【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

88 寝起きのぼんやりの時間のこと  成人

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 人の近付く気配で目が覚めた。寝てた? びっくり。寝るつもりなかったのに。
 すぐに起き上がろうとしてやめる。近付いてきた気配が、よく知っている大好きな気配だったから。体に瞬時に入った力を抜いて、寝た姿勢を保った。
 右腕の下に、小さな体がある。温かい。子どもって大人より温かいな。あ、大人でも温かい人もいるけど。どちらかというと子どもの方が温かい気がする。そして、女の人は柔らかいけど温かくないような気がする。そんなによく分かるほど、他の人とくっついてないんだけどさ。俺の知ってる中ではそんな感じ。
 起きてすぐに全力で動くのは寿命を縮めるらしい。緊急事態の時しかしちゃいけない、と生松いくまつと約束した。長生きのための約束の一つだ。それで俺は、寝起きに少し、布団の上でのんびりすることを覚えた。一緒に寝てる緋色ひいろに抱っこされてると、すぐには動けないしね。
 寝起きの、体も頭もぼんやりとした時間は割と好き。好きになった。こうしてても大丈夫って分かって、それから本当に大丈夫なんだと実感して好きになった。
 あ。今は、布団じゃない、ふわふわの絨毯の上にそのまま寝ちゃってる。寝心地はすごく良い。俺の部屋の絨毯とおんなじでふわふわ。
 松吉まつきちは、俺の家に遊びに来た後、西賀さいかに帰ってすぐに、亀吉かめきちのよく遊ぶ部屋にふわふわの絨毯を敷いたんだって。緋色ひいろ、というか水瀬みなせに、どこで買ったのか教えてもらって買ったって言っていた。今がお金の使い時と思て奮発しました、って。奮発の意味を調べたら、思い切りよくお金を使うこと、と書いてあった。高いんだな、ふわふわの絨毯。高そうだよね、ふわふわだし。
 これで、亀吉かめきちがその辺で行き倒れて寝てしまっても安心だって言って松吉まつきちは笑った。ほんとだ。今も、行き倒れで寝てしまってたけど、そのままでよく寝られた。
 ねんねない、って言い張る亀吉かめきちに絵本を読んであげていたら亀吉かめきちの体がぐらぐら揺れ始めたから、右手で抱えて一緒に横になったんだ。こうすると抱っこができるね、って言ったら亀吉かめきちはすごく喜んだ。そして、ぴったりくっついてきてくれた。緋色ひいろが俺にしてくれるみたいに、背中を何回かぽんぽんってしたことまでは覚えている。何かぽつぽつとお話してた亀吉かめきちの声が心地好かった。途中から何を言ってるのかよく分かんなかったな。亀吉かめきちは、眠たくてもおしゃべりするんだなあ、なんて思ってた。
 先に寝たのは俺の方だったかもしれない。

「なんだ、起きてたのか。何笑ってるんだ?」
「おかえり」

 小さな声で緋色ひいろは言って、俺も小さな声で挨拶をした。おかえり。ちょっと遅かったね。

「ただいま」

 右腕を伸ばすと、抱き上げてくれる。緋色ひいろにぎゅっとしがみついていると、絨毯に残された亀吉かめきちがもぞ、と動いた。俺が離れたら寒いかな。ごめん、亀吉かめきち

「お前の上掛けはこっちだ」

 緋色ひいろが手に持っていた小さな毛布を、そっと亀吉かめきちに掛けた。亀吉かめきちから、くぅと小さな寝息が聞こえる。
 良かった。
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