そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環

文字の大きさ
13 / 46
本編

空転

しおりを挟む
※side竹下

 雪田が飲み物を買いに行くのに女がついて行った。あの女、最初から完全に雪田狙いだったし。鈍い雪田が気付いてる訳ないけど。大体、俺のことだって全く気付いてないもんな。
 じゅんぺーん家が分かんない訳ねえじゃん。一緒に行きたくて待ってたんだよ。なんで少しも疑わないの。とかって、雪田に苛立つ自分がうぜー。俺が正直に言わないからだって分かってんのに。すげー嫌になる。

「おいーっす。戻ったぞって、あれ? ユキは?」

「飲みもん買いに行った」

「一人で?」

「女と二人で」

「へえ、あいつもたまにはやるじゃん」

 雪田の意思じゃない。あの女がついて行っただけだ。そう言おうとじゅんぺーの方を見たが、雪田に何人分の飲み物を買いに行ったのか電話で聞いた上に、さらに8人分を追加して買ってくるように言っているのだから、いかに自分の雪田への関心が他人と違う部分に向いているのかを実感する。

 何気なくそのままじゅんぺーの方を眺めていると、じゅんぺー、橋本、新見の3人はナンパしてきた女4人と楽しそうに話しているが、なぜか三木さんだけいないことに気が付いた。
 どうやら、俺なんかよりも早くそのことに気付いていたらしい小野さんは、忙しなくキョロキョロとして三木さんの姿を探しているようだ。

 雪田がいなくなった場所に女が二人座って、片方は俺に、もう片方は小野さんに話しかけている。ついでに言うと俺の前にも女が一人立っていて、何を話すでもなく、俺の隣にいる女の話を聞いている。
 傍から見れば、俺は女二人と、小野さんは女一人と話をしているように見えるだろう。しかし、俺は雪田のことが気になってるし、小野さんも三木さんのことがかなり気になっていて、会話など成立していない。楽しげなじゅんぺー達の方とは違って、こっちは二人とも女の存在を完全に無視していた。

 ナンパが目的の奴らと一緒に来たのだから、場の雰囲気を悪くする振る舞いは控えようと思っていた。俺自身の目的が達成されるのなら、とりあえず周りに合わせて、女と喋る努力もしようと思っていた。
 ……んだけど。雪田が女とどっか行っちゃうとかありえねーだろ。ついこの間ナンパはどうでもいいみたいなこと言ってたじゃねえかよ。なにさらっと女と二人で抜けてんの。

「ねえ、聞いてる?」

 上目遣いで顔を覗いてくる女がうざすぎる。元はと言えば、雪田との間に割り込んできたこの女が悪いんだ。こいつさえいなければ、雪田が気を使って立ち上がることも、立ち上がったついでに飲み物を買いに行くなんて言い出すことも、雪田狙いの女と二人きりになることもなかったのに。

「聞いてなかった。後輩のことが気になっててさ」

 俺は正直に答えた。さて、雪田が戻って来たらどうやって連れ出そうか。名案は思い浮かばないが、とりあえず持って来た浮き輪を膨らませて泳ぎに誘ってみようと思い、荷物を漁る。
 話を聞いていないと言われても懲りずに隣で喋り続ける女を無視しながら、足でポンプを踏む。座っているので上手く踏めないが、まあいいだろう。

「三木!」

 近くまで戻ってきていた三木さんの姿を見つけた小野さんが立ち上がって駆け寄る。それを目で追いながら、浮き輪を膨らませる作業を続けた。

「どこ行ってたわけ? 三木だけ戻って来ねえから心配したっての」

「ここに戻る途中で地元の友達に会って、ちょっと話してたんですよ」

「三木まで女とどっか行ったんじゃないかと思って、まじで焦った」

「俺までって……あ? ユキがいねえ。まさかユキが女と?」

「うん、どっか行った」

 飲み物を買いに行っただけだし。女は勝手に付いてっただけで、雪田が誘ったんじゃない。むしろ、俺と雪田の間に割り込んできたバカ女さえいなきゃ、雪田は今も俺の隣にいたはずだ。
 雪田の行動に深い意味なんてないんだと自分に言い聞かせるために何度も同じことを考えている。嫌になるくらい女々しいと自分で自分に呆れる。

 三木さんが戻ってきたのに気付いたじゅんぺーが、これからどうしよっかーとかなんとか言いながら、女を全員自分達の方へ集めて話し合い始めたので、レジャーシートに座っているのはついに俺だけになった。
 そんな俺を見兼ねた三木さんが、俺の隣に座りながら話しかけて……というより少し責めるようなニュアンスで聞いてくる。

「おい、竹下。お前なにしてんの?」

 そんなこと俺だって知りたい。何してんの、俺。

「……浮き輪を膨らませてます」

「分かっててそういうこと言うな。そんなこと聞いてねーよ。小野さんみたいにしたいって言ったのお前じゃねーか」

「小野さんみたいには絶対するなと仰ったのは三木さんです」

「え? 俺が何って?」

 三木さんの隣に腰を下ろした小野さんが、当然の疑問を口にするが、三木さんの『小野さんはちょっと黙ってて下さい』という言葉で流される。

「お前も、ユキ本人も気付いてないみたいだから言うけど、お前が思ってるよりもユキは女にモテるぞ」

「ユキもモテるけどさー、どっちの方がモテるかって言ったら、竹下じゃね?」

「それはそうですけど、竹下とユキじゃ、質が違うんですよ」

「……質、ですか?」

 疑問を口にした俺はもちろん、小野さんも『どういうこと?』という表情をしている。

「例えて言うなら、竹下の方はひと夏の思い出みたいな感じで、遊んでもらえたらラッキーって軽いノリなんだよ。それに対してユキに言い寄る女ってのは、とりあえず今日遊べたら良いっていう感じじゃない。ひと夏どころか来年の夏も一緒にいたいってくらいまじな女が大半だよ」

