ちた長い髪をまとめてひねりあげ、すぱっと切り落とした。

「ひいぃぃっ。」
綾女あやめ、そなたは俺が連れて帰る。罪人として、な。やけど、息子はもう、いらん。」
「え?あ、ええっ?」
「私の、首を、持って帰られますか?」
「それも、いらん。」

 弐角にかくさまの答えに、一二三ひふみさまは、ばさばさと不格好に広がる髪をふるりと振って、苦笑を浮かべた。
 弐角にかくさまが、小刀を鞘に納めて畳に置く。殿下に向いて膝をつき、包拳礼を取った。

「殿下。この度は大変にご迷惑をお掛け致し、誠に申し訳ございませんでした。ご温情に感謝致します。九鬼くきの忠誠は、緋色ひいろ殿下に。」
「いらん。それは、父上と朱実あけみに渡してこい。」
「…………は。」
「食事は終わりだ。緋椀ひまり三雲みくも、送ってやれ。いらないものは、置いていけ。処分しておく。」 
「ひっ。」
「はっ。」

 処分と聞いて、綾女あやめさまが悲鳴を上げたが、そのまま、無理やり立たされて引きずられて行った。
 弐角にかくさまと才蔵さいぞうが、もう一度しっかりと礼を取る。

「飯が食いたくなったら、連絡しろ。」
「また来てね。」

 緋色ひいろ殿下が立ち上がって、成人なるひとを抱き上げる。
 良かったな、弐角にかくさま、才蔵さいぞう。この離宮うちに、連絡一つで入れる人間は、皇都にもほとんどいないぞ。
 殿下を見送り、兄上と義姉上あねうえも部屋から出ていくと、ものすごくほっとした雰囲気が漂う。

「なあ。この女、何をして殿下をあんなに怒らせたん?」
「殿下の伴侶を拐う計画を立てて、成人なるひと義姉上あねうえを間違えた。」
「生きてて良かった……。」

 半泣きの才蔵さいぞうがため息と共に呟いて、帰って行った。
しおりを挟む
感想 2,500

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...