【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

67 なりたいもの、なあに?  緋色

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 昼ご飯を受け取って、いつもの席に着く。成人なるひとの座椅子は、全体を見渡せる真ん中にいつも置いてある。

緋色ひいろのなりたいものは何?」
「は?」
「なりたいもの。……内緒?」
「…………」

 ああー。
 これは、あれか?
 子どもの頃に言い合う、大きくなったら何になりたい?とかいうやつか?
 誰かとそんな話を?力丸りきまる
 いや、成人なるひとの事情を知る力丸りきまるが、そんな話を振るとは思えない。

「あー、いや、考えたことなかったな……」

 期待に満ちた右目に見つめられているのに申し訳ないが、俺は生まれたときから皇子で、大きくなっても皇子で、それ以外になりようが無かったから、そういう話をしたことがない。考えたこともない。
 皇子やめる、と言えるとも知らなかったし、やめた筈なのに戻っているし、やっぱり他になりようが無いらしい。

「ふーん?」
「皇子ってのは、基本的に死ぬまで皇子なんだ」
「へえ」
「なりたいと言っても、他になりようが無いというか……」

 真剣な目で見られると困るな。
 誰だ、こんなこと吹き込んだ奴は。

「あのねえ、鼓与ことは内緒なんだって」
鼓与こと?ああ、水瀬みなせの弟子?」
「別に弟子ではありません」

 食事の盆を持った水瀬みなせが、いつの間にか近くに立っている。全く、優秀なかくしというのは心臓に悪い。

力丸りきまるは、ひた」
「わ、馬鹿、成人なるひと。内緒だ、内緒。お前にだけ教えたの」
「ええ?内緒じゃないって言ったのに」
「どうせ、常陸丸ひたちまるに勝つ、とか国で一番強い男になる、とかそんなんだろ」
「な、い、しょ、です!」

 俺の言葉に、力丸りきまるが意地になっている。絶対、当たりだろ。昔から言ってたし。
 まあ、でも、そうか。
 そんなんでもいいか。
 話に夢中で箸の進まない成人なるひとの口に、軟らかく煮た茄子を放り込む。小さく切ってくれているから助かるな。俺たちのは揚げ浸しだが、成人なるひとのは揚げていないようだ。
 
「みんな、内緒?」

 一生懸命噛んで飲み込んでから、首を傾げている。

「いや、そうでもないと思うが、気恥ずかしいんじゃないか?」
「え?なんで?」
「うーん、いや?何でだ?」

 力丸りきまるの方を向くと、むう、とむくれたまま、ぼそっと言った。

「殿下も、将来の夢的なことを考えてみたらどうです?」

 今さら、将来の夢?
 
「今からしたいこととか、ほら、年をとった先の自分、的な?」

 今からしたいこと、か。

「俺、また動物園行きたい」

 成人なるひとの言葉に、はっとする。そういうのでもいいなら、俺もそれでいいぞ。

「温泉も行きたい。お外の」
「次の休みに行くか?」
「やったー」

 生松いくまつの許可が下りれば、いつでも行けるぞ。

「何か違う」
「ん?」
「今、話してんのは、そういうお手軽なことじゃなくて、もっと、こう……」

 目線を上に遣って考えた力丸りきまるが、ま、いいや、と呟いて成人なるひとに笑いかけた。

「先の予定があるっていいよな」
「うん!あ、そうそう、緋色ひいろ。俺はねえ、大きくなりたい」
 
 成人なるひとのなりたいものってことか?
 また、箸の止まっている手元を見る。軟らかめに炊かれたご飯を、成人なるひとの口に放り込む。
 それは、壮大な夢だな。
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