「あー、なんか分かるわ」

「でしょ」

「竹下は女いらねえっていうのが透けて見えてるからなー。ユキも好きな子がいるから他の女を求めてないってのは伝わってくんだけど、あいつ無駄に優しいし。それでまじにさせちまうんだろ。それも鈍感過ぎて分かってないみたいだけど」

「まー、とにかく何が言いたいかって言うと、お前が頑張らなきゃ何もなんねえってことだよ。相手は好きな女がいる上に、鈍感なくせしてガチでモテる奴だからな」

「え? つか竹下ってユキが好きなの?」

「肝に命じます」

 と、小野さんを無視して、三木さんに良い返事をしたものの。
 膨らませた浮き輪はじゅんぺーを介して女に取られるし、浅瀬でビーチボールで遊んでも雪田とは別チームだし、なんだかんだで雪田は女がべったり張り付いてるし、俺もそれは同じだしで全然雪田と話せなかった。
 バーベキューにしたって火をおこすのは1回生組がやって、俺はじゅんぺー達と買い出しに駆り出されるし。食い始めたら食い始めたで、雪田はずっと肉を焼くのに専念してて、俺が話しかけに行っても『竹下さんはあっちの涼しいとこでゆっくり食べて下さい。焼けたら持って行くっす。ほら、女性陣がお待ちかねっすよ』と一蹴された。
 チャンスなさ過ぎだろ。
 しかも、三木さんと小野さんが同情的な感じで話しかけてくるもんだから余計にヘコむ。先輩方は両思いなんだからいいよな。お互い一緒にいたいって心の中では思ってんだもん。片想いの俺とは違ってさ。

「おい、コウ! なんかヤベーことになった」

 今の今まで狙っているのであろう女と酒を飲んでいたはずのじゅんぺーが少し慌てた様子でこちらへ来た。見ると、橋本や新見や女共が誰かを囲っている。

「……は? もしかして雪田?」

「なんかヤベーから来てくれ」

 なんかヤベーって何だよ。雪田に誰が何したの。俺は焦って雪田の元へ急いだ。
 雪田は縁側に座った状態で飲んでいたのだろう。力無く倒れた上半身は明らかにぐったりとしていた。

「こんなになるまで飲ませたの誰だよ」

 俺の声は自分で思うより怒りの色が含まれていた。そのせいか答える新見の声はひどく焦っている。

「なんかヤケになったみたいに飲んでて、俺らはやめとけって言ったんすけど、飲むっつって聞かなくて。で、ぐでんぐでんになってから何回も竹下さんを呼んでたんで、それで……」

「俺を?」

 新見と橋本を一瞥してから、雪田の側に寄る。目を瞑って、まるで眠っているような雪田に声をかけた。

「雪田? 大丈夫?」

 声をかけると雪田が目を開いた。焦点が合っていないような目でこちらを見たあと、情けない顔でヘニャっと笑った。

「……竹下さん。来てくれたんすか」

「俺を呼んでたんでしょ?」

「すみません」

 申し訳なさそうな顔をして謝る必要なんてない。だって俺はただ、嬉しいだけなんだから。

「いいよ。雪田立てる? 今日はもう先に休もうか」

「竹下さんも一緒にっすか?」

「うん。俺ももう結構酔ってるし」

 そう言うと、雪田は嬉しそうにまたヘニャっと笑った。なんだこれ。すげー可愛い。何だよ。誰かを可愛いなんて、初めて思った。

「竹下、玄関のすぐ左の部屋に布団用意してあるからな。片付けは俺らでやっとくから早くユキ連れてってやれよ」

 いつの間にいたのか、すぐ側に立っていた三木さんがそう言ってくれた。そして、俺にだけ聞こえるような声で『頑張れよ』と言われたので、俺も『三木さんこそ』と返した。
 満足に立てない雪田を支えながら、三木さんに言われた部屋まで雪田を連れて行く。襖を開くと6人分の布団が敷かれていたので、とりあえず一番近い布団に雪田を寝かせた。

「気分悪い?」

「……悪いって言ったら、ずっと付いててくれますか?」

 人を試すような物言いに驚く。雪田は真っ直ぐな言葉を吐くというイメージが俺の中にはあったから、すぐに返事ができなかった。

「すみません、今の嫌な感じっすよね。ただ、竹下さんと一緒にいたいだけなんすよ。だから、こうやってわざと酒飲んで、心配させて、竹下さんの気を引こうとしてるんすよ、俺」

 ……今、何て言った? 俺の気を引きたいって言ったよな? 俺と一緒にいたいから、酒に酔って心配させようとしたって。
 事態が把握できなくて何も言えなかったことを怒っていると勘違いしたのか、雪田は沈黙に耐えられないとでもいうようにまた口を開いた。

「……俺うざいっすよね。ほんとに、すみません。竹下さん、お願いっすから、嫌いにならないで下さい。竹下さん……竹下さん、俺、竹下さんが大好きなんです。だから、嫌いにならないで下さい」

「れお……それって」

「せっかく、やっと、竹下さんと話せる、ように……な……」

「…………れお? え。寝たの? 嘘だろ? 今、このタイミングで寝るとか……ねーわ」

 でも確かに言ってくれた。『大好き』だって言った。聞き間違いなんかじゃない。それでも、素直に喜べないのは、俺と同じ『好き』かが分からないから。

「嫌いになんて、なるわけないよ」

 どんなにモヤモヤした感情があったって、寝顔を見るだけで、つい笑ってしまうくらい雪田が好きなんだから。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜

キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。 モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。 このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。 「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」 恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。 甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。 全8話。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

処理中です...