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第七章 冠婚葬祭
119 良かったですね……? 椿
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「梅香。しっかりいたせ」
緋色殿下と護衛が部屋を出て、私と父と母、坂寄だけが残された。荒事の後、惚けたようになっている母へ、父の声がかかる。母は、はっと我に返って髪に手をやった。肩口から、前へとこぼれ落ちる髪は、相変わらずの艶やかさであったけれども。
「あ、あああ。いや。いやあああ!」
肩口から先がすっぱりと無くなったことを確認して、母はようやく悲鳴を上げた。
「これ、梅香。落ち着かんか!」
「あ、あああ。旦那さま。かみ、わたしのかみが」
「首の代わりと仰ったのだ。命あっての物種よ」
「いいえ。いいえ。こんな、こんな……」
ふう、と父が息を吐くのが聞こえる。
「緋色殿下の前で騒がず、良かったわい」
もう、髪の薄くなりかけていた父には大ごとで無かったかもしれぬが、母には命に等しい髪ではないか。それを、そのような……。
母の髪の美しさは、国でも評判であった。真っ直ぐ伸びた黒々とした髪。流石に最近は、白いものも混じる年齢となってきていたけれども、日頃の手入れでしっかりと染めて、評判は落ちぬままやった。母のその髪の美しさも、六車の権勢にひと役買っていたのではないのんか?
九鬼の若様や姫様にもおいそれと買えん香油や手入れの品々は、皆の憧れの的やった。邪魔にならんように括っとっても、同じ品で手入れをしとる私の髪も、よう褒められとった。
没落した、八朔のお家の方々は良いものを使ってはったけれども、殿様の正妻やった奥方が匂いのきついもんを好むから、どうにも趣味の合わん人が多かったらしい。六車の懇意の店の品を教えて欲しい、と言うお人も結構おった。
そんな、六車を代表する髪の毛が、あっさり切られて正気でいられるわけが無い。
私かて。私かてこんな髪で……。
「失礼します。気を失っている方がいると聞いたのですが……」
白衣を着た男が一人、部屋に入ってきた。扉は開け放してあるので、ノックもない。
「あれ?大丈夫そうです?」
「あ、ああ、目を覚ましたようや。緋色殿下の采配であろうか。痛み入る」
「ええ。何ともないなら良かったです。では、俺はこれで」
白衣の医師は、すぐに立ち去っていった。
「緋色殿下は、お噂通りの恐いお方やが、こうしたお心遣いもなされるお方でもあるようや」
父は、感心したように呟く。
診察もせずに去ったのに?
「若様が、ええ関係を築いておられるなら、それでええ。……ほな、帰ろか」
「父上。私は……」
ああ。嫌や。こんな髪で、国に帰らなあかんなんて。
「有無は言わさん。これ以上の勝手は庇いきらん。次こそ、首しか差し出すもんがない」
「…………!」
そんなに。そんなに私が?
「ほなな、坂寄。もう会うこともないやろ。今月の給金は、口座に振り込んどくさかい」
「え?」
「うちの退職の手続きは済ましとく。送って欲しい荷物があれば、梅香が連れて来とる者に伝えとき」
坂寄が退職?
「父上。殿下の言うてた仕事は、期間限定で……」
「そうやな」
父は、ただそう言った。
坂寄は、愕然としとる。
「なんや。なんで帰れる思たんや?」
父は、それだけ言うと母と私の腕を掴んだ。
「今、私の手に持てる精一杯はこんだけや。帰るで」
呆然と引っ張られるままに歩く私の耳に、良かったですね、と女の人の声が聞こえた。
すぐ側に現れた気配は、あっという間に薄れていく。
先ほどの一ノ瀬?才蔵に、小刀を弾かれていた女。
良かった……。
生きていて?
それとも、こうして引く手があること?
帰った先には、辛いことしか無いというのに……。
緋色殿下と護衛が部屋を出て、私と父と母、坂寄だけが残された。荒事の後、惚けたようになっている母へ、父の声がかかる。母は、はっと我に返って髪に手をやった。肩口から、前へとこぼれ落ちる髪は、相変わらずの艶やかさであったけれども。
「あ、あああ。いや。いやあああ!」
肩口から先がすっぱりと無くなったことを確認して、母はようやく悲鳴を上げた。
「これ、梅香。落ち着かんか!」
「あ、あああ。旦那さま。かみ、わたしのかみが」
「首の代わりと仰ったのだ。命あっての物種よ」
「いいえ。いいえ。こんな、こんな……」
ふう、と父が息を吐くのが聞こえる。
「緋色殿下の前で騒がず、良かったわい」
もう、髪の薄くなりかけていた父には大ごとで無かったかもしれぬが、母には命に等しい髪ではないか。それを、そのような……。
母の髪の美しさは、国でも評判であった。真っ直ぐ伸びた黒々とした髪。流石に最近は、白いものも混じる年齢となってきていたけれども、日頃の手入れでしっかりと染めて、評判は落ちぬままやった。母のその髪の美しさも、六車の権勢にひと役買っていたのではないのんか?
九鬼の若様や姫様にもおいそれと買えん香油や手入れの品々は、皆の憧れの的やった。邪魔にならんように括っとっても、同じ品で手入れをしとる私の髪も、よう褒められとった。
没落した、八朔のお家の方々は良いものを使ってはったけれども、殿様の正妻やった奥方が匂いのきついもんを好むから、どうにも趣味の合わん人が多かったらしい。六車の懇意の店の品を教えて欲しい、と言うお人も結構おった。
そんな、六車を代表する髪の毛が、あっさり切られて正気でいられるわけが無い。
私かて。私かてこんな髪で……。
「失礼します。気を失っている方がいると聞いたのですが……」
白衣を着た男が一人、部屋に入ってきた。扉は開け放してあるので、ノックもない。
「あれ?大丈夫そうです?」
「あ、ああ、目を覚ましたようや。緋色殿下の采配であろうか。痛み入る」
「ええ。何ともないなら良かったです。では、俺はこれで」
白衣の医師は、すぐに立ち去っていった。
「緋色殿下は、お噂通りの恐いお方やが、こうしたお心遣いもなされるお方でもあるようや」
父は、感心したように呟く。
診察もせずに去ったのに?
「若様が、ええ関係を築いておられるなら、それでええ。……ほな、帰ろか」
「父上。私は……」
ああ。嫌や。こんな髪で、国に帰らなあかんなんて。
「有無は言わさん。これ以上の勝手は庇いきらん。次こそ、首しか差し出すもんがない」
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そんなに。そんなに私が?
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「そうやな」
父は、ただそう言った。
坂寄は、愕然としとる。
「なんや。なんで帰れる思たんや?」
父は、それだけ言うと母と私の腕を掴んだ。
「今、私の手に持てる精一杯はこんだけや。帰るで」
呆然と引っ張られるままに歩く私の耳に、良かったですね、と女の人の声が聞こえた。
すぐ側に現れた気配は、あっという間に薄れていく。
先ほどの一ノ瀬?才蔵に、小刀を弾かれていた女。
良かった……。
生きていて?
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