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第六章 家族と暮らす
53 話をしないか? 朱実
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「皇太子殿下」
書類から顔を上げれば、立ち上がって近付いてくる緋色の姿。手に幾つか書類を持っている。
「離宮でもできそうなものばかりですので、帰ります。何かご用件があれば一ノ瀬にお伝えください」
「え?いや、待て」
「はい?」
はい?ではない。だいぶ減ってきたとはいえ、謁見願いの者がまだぽつぽつと来ている。たびたび席を立つ私の代わりにこの部屋にいてほしくて、呼んでいるのだ。その仕事をすっかり忘れているではないか!
「この部屋の留守番を頼んだことを忘れていないか」
「すみません。覚えがありません」
「その話し方もなんだ?いつもそんな口の聞き方をしやしないだろう?」
「そうでしたか?」
苛々と口を開きかけて、同じ部屋で仕事をする文官二人がいることを思い出した。仕事の邪魔をしてはいけない。感情的な姿を見せることもしたくはない。
「少し話をしないか」
「特に話すことはありませんが」
「私にはある」
立ち上がって、執務室から出入りできる来客用の小部屋へと歩く。いつもの緋色なら、嫌なものは嫌だと突っぱねるだろうが、今日のような態度を貫くなら逆に断れまい。
部屋の扉を自ら開いて振り向けば、心底嫌そうな顔をした緋色が目に入った。ようやく、感情を表に出してくれてほっとする。少し冷静な心地になって、にこりと笑った。
「まずは呼び方が気に入らない」
向かい合って座ると、先制攻撃とばかりに口を開く。私のことを皇太子殿下などと呼んだことは、今まで一度もないだろう?兄と呼びなさい、といくら言っても朱実、朱実と呼び捨てにしてきたのだから。対外的にも殿下を付けるか兄上と呼ぶかのどちらかだった。家族としての特別感が嬉しかったんだよ。なのに……。
「皇太子殿下を皇太子殿下とお呼びして、何がおかしいのですか」
「緋色は、いつもそんな呼び方はしない。話し方もだ」
「…………」
ふう、と小さく溜め息が聞こえた。
「だいたいこの忙しい時に、婚姻休暇を取って七日間も休むなんて」
「俺は忙しくありませんでしたので」
「私の許可を取ってから出掛けなさい」
「婚姻休暇は、婚姻した者全てに与えられた権利です」
「日にちを選べと言っている」
「日にちを選んで出したはずの婚姻届が受理されておりませんでした」
「それはすまなかったね。書類の不備があって預かったのにお前に戻すのを忘れていたのは、私の落ち度だよ。申し訳ない」
殊勝に謝って頭を下げて見せる。
「いえ。もう無事に入籍できたので」
全く態度の変わらない緋色は、その謝罪もさらりと流した。その程度なのか?本当にそれだけでいいのか?
その時、人払いをしていた部屋の扉が、こんこんと叩かれた。
「すみません。その、お茶を……」
私の侍従が、頼まぬのに茶を持ってくるなんて?首を傾げていると、
「失礼します。お茶をお持ち致しました」
少し掠れた高めの声が聞こえてくる。
成人?
驚いて緋色を見ると、同じように驚いた後で、ふ、と口の端が微かに上がった。
私が動けずにいる間に身軽に立ち上がって、部屋の扉を開ける。
「ちょうど飲みたいと思っていた」
そう言いながらワゴンを押す成人を部屋へ招き入れた緋色は、まるで先程までとは別人のようだった。
書類から顔を上げれば、立ち上がって近付いてくる緋色の姿。手に幾つか書類を持っている。
「離宮でもできそうなものばかりですので、帰ります。何かご用件があれば一ノ瀬にお伝えください」
「え?いや、待て」
「はい?」
はい?ではない。だいぶ減ってきたとはいえ、謁見願いの者がまだぽつぽつと来ている。たびたび席を立つ私の代わりにこの部屋にいてほしくて、呼んでいるのだ。その仕事をすっかり忘れているではないか!
「この部屋の留守番を頼んだことを忘れていないか」
「すみません。覚えがありません」
「その話し方もなんだ?いつもそんな口の聞き方をしやしないだろう?」
「そうでしたか?」
苛々と口を開きかけて、同じ部屋で仕事をする文官二人がいることを思い出した。仕事の邪魔をしてはいけない。感情的な姿を見せることもしたくはない。
「少し話をしないか」
「特に話すことはありませんが」
「私にはある」
立ち上がって、執務室から出入りできる来客用の小部屋へと歩く。いつもの緋色なら、嫌なものは嫌だと突っぱねるだろうが、今日のような態度を貫くなら逆に断れまい。
部屋の扉を自ら開いて振り向けば、心底嫌そうな顔をした緋色が目に入った。ようやく、感情を表に出してくれてほっとする。少し冷静な心地になって、にこりと笑った。
「まずは呼び方が気に入らない」
向かい合って座ると、先制攻撃とばかりに口を開く。私のことを皇太子殿下などと呼んだことは、今まで一度もないだろう?兄と呼びなさい、といくら言っても朱実、朱実と呼び捨てにしてきたのだから。対外的にも殿下を付けるか兄上と呼ぶかのどちらかだった。家族としての特別感が嬉しかったんだよ。なのに……。
「皇太子殿下を皇太子殿下とお呼びして、何がおかしいのですか」
「緋色は、いつもそんな呼び方はしない。話し方もだ」
「…………」
ふう、と小さく溜め息が聞こえた。
「だいたいこの忙しい時に、婚姻休暇を取って七日間も休むなんて」
「俺は忙しくありませんでしたので」
「私の許可を取ってから出掛けなさい」
「婚姻休暇は、婚姻した者全てに与えられた権利です」
「日にちを選べと言っている」
「日にちを選んで出したはずの婚姻届が受理されておりませんでした」
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「すみません。その、お茶を……」
私の侍従が、頼まぬのに茶を持ってくるなんて?首を傾げていると、
「失礼します。お茶をお持ち致しました」
少し掠れた高めの声が聞こえてくる。
成人?
驚いて緋色を見ると、同じように驚いた後で、ふ、と口の端が微かに上がった。
私が動けずにいる間に身軽に立ち上がって、部屋の扉を開ける。
「ちょうど飲みたいと思っていた」
そう言いながらワゴンを押す成人を部屋へ招き入れた緋色は、まるで先程までとは別人のようだった。
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