1,034 / 1,325
第八章 郷に入っては郷に従え
158 予定外の訪問 朱実
しおりを挟む
父上の居室前、先触れの者に声を掛けさせ、その後ろで返事を待つ。自分で扉を叩いては駄目なのか、と思わず笑ってから、そんなことを思う自分に驚いた。
すっかり、赤璃に毒されているらしい。
その妻は、先触れと父とのやり取りが終わるのを大人しく待っているのだが。
「こういったやり取りについて、無駄だとは言わぬのだな」
声を潜めて聞いてみれば、妻は綺麗に首を傾げた。
「必要な手順を踏むのは当たり前だわ」
先ほど緋色に突撃したのはどうなのだ、と言いたいところだが賢く口をつぐんでおく。私には分からぬ基準が、妻にはあるようだ。
中に入れたのは、ほどほどに待たされた後であった。よく考えてみれば、入れぬ可能性の方が高かった。沙汰を待つ状態のはずの赤璃を連れての、突然の来訪である。拒絶されれば素直に引いたことだろう。
いや、引いたのか?私は引いただろうが、赤璃は?
まあ、起こらなかった何かを考えたところで無駄なことだと頭を切り替えた。
「父上。予定に無き訪問を受け入れてくださり、誠にありがとうございます」
「陛下、先ほどのご無礼、誠に申し訳ありませんでした。また、この度の申し出をお受け頂き、感謝の念に堪えません」
赤璃は、膝を付き包拳礼の形を取った。この居室部分で赤璃が父にそうするのを見たのは初めてだった。父がどのように考えているのか読めぬ以上、不敬を働いた赤璃の取れる謝罪の姿勢はこれなのだろう。
「ああ。構わぬ。座れ」
許しを得てすぐに赤璃を立たせ、父と向かい合ったソファへと腰を下ろす。父は一人だった。もちろん、部屋の端では侍従が茶の準備をしているのだが。
「母上は?」
「泣き止んだよ。着替えてくるようにと言うと、喜んで彼女の部屋へ戻っていった」
「そうですか」
「食事の際にその格好をするのは、あまり食べやすいものではないのか」
これは、赤璃へ向けた言葉。父は平静で、食卓での赤璃の不敬を気にしている様子はなかった。あれは、周りの目を気にして発した言葉であったということか。本当は、不敬に酷く腹を立てた訳ではない。では。今は出ていけというあの言葉は、赤璃の言ったように、緋色をすぐに追いかけてくれという意味も含んでいた?
「そうですね。着るのも大変ですし、なかなかにお腹を圧迫されますので食べやすいものではありません。普段の服装が体に楽なものになっている産後の今は特に、あの食卓へ出ることに気合いが必要なこともございます」
え?と思わず目を見開いてしまった。そのようなこと、思い至りもしていなかった。まじまじと赤璃の顔を見つめると、こちらを見返して、ふと笑う。
「お仕事だと思って頑張っていたけれど、なるにああして言われると、食事が仕事っておかしいわねと、少し思ってしまった。駄目ね。覚悟はできていたはずなのに」
覚悟、と父が呟く。
「赤璃でも、覚悟のいることであったか」
「赤璃でもって……。いえ、まあ、そうですね。私でも、です」
しばらく口を閉じた父が何を考えているのか、これは分かる気がした。
すっかり、赤璃に毒されているらしい。
その妻は、先触れと父とのやり取りが終わるのを大人しく待っているのだが。
「こういったやり取りについて、無駄だとは言わぬのだな」
声を潜めて聞いてみれば、妻は綺麗に首を傾げた。
「必要な手順を踏むのは当たり前だわ」
先ほど緋色に突撃したのはどうなのだ、と言いたいところだが賢く口をつぐんでおく。私には分からぬ基準が、妻にはあるようだ。
中に入れたのは、ほどほどに待たされた後であった。よく考えてみれば、入れぬ可能性の方が高かった。沙汰を待つ状態のはずの赤璃を連れての、突然の来訪である。拒絶されれば素直に引いたことだろう。
いや、引いたのか?私は引いただろうが、赤璃は?
まあ、起こらなかった何かを考えたところで無駄なことだと頭を切り替えた。
「父上。予定に無き訪問を受け入れてくださり、誠にありがとうございます」
「陛下、先ほどのご無礼、誠に申し訳ありませんでした。また、この度の申し出をお受け頂き、感謝の念に堪えません」
赤璃は、膝を付き包拳礼の形を取った。この居室部分で赤璃が父にそうするのを見たのは初めてだった。父がどのように考えているのか読めぬ以上、不敬を働いた赤璃の取れる謝罪の姿勢はこれなのだろう。
「ああ。構わぬ。座れ」
許しを得てすぐに赤璃を立たせ、父と向かい合ったソファへと腰を下ろす。父は一人だった。もちろん、部屋の端では侍従が茶の準備をしているのだが。
「母上は?」
「泣き止んだよ。着替えてくるようにと言うと、喜んで彼女の部屋へ戻っていった」
「そうですか」
「食事の際にその格好をするのは、あまり食べやすいものではないのか」
これは、赤璃へ向けた言葉。父は平静で、食卓での赤璃の不敬を気にしている様子はなかった。あれは、周りの目を気にして発した言葉であったということか。本当は、不敬に酷く腹を立てた訳ではない。では。今は出ていけというあの言葉は、赤璃の言ったように、緋色をすぐに追いかけてくれという意味も含んでいた?
「そうですね。着るのも大変ですし、なかなかにお腹を圧迫されますので食べやすいものではありません。普段の服装が体に楽なものになっている産後の今は特に、あの食卓へ出ることに気合いが必要なこともございます」
え?と思わず目を見開いてしまった。そのようなこと、思い至りもしていなかった。まじまじと赤璃の顔を見つめると、こちらを見返して、ふと笑う。
「お仕事だと思って頑張っていたけれど、なるにああして言われると、食事が仕事っておかしいわねと、少し思ってしまった。駄目ね。覚悟はできていたはずなのに」
覚悟、と父が呟く。
「赤璃でも、覚悟のいることであったか」
「赤璃でもって……。いえ、まあ、そうですね。私でも、です」
しばらく口を閉じた父が何を考えているのか、これは分かる気がした。
1,342
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる