【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

12 怯え  半助

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「もう大丈夫やから、ちょおっと厨房に挨拶に行かしてくれへん?」
「明日でええやろ?」

 腕の中のおみに目尻を下げて懇願されても、どうしても、うんと言えん。
 というか、手を離すことさえ嫌や。
 御前会議の後、真っ青な顔で震えたまま倒れたおみ

 いやや、やめて。
 ああ、切らんといて。
 切らんといて。
 お願いします。何でもする。汚ないの姿がもう見えんようにするから。
 せやから、切らんといて。

 あの後、気を失った自分が泣き叫んだことを知らんから、そんなことが言えるんや。自分のことを私と言うてたのは、泣いて懇願してたのは、何歳のおみなんや?
 何も分からんことが、怖い。聞きたい。けど、聞いて、起きてる時までおみが取り乱したら、どないしよう。今、平静に見えるのが、見せかけやったらどないしよう。
 昨日、成人なるひとさまより食っとらん。いや、あちらに行く道中から、ろくに食事を食べてないことを俺が知らんと思っとるんか?
 細い体を抱きしめる。
 俺かて、怪我した時は痩せたけど、治療を終えて数ヶ月経ってみれば、きちんと食べた分だけ肉はついとる。動いた分だけ腹が空く。
 やというのにおみは、あんだけ忙しい厨房で仕事をしとって、大した量を食べん。味見でお腹膨れてしもた、ってそんなに味見しとらんやろ。

「小さい頃に、ちゃんとした食事を摂れなかった体は、生き延びるために変化するんです。」

 生松いくまつ先生が、言うてたな。

「お腹が空きにくいように、胃の容量を小さくしてね。少しの栄養で生きられるように頑張るんですよ。」

 あれは、おやつの時間に、少ししか食べずに残りを俺に渡した壱臣いちおみに、好きなんやから全部食べろと言うたのを聞いてたんやったか。

「お腹が空くのは辛いから、神様が助けてくれたんでしょうねえ。」
「あなたも、お腹が空いてたんか?」
「私は、少しだけ……。すぐに、孤児院に入れてもらえたから。」

 優しい笑顔の下にも、苦労の話はたくさんあるんやろう。

「私の胃袋は少し縮んだだけでしたけど、きっと壱臣いちおみさんはたくさん縮んでしまった。だから、無理して食べても、入りきらずに戻すだけです。本人が満腹と言う量を、ゆっくり食べさせてあげてくださいね。心配なら、回数を増やせばいいんです。食事を忘れないようにだけ、見ててあげてください。」

 何と言えばいいのか分からず、ただ頷いた。
 きちんとした食事をもらえなかったおみ。体が変化するほどに、あの城で頑張ったおみ
 どうしてもっと早く、と言ってもしょうもないことを何度思ったか。
 だから、行くなと言うたのに。
 それでも、弐角にかくを助けられるのは自分だけ、と譲らなかった。
 あの艶やかな長い髪を見たら分かるやろ?骨格のしっかりした、筋肉が程よく付いた体を見たら分かるやろ?あの方は、大事に大事に育てられとる。おみの助けなんかいらん。
 九鬼くきのために自分にできることがある、と張り切るおみに、そんなことは言えんかったけど。そして、ほんまに色々とおみがおらんとあかんかったやろな、という場面は多かったけど。
 それでも。
 自分の身を痛めてまで行って、おみに何のええことがあったやろう?おみは何か報われたのやろか?

半助はんすけ。」
「なに?」
「隈が酷い。ちょっと寝な。」

 隈が酷いんはおみやろ?

「嫌や。」
「一緒に寝るから、な?」

 腕を切られて毒で気を失い、目を開ければおみがいなかった朝の絶望が甦る。あんな思いをするくらいなら、ずっと寝たくない。

「絶対、嫌や。」
「うちが寝たいから、ほら。」

 ベッドで抱きしめられて背中を優しく叩かれれば、あの城でほとんど寝られなかった体は睡眠を取りたがる。

「絶対、離れんとって……。」

 おみに回した左手が服をぎゅうっと掴んで、情けないことを夢うつつに言うたような気がする。
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