【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第七章 冠婚葬祭

116 天使の誘惑  弐角

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「生きてて良かったね」

 暗く重い空気が、ぱあっと晴れるように、少し掠れた高い声が響く。この、重たくなった部屋の雰囲気を良くしよう、とか、六車むぐるま家を慰めようとか、そんなことを考えて告げられた言葉やない。ただ、事実だけを述べる言葉。
 生きてて良かった。
 そうや。誰も、怪我すらせんかった。そのように、緋色ひいろ殿下は計らってくれはった。
 成人なるひとさまは、冷めたお茶をのんびりすすってから、俺の側へ歩いて来る。

弐角にかく才蔵さいぞうは、お昼寝の時間ね」

 はい?
 差し出された右手の意味が分からず呆然としていると、きゅっと左手を掴まれた。
 わ、わ、わ。
 それは、ええんか。
 くいくい、と引っ張られて立ち上がらん訳にはいかん。
 緋色ひいろ殿下の方を伺うと、ひどく楽しそうに笑っていた。悪戯をしている最中の子どもみたいや。
 もうお二人の中では、すっかりこの話はお終いなんやな。
 うちの国での、髪の毛の重要性を分かった上で切った。首の代わりやと、言うてくれた。ちゃんと、理解して……。
 そうや。緋色ひいろ殿下は、おみのぼろぼろの髪を綺麗にする為に、うちの国から髪の香油の店を誘致して、売り上げが出んくても補償する、と後ろ盾になってくれた方なんや。分かってないはずが無い。成人なるひとさまが髪の香油を気に入っていたから、と言うてはったけど、それだけで店ひとつ持ってきたりするもんか。それなら、品物を大量に取り寄せたらええ。
 おみが店に入って選べるように。おみが髪の施術を受けられるように。
 そう、考えてくれた。
 悲しいことに、おみは、うちの国に足を踏み入れるのにかなり覚悟がいるようやから。おみにとって、帰る場所はここやから。

「若様……。私たちは、このまま領地に帰ります」
「ああ」

 殿下より、貴重な電信を使用した連絡を受け、泡を食って駆け付けた。城の周辺の屋敷に住んどった六車むぐるまも引き連れて。是非連れて行って欲しい、と素早く準備を整えた辺りは評価する。流石や。
 城の周辺に住むことが出来るんは、地位と財力のあるあかし。それを持てるだけの手腕のある証。そやけどもう、大角だいかく梅香うめかはその場所に戻れん。椿つばきも。その髪が、違和感なく伸びるまで。
 少し。少しだけ、安堵する自分がおる。非常に、最大限に気を使う相手がおらんようになって、まつりごとがやりやすくなる……。いや、うん。もちろん、六車むぐるま九鬼くきを支え続けてくれたことへの感謝は忘れはせんけど。でも。
 家督相続の話など、急いでせねばならんやろ。帰ったらええ。来たばかりで、しんどいやろけど。

「こっちは、目の下黒くないから、大丈夫」

 成人なるひとさまが、六車むぐるまの面々が座る方へ顔を向けた。
 目の下?隈のことか?

弐角にかく才蔵さいぞうは駄目ー」

 ああ。
 せやな。
 最近、ちゃんと休んどらんかったかもな。
 そうのんびりするつもりは無かったけども、この天使の誘いは断れそうにない。
 俺らは、ちょっと休んでいく事としよか。
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