【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

168 我が儘が聞きたい  緋色

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「中が見えたらいいのにー」

 洗濯機の蓋を閉めて、ごんごんと音がし始めると、成人なるひとが残念そうに言った。確かに、蓋をしてしまえば、中はもう見えず、やることは何もない。
 
「そうですね。中が見えたら、しっかり洗えているか確かめられるのに」

 手にしていたメモ帳と鉛筆をポケットにしまいながら、三郎さぶろうが同意する。
 洗濯槽に洗濯物を放り込んで、蛇口を捻って水を入れ、洗剤を入れて蓋をし、スイッチを捻っただけの作業で、何をメモすることがあったのか。作業した後で熱心にメモしていたが。
 普段、メモ帳と鉛筆を入れて持ち歩いている斜めがけバッグを、今は持っていなかった成人なるひとが、ノート後で見せて、とお願いしている。そんなに書くことあったか?っていうか、もう分かるだろ?

「洗濯機が洗っている間は、やることねえんじゃねえの?」
「十分ほどで洗い終わりますからね。すぐですよ。その後は、脱水槽に洗濯物を移して、脱水の後ですすぎをしなくちゃなりません。それから……」
「わー、生松いくまつ。待って待って、俺、やっぱりバッグ持ってくる」
「もう一度、言ってください。メモ帳を仕舞ってしまってました」

 わざわざ皆で洗濯機の前にいることないんじゃねえか、と思って口にしたら、この後の作業を説明し始めた生松いくまつに二人が慌てている。
 だから、そんな大層な作業じゃねえだろって。
 メモ帳と鉛筆の入ったバッグを取りに行くために洗濯場を飛び出した成人なるひとを追いかける。拙い動きで走ってるなあ。転ぶなよ。
 階段は、上がる時より下りるときの方が危なっかしい。
 バッグを持った後はまた、ひょいと抱き上げた。
 急いでいるものだから、飛び付くようにしがみついてくる。現金なやつめ。
 それにしても、相変わらず軽い。筋肉があまりなくなった体は、以前より柔らかく、良いさわり心地にはなったけれども。
 お前はやっぱり、何にも言わないんだな。
 拾った頃と同じ。
 左目が見えないこと、左手の肘から先が無いこと、一度だって俺に、何かを尋ねたことはない。
 そうか、と淡々と受け入れた、のだろうか。
 体が、以前のように動けなくなった時にも、何も言わなかった。力丸りきまるとの鍛練をとても楽しんでいたようだから、少し堪えるかと思って心配したんだが。
 俺なら、と考えた時、お前のことが分からなくなる。それが、少し怖い。俺なら、以前のように動けぬ自分に鬱屈とするだろう。できたことができない、という事実に絶望する日もあると思う。
 でも、お前はただ、淡々とそれを受け入れる。
 助けがあるから大丈夫、と思っている訳でも無さそうだ。できなくて、どうしようもないならそれまでのことだと、まだ思っていたらどうしよう。幸せな顔で、いつ死んでもいい、と考えていた頃のように。
 長生きする、生きることを諦めないって約束したから守るよ、との言葉にすがって、約束を重ねてしまう。
 なあ。
 たまには、思いっきり我が儘を言って。
 俺が困るくらい、駄々を捏ねてみてくれよ。
 ぎゅっと抱き締めると、

緋色ひいろ、早くー。洗濯機止まっちゃう」

 と、急かされた。

「ははっ」
「何?」
「いや、なんでもない」

 ちゃんと、言ってたな。
 俺にだけ。
 

◇◇◇

 この世界の洗濯機はまだ、洗いと脱水が別の二層式です。
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