【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

209 怒りのち……  力丸

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「ずいぶんと、人間らしくなっていたね」

 片付けをしようとする成人なるひとを、緋色ひいろ殿下が抱えて離宮に入っていった。離宮は、廊下にまで暖房器具を置いてどこもかしこも暖めてあるから、開いた扉から温かい空気が流れてくる。今日は三月にしては気温が低いから、そろそろ成人なるひとも限界だろう。緋色ひいろ殿下の判断は正解だと思う。
 張り切ってる成人なるひとの可愛い姿が見られたし、たこ焼きも食べることができたから嬉しくて、思わず頬が緩んでいた。そんな所へ放たれた朱実あけみ殿下の言葉を、頭が受け止めきれない。

「へ?」

 思わず、間抜けな声を上げてしまい、慌てて口をつぐむ。相手は、兄弟のように育った緋色ひいろ殿下ではないのだ。皇族への態度を誤ってはいけない。
 たとえ、先ほどの言葉を理解した頭が、怒りを覚え始めていたとしても。

成人なるひとさま、のことでしょうか?」

 弥壌みづちさんの返事に、朱実あけみ殿下はいつもの微笑みを湛えながら、城へ向かって歩き出した。

「幾つになってからでも、成長できるものなのだねえ」

 朱実あけみ殿下は、俺たちに話しているのか独り言なのか分からない調子で話をしながら歩く。
 護衛として気を張りながら、この方は、何を言っているのだろう、と首を傾げた。
 成人なるひとは始めから人間だったし、いつだって一生懸命何かを学んで生きている。

「成長する兵器など、恐ろしいばかりだよ」

 続く独り言に思わず、ぶわりと不快感を膨らませてしまい、慌てて細く息を吐く。弥壌みづちさんが、鋭い視線を俺に寄越した。
 分かっています。大丈夫。

「もう、思い通りには動けぬと聞きました」

 弥壌みづちさんが話を引き受けてくれたので、それに甘えて呼吸を整えた。冷静に。いつでも頭は冷やして、体に熱を入れておけ。それができる者が強者だ。
 先ほどの成人なるひとは冷静だった。

「そうらしいね。力丸りきまると同じくらい速かったのに、今ではよたよたと、常人より遅い速度で歩いている」
「ええ」

 違う。
 成人なるひとは、あいつは、俺より速かった。同じくらいじゃない。俺よりずっと速かったんだ。

「自分の秀でた部分を全て失って、それでよく生きていけるものだ」

 速いだけが取り柄じゃない。あいつは、ああやって生きているだけで十分に役に立っている。魔王を大人しくさせられるのは成人なるひとだけだ。

朱実あけみ殿下は」

 黙って仕事をしようと思っていたのに堪えきれず、口を開いていた。

「今のように動けなくなったら、生きていられないのですか?」
「…………さあ?」

 たっぷりと間をおいて、とぼけたような返事が返ってくる。笑顔は固定されたまま。
 片腕を失ってなお、大切な人を守るために強さを取り戻した半助はんすけ。足を痛めて戦えなくなったけれど、料理の道で生きることに希望を見出だし修行している村次むらつぐ。体調を崩しがちになりながら、自分の動ける範囲で恩人たちの役に立ちたいと仕事に励むさいさん。
 ずっと、幸せそうに日々を過ごす成人なるひと
 皆、不自由な体を持った後にも、人生の先を見て生きている。
 今のように動けなくなったら、俺もそりゃあ落ち込むだろう。不貞腐れて、いじけて、落ち込んで、荒れ狂うんだろう。けど、生きていられないか、と言われると、そんなことはないと断言できる。
 きっと村次むらつぐは、命があったんだから良かったって言うだろう。半助はんすけは、残った機能を最大限に使えるように努力しろ、と言うだろう。さいさんは、できることをしましょうねって言うんじゃないかな。
 成人なるひとは、手を繋いで歩いてくれるかもしれない。
 
「俺は、生きていけますよ」

 俺の言葉に、朱実あけみ殿下の目が見開く。
 ああ、この人は。
 思い当たった考えに、少しだけ、可哀想になった。
 そうか、この人は。
 皆に求められる理想の皇太子殿下でいないと自分の価値はない、と思っていらっしゃるんだ……。
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