【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第十章 されど幸せな日々

40 お風呂は一緒に  成人

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成人なるひと殿下、お待たせしましたー、ってなんで掃除しとるんですか?」

 寿々丸すずまるが、からりと戸を開けて湯気の向こうから戻ってきた。早かったね。ちゃんと最後にお風呂に浸かって十数えた?

「わ、坊ちゃん。違た、若様。もうここには来れんかもしれん、って言うた舌の根も乾かんうちに、おるやないかーい」
「かもしれん、やから、来ることもあるってことや。会えて嬉しいやろ?」
「ははは。はいはい、嬉しい嬉しい」
「ほな、良かった」
「そやけど、気ぃ付けなあかんですよ。今までも大事な御身やったけど、これからはもっと大事なことになっとるんやでな」
「はいはい」
「はい、は一回でよろしいです」
「さっき自分かて、はいはい言うてたくせに」
「はっはっはー」

 今、脱衣所に入ってきたお客さんとも知り合いなのか。すごいな、寿々丸すずまる
 そういえば、西中さいちゅう国へ行く前の鶴丸つるまる松吉まつきち亀吉かめきちも、一緒に西賀さいか国を視察していると、どこへ行っても、次期様ー、若奥様ー、若様ーって呼ばれて、手を振られていた。皆、たくさん知り合いがいてすごい。
 服を脱ぎ始めていたお客さんに寿々丸すずまるが俺のことを紹介したら、お客さんは半分裸で平伏しようとした。わわわ、立ったままでいいよ。
 お客さんは寿々丸すずまると俺を何度も見て、ぺこぺことたくさん頭を下げてから湯気の向こうに歩いていった。
 あ。これで俺も、知り合いになったんじゃない?
 さくは、黙ってちゃきちゃきと体を拭いて、着てきたのと同じような着物を風呂敷包みから取り出している。

「そや、成人なるひと殿下」
「ん?」
「風呂場は覗かんでええんですか?」
「あー。うーん……」

 湯気の向こう側。とても気になっている。お風呂屋さんってのは、あっち側のことをいうような気はしている。
 でもなー。
 うーん。
 何故か、あちら側へ行く気になれない。

「どんな所か分かったのだから、今日は充分じゃろ。次は、緋色ひいろ殿下と来たらええ」
「あ、うん」

 そうだ。そうだった。俺はお風呂は緋色ひいろと入るんだった。約束だ。覗くだけだからいいかな、って思ったけど、やっぱりやめておくよ。
 
「そうですか? じゃあ、まあ、ええんやけど」
「若。はよ、体拭いてください。手伝いますんで」

 さっさと着替え終えたさくが、寿々丸すずまるに着物を着せ始めた。あ、羽織袴だ。正装だ。

「今から、何かあるの?」
緋色ひいろ殿下と成人なるひと殿下と会食ですけど?」
「え? 俺、正装じゃないよ」
「あ、ええっと。そうなんですか?」

 もちろん、部屋着とかでもないけど、動きやすい、仕事をする時の使用人服に似た服を着てきている。緋色ひいろも、今日は軍服じゃなく、三郎さぶろうたちがよく着ている正装の、背広? みたいな服だ。じいじと常陸丸ひたちまるは、護衛の服が正装と同じような形だから変わらないんだろうけど、俺たち、これでいいのかな。

「まあ、ええんちゃいます?」
「いいじゃろ」

 いっか。
 その後、これだけは飲んで帰る、と言い張った寿々丸すずまるに、瓶に入った飲み物をもらった。やすさんにお金を払って、中身の見える冷蔵庫から取り出したそれは、甘くて美味しい、ミックスジュースに似ている飲み物だった。

「うま」

 広末ひろすえの作るミックスジュースの方がもちろん美味しいんだけれど、これもすっごく美味しい。すごく冷たいし、お風呂屋さんで飲むっていうのがいい。厚紙でできた蓋は、瓶にぺたりとくっついていて、蓋を取るのに苦労した。この蓋、記念に持って帰っていいかな? 
 寿々丸すずまるの飲んでいたのは茶色い飲み物だった。少し味見しますか、と渡されたけど、コーヒーの匂いがしたからそのまま返した。

「大人の味ですよ」
「ええー? じゃあ子どもの寿々丸すずまるが飲んだら駄目じゃん」
「ふふん。大丈夫」

 飲めないのが、ちょっと悔しい。

「こんなの、牛乳たっぷりで子ども用ですよ」

 さくが笑って言う。

「羽織袴でコーヒー牛乳を煽った若様は、きっと寿々丸すずまるさまだけやろなー」

 やすさんが笑っていたら、やすさーん、と女側から千寿せんじゅの声がした。

「コーヒー牛乳もらうねー」
「はい、どうぞー」

 きっと千寿せんじゅも、正装の着物だろう。

「正装でコーヒー牛乳を煽る姫様もいるようじゃ」
 
 じいじの言葉に、やすさんはますます大笑いした。
 寿々丸すずまるは、あっという間にコーヒー牛乳を飲み終えて、俺の残したジュースも飲んだ。
 今からお昼ご飯だけど、大丈夫? 入る?
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