【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

66 知らんふりの昼  緋色

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 成人なるひとは、仕事を始めてすぐに、機嫌良く茶を運んできた。
 いつもより歩みは遅い。そのくらいの方が、転ばなくていいだろう。

「お茶をどうぞ」
「ありがとう」 

 この形式的なやり取りも楽しいらしい。すました顔を取り繕っているのが可笑しくて、笑いを堪える。
 部屋の中には、まだ少し顔色の良くないさいと、俺、護衛なのに、と聞き飽きた文句を言いつつ書類を読んでいる常陸丸ひたちまる。ここ数日、能面のように無表情な三郎さぶろう。何故かこの部屋で、研究成果の報告書を書いている睦峯むつみね
 どこで書いても一緒だと言うなら、自分の部屋で書け。お前の資料で、机が一つ埋まっているだろうが。
 
「失礼しました」

 全員にお茶を配り終えた成人なるひとが出ていって、また、書類を捲る音とペンを走らせる音、文字入力の機械に文字を打つ音だけが響く。
 一気にやる気を無くしてペンを置き、まだ熱い茶を啜る。
 
「殿下。休憩が早すぎ」
「茶は熱いうちが上手い」
「ペンを置かなくても飲めるでしょう」
「あー、つまらん。成人なるひとをこの部屋に置いとけないかな」
「いたら、目で追いかけて、仕事が進まないでしょうが」
「いや。戦場ではベッドの横で仕事してただろ?あんな感じで」

 いい考えじゃないか?

「あれは成人なるひとが動かなかったから、たまに寝てる様子を見るだけで済んだけど、今はせっせと動き回るんですよ。見ないでいられます?」
「見る自信しかないな」
「でしょうね」

 常陸丸ひたちまるもお茶を美味しそうに飲んで、また書類を読んでは仕分けていく。
 戦後にもらった屋敷の方が今でも好きだが、安全面では離宮ここは最高だな。常陸丸ひたちまるが、気を張っていないのが分かる。使用人として動いている一ノ瀬いちのせ達の強さを認め、信頼しているのだろう。
 それぞれが仕事をしている様子を眺めて、置いていたペンを持ち上げる。とっとと終わらせて、昼休みをたくさん取ろう。

 そうして昼に、疲れて寝ているかもしれないと思いつつ部屋へ向かえば、力丸りきまると二人、成人なるひとの寛ぎ場所で、それぞれ本を捲っていた。成人なるひとは辞書で調べものをしていて、力丸りきまるは、成人なるひとが最近買って気に入った本を借りて、読んでいたようだ。絵本ではなく、分かりやすい文で書かれた児童書。子どもの冒険の物語。
 二人で遊んでいたらいたで腹が立つが、こうして、ただ一緒にいるだけでもいい、という雰囲気を出されるとそれも物凄くムカつくな。
 気配を探ることもなく寛いでいた二人が、扉の音で俺に気付いて顔を上げる。

緋色ひいろ

 成人なるひとが、ぱっと嬉しそうに声を上げるから、真っ直ぐにそちらへ向かう。
 命拾いしたな、力丸りきまる
 迷わず手を上げた成人なるひとを抱き上げながら力丸りきまるを見ると、ふ、と優しく笑っていた。
 ふーん、そうか。
 
「疲れただろ?ご飯、食べられそうか?」
「うん」

 俺に、ぎゅうとしがみつく成人なるひと。それを見る力丸りきまるの視線が、やけに優しい。

力丸りきまるも、飯に行くぞ」
「はい。あ、成人なるひと。本、借りてっていい?」
「いーよー」
「ありがとう。これ、読んだこと無かったわ。面白いな」
「うん」

 笑い合う顔を見て、確信する。
 そうか。力丸りきまる、お前、気付いたのか。
 そういえばここ数日、成人なるひとから距離を置いていたかもしれない。成人なるひとが調子を崩して部屋にいても、見舞いに来なかった。半助はんすけの仕事の穴埋めで忙しいからだと思っていたが……。
 そうか。気付いたのか。
 やるなあ、お前。
 気付いたその上で、そこにいることを選んだのなら。
 そうだな、俺は。
 お前の気持ちに一生、気付かないふりをしていてやるよ。
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