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第六章 家族と暮らす
19 妻と子の部屋 朱実
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緋色の結婚休暇届はすぐに差し戻させたが、その日緋色からの返信はなく、再度登城することも無かった。
疲れて戻った部屋では、赤璃が赤ん坊に乳を含ませている。特有の甘い香りが漂う空間に戸惑った。
「乳母は?」
「なるべく自分で育てたいから、ほんの少しの手助けで十分だと言ったじゃない」
「ああ……」
ここにも、やりたいことをやろうとする者が一人。
とは言うものの、皇太子妃が赤ん坊にかかりっきりになる訳にもいくまい。子どもの世話は誰にでもできるが、皇太子妃の仕事は君にしかできないのだから、という言い合いは妊娠中に散々して、ついに決着を見ないままに出産の日を迎えてしまった。
いざその時になれば、どうにもならないのだと気付いて音をあげるだろう、と曖昧にしていたが、今のところ全く譲る気は無いらしい。
産後一月ほどは、母子共に部屋を出ることもなく過ごすものらしいし、その間は好きにさせよう。その後、様々な行事の予定が入ってくれば赤璃にも、自分で育てることなどできぬと分かることだろう。せっかく、専門の乳母が育てるという制度があるのだから、使えばよいのに。
「今日ね、赤虎さまと寧子ちゃんが訪ねて来てくれたの」
「ああ、そう。良かったね」
近くに座って笑みを向ければ、ようやく赤ん坊から目を離してこちらを向く。
今は、親族しか通せない設定になっている皇族居住区だから、本来なら赤虎と寧子は入れないのだが、赤璃の妊娠中に、妊婦仲間として、友として、幾度も訪ねてきてくれた寧子を締め出すわけにもいくまい。特例として通したのは正解だったようだ。
「赤虎さまが神妙な顔をしてたわ。うちもこんなのが出てくるのか、ですって」
「こんなの、とは随分な言い草だな。君に似て、こんなにも綺麗なのに」
「あはは。口元はあなたに似てるのよ」
「そう?」
生まれたての子どもは皆、しわくちゃだと聞いていたが、流石はうちの子。すでに、赤璃によく似た涼やかな目元と、通った鼻筋をしている。口元は確かに赤璃のように柔らかいものではないのかもしれない。自分の口元などよく見たことが無いので分からなかったが、そうか。私はこんな口元をしていたのか。
自然と笑顔が浮かんで、少し呼吸が楽になった。静かに置かれていた温かい茶を持ち上げる。
「ねえ。なるはまた、体調を崩してるのかしら。赤ちゃん大好きだから飛んでくると思ったんだけど、何の連絡もないなんて、心配だわ」
我が子に会わせたくなくて、少しずつ距離を置けるようにとあれを遠ざけていた。ちょうど、息をするように風邪を引く、と緋色が心配していた季節だったこともあり、先触れの手紙を返すだけで簡単に、数ヶ月遠ざけることができた。
これだけ会わなければ、存在も薄れていくのではないか、と思っていたのだが。
まるで、身近な人間を心配するかのように自然に、妻の口からその名が紡がれる。
「あ、ああ。心配だね。また緋色に聞いておくよ」
「お義母さまも、しばらくなるに会えていないからと心配して、塞ぎがちになっていらっしゃったわ。緋色殿下だけでも来てくれたら、様子が聞けるのだけど」
どうして、誰も彼も、あれを自然に受け入れてしまえるのだろう……。
疲れて戻った部屋では、赤璃が赤ん坊に乳を含ませている。特有の甘い香りが漂う空間に戸惑った。
「乳母は?」
「なるべく自分で育てたいから、ほんの少しの手助けで十分だと言ったじゃない」
「ああ……」
ここにも、やりたいことをやろうとする者が一人。
とは言うものの、皇太子妃が赤ん坊にかかりっきりになる訳にもいくまい。子どもの世話は誰にでもできるが、皇太子妃の仕事は君にしかできないのだから、という言い合いは妊娠中に散々して、ついに決着を見ないままに出産の日を迎えてしまった。
いざその時になれば、どうにもならないのだと気付いて音をあげるだろう、と曖昧にしていたが、今のところ全く譲る気は無いらしい。
産後一月ほどは、母子共に部屋を出ることもなく過ごすものらしいし、その間は好きにさせよう。その後、様々な行事の予定が入ってくれば赤璃にも、自分で育てることなどできぬと分かることだろう。せっかく、専門の乳母が育てるという制度があるのだから、使えばよいのに。
「今日ね、赤虎さまと寧子ちゃんが訪ねて来てくれたの」
「ああ、そう。良かったね」
近くに座って笑みを向ければ、ようやく赤ん坊から目を離してこちらを向く。
今は、親族しか通せない設定になっている皇族居住区だから、本来なら赤虎と寧子は入れないのだが、赤璃の妊娠中に、妊婦仲間として、友として、幾度も訪ねてきてくれた寧子を締め出すわけにもいくまい。特例として通したのは正解だったようだ。
「赤虎さまが神妙な顔をしてたわ。うちもこんなのが出てくるのか、ですって」
「こんなの、とは随分な言い草だな。君に似て、こんなにも綺麗なのに」
「あはは。口元はあなたに似てるのよ」
「そう?」
生まれたての子どもは皆、しわくちゃだと聞いていたが、流石はうちの子。すでに、赤璃によく似た涼やかな目元と、通った鼻筋をしている。口元は確かに赤璃のように柔らかいものではないのかもしれない。自分の口元などよく見たことが無いので分からなかったが、そうか。私はこんな口元をしていたのか。
自然と笑顔が浮かんで、少し呼吸が楽になった。静かに置かれていた温かい茶を持ち上げる。
「ねえ。なるはまた、体調を崩してるのかしら。赤ちゃん大好きだから飛んでくると思ったんだけど、何の連絡もないなんて、心配だわ」
我が子に会わせたくなくて、少しずつ距離を置けるようにとあれを遠ざけていた。ちょうど、息をするように風邪を引く、と緋色が心配していた季節だったこともあり、先触れの手紙を返すだけで簡単に、数ヶ月遠ざけることができた。
これだけ会わなければ、存在も薄れていくのではないか、と思っていたのだが。
まるで、身近な人間を心配するかのように自然に、妻の口からその名が紡がれる。
「あ、ああ。心配だね。また緋色に聞いておくよ」
「お義母さまも、しばらくなるに会えていないからと心配して、塞ぎがちになっていらっしゃったわ。緋色殿下だけでも来てくれたら、様子が聞けるのだけど」
どうして、誰も彼も、あれを自然に受け入れてしまえるのだろう……。
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