1,305 / 1,325
第十章 されど幸せな日々
96 美味しい音 朱実
しおりを挟む
かんかんかん、と手にしたスプーンを朱音が机に打ちつける。ご機嫌だ。赤璃に口に入れてもらった粥が美味しかったらしい。自分で食べられる訳もないが、何かを持ちたがるので、小さなスプーンを朱音に渡してあるのだ。それだけで満足らしく、自分で食べたような顔をしてスプーンを振っていた。
母上が顔をしかめるのが見えたが、見えない振りをした。
「ふふ。美味しかった? 上手に食べたねえ」
赤璃にも見えているだろうが、赤璃もまた、知らん振りで朱音に声をかけていた。いつも通り。そう。私たちは、いつも通りの食事をしているだけだ。
共に食事を、と望んだ父と母が不快になったところで知ったことじゃない。これで、共に食事をとることを諦めてくれればよいのだが。
朱音は食事は好きなようで、食事の時間は割とご機嫌だから、もしかしたら、大丈夫だと言われてしまうかもしれない。
「もう一口、食べる? あーん」
「あーん」
「んー。上手」
かんかんかん。また、朱音の手のスプーンがご機嫌な音を立てた。
食事は楽しい、美味しいと知ることが大切だから、この時期の子どもには、一口食べただけで大げさに褒めてやるとよいものらしい。赤璃が子育ての先達たちに聞いて、それを実践している。
離乳食を始めた頃は、たった一口の重湯もべぇっと出してしまって心配したものだ。あまり美味しいものではないから仕方ないのか、と思ったり、こんな物も食べられなくて大丈夫なのか、と心配したりした。乳以外のものを口にしていなかった所へ、違う味覚と触感のものが口へ入ったのだから、思わず出してしまうのも当然と言えば当然なのだが、つい慌ててしまった。
この心の動きは、我が子だからだろう。どこか他所でこのような場面に出会ったら、赤子とは、こんな物もきちんと食べることができないのか、と呆れていたかもしれない。もしくは、このようになってしまうと分かっているなら、目につかないところで食べさせるべきだ、と考えていたかもしれない。
「あ。これはイマイチだったかー」
三口目。お粥でない何かが口からべぇっと出てきた。何か緑色の野菜を食べやすくとろとろにした物だったのだろう。口の周りに緑が散らばり、何ともおどろおどろしい事になっている。
「まあ……」
上がった母の声を気にすることなく、赤璃は手早く、朱音の口の周りを布巾で拭いた。
「混ぜちゃうか」
お粥の下に野菜を少し隠してスプーンですくう。
「嫌なものは嫌なんじゃないのか?」
「いや。お粥大好きだから、誤魔化されてくれるかも」
赤璃の目論見は見事に当たり、朱音は、ほんの少しだけ下に潜り込ませた野菜入りの粥を口から出しはしなかった。
自分の食事は後回しで朱音の口に食べ物を運ぶ赤璃を横目に、私は自分の食事を食べ進める。先に食べておいて、食事の済んだ朱音を預かれば、赤璃も、自分の食事をゆっくりととることができるからだ。
朱音には乳母がいるのだから乳母に預けてしまえば良いのだが、時間がある時は自分でやってみたいという赤璃に付き合ってみれば、これもなかなか悪くない。きちんと食べられるようになるまでは乳母と食事をしていて、食べ方のマナーが身についたら家族と共に食事をしろ、と急に言われるより、朱音にとってもいいだろう。
そうして、ああ、そうか、と気付かされた。
その形で食卓につかされたのが緋色だったのだ。
皇家の形。慣習。それらを踏襲せず、乳母に全てを任せない赤璃に眉をしかめる者はそれなりに居るけれども。
私が、いいと言ったのだ。私と赤璃がこれで良いと言ったのだから、これで良いのだ。
私たちと食事を共にするという事は、まだ一人で食事をすることのできない朱音とも食事を共にすることである、と、父と母に理解してもらわねばならない。
母上が顔をしかめるのが見えたが、見えない振りをした。
「ふふ。美味しかった? 上手に食べたねえ」
赤璃にも見えているだろうが、赤璃もまた、知らん振りで朱音に声をかけていた。いつも通り。そう。私たちは、いつも通りの食事をしているだけだ。
共に食事を、と望んだ父と母が不快になったところで知ったことじゃない。これで、共に食事をとることを諦めてくれればよいのだが。
朱音は食事は好きなようで、食事の時間は割とご機嫌だから、もしかしたら、大丈夫だと言われてしまうかもしれない。
「もう一口、食べる? あーん」
「あーん」
「んー。上手」
かんかんかん。また、朱音の手のスプーンがご機嫌な音を立てた。
食事は楽しい、美味しいと知ることが大切だから、この時期の子どもには、一口食べただけで大げさに褒めてやるとよいものらしい。赤璃が子育ての先達たちに聞いて、それを実践している。
離乳食を始めた頃は、たった一口の重湯もべぇっと出してしまって心配したものだ。あまり美味しいものではないから仕方ないのか、と思ったり、こんな物も食べられなくて大丈夫なのか、と心配したりした。乳以外のものを口にしていなかった所へ、違う味覚と触感のものが口へ入ったのだから、思わず出してしまうのも当然と言えば当然なのだが、つい慌ててしまった。
この心の動きは、我が子だからだろう。どこか他所でこのような場面に出会ったら、赤子とは、こんな物もきちんと食べることができないのか、と呆れていたかもしれない。もしくは、このようになってしまうと分かっているなら、目につかないところで食べさせるべきだ、と考えていたかもしれない。
「あ。これはイマイチだったかー」
三口目。お粥でない何かが口からべぇっと出てきた。何か緑色の野菜を食べやすくとろとろにした物だったのだろう。口の周りに緑が散らばり、何ともおどろおどろしい事になっている。
「まあ……」
上がった母の声を気にすることなく、赤璃は手早く、朱音の口の周りを布巾で拭いた。
「混ぜちゃうか」
お粥の下に野菜を少し隠してスプーンですくう。
「嫌なものは嫌なんじゃないのか?」
「いや。お粥大好きだから、誤魔化されてくれるかも」
赤璃の目論見は見事に当たり、朱音は、ほんの少しだけ下に潜り込ませた野菜入りの粥を口から出しはしなかった。
自分の食事は後回しで朱音の口に食べ物を運ぶ赤璃を横目に、私は自分の食事を食べ進める。先に食べておいて、食事の済んだ朱音を預かれば、赤璃も、自分の食事をゆっくりととることができるからだ。
朱音には乳母がいるのだから乳母に預けてしまえば良いのだが、時間がある時は自分でやってみたいという赤璃に付き合ってみれば、これもなかなか悪くない。きちんと食べられるようになるまでは乳母と食事をしていて、食べ方のマナーが身についたら家族と共に食事をしろ、と急に言われるより、朱音にとってもいいだろう。
そうして、ああ、そうか、と気付かされた。
その形で食卓につかされたのが緋色だったのだ。
皇家の形。慣習。それらを踏襲せず、乳母に全てを任せない赤璃に眉をしかめる者はそれなりに居るけれども。
私が、いいと言ったのだ。私と赤璃がこれで良いと言ったのだから、これで良いのだ。
私たちと食事を共にするという事は、まだ一人で食事をすることのできない朱音とも食事を共にすることである、と、父と母に理解してもらわねばならない。
2,067
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる