祝福を授かりましたが、まるで呪いです。

めっちゃ抹茶

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気まぐれの加害者 side:ウォルド

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 いつだっか。逢瀬のうちの茶会で、その眼鏡では見え辛くないのかと、不便ではないかと聞いたことがあった。

 ——これがないと、困りますから。

 そう呟いた声はひどく震えていたのではなかったか。曖昧に微笑む彼に線引きされたように思えたのは、案外間違っていなかった。
 私は、彼が話してもいいと思える、信用足り得る番になる道を自ら外れていった。全て、自業自得だった。



 私は16歳の成人を迎えるパーティーで、年下の運命の番と出会った。成人と同時に婚姻が可能になる。お見合いでもあるパーティーの国内の貴族αとΩを集めた場で華やかな香りを纏う貴族が多い中、彼は一人だけ石鹸の素朴な香りに包まれていた。そこに微かに香る柑橘系のフェロモンが、彼を運命の番だと告げていた。

 赤いレンズの独特な眼鏡を掛けて静かに佇む彼の周りはひどく浮いていて、人の影がなかった。だが、艶やかな黒髪から伸びるすらりとしたうなじに周りのαの視線が注がれていた。

 出会えた嬉しさに舞い上がったのも束の間、舌舐めずりが聞こえてきそうな視線に焦って、急いで彼に話しかけに行ってからその後のことはほとんど覚えていない。

 当時12歳のまだ発情期を迎えていなかった未発達のΩの彼と番うのは難しく、直ぐにでも番いたかったが諦めるしかなかった。
 だから、発情期が来たら直ぐに番って結婚すると誓約を交わして婚約者に据えた。無理に襲って嫌われたくなかった。



 だが身体は正直だった。
 番を求めて発情ラットが止まらず、何度手で処理をしても熱は冷めずに、逆に高まっていくばかりだった。α用の抑制剤もあったが、効き目はあまりなかったように思う。
 それが何ヶ月も続くと流石に疲労が溜まり、事情を知った友人が彼の発情期が来るまで他で発散した方がいいと提言してきた。

「その時になってリードが出来なくてダサいとか思われたくないだろ? 大丈夫だって。練習ならみんなやってるからさ」

 その言葉に流されるまま、名前も知らない女と身体を重ねた。自分で処理するよりも遥かに気持ちよかった。前戯を手間だとは感じたが、挿れた後の気持ちよさでどうでもよくなった。寝っ転がっていればこっちが動かなくても全部やってくれる人もいた。
 発情は収まるし、何より気持ちがいい。正直言って楽だった。
 どうにも断れなくなり、男も女も関係なく、誘われたら寝るようになるのは早かった。

 だが番をじゃない相手と過ごした後はどうにも虚しかった。番に会えばまた発情し、自分では制御出来そうになくて、番とは二週間に一度しか会えない。その寂しさを誤魔化すように何度も繰り返した。
 一過性の熱は、番を求めてやまないαの性を抑えるのにちょうど良かった。

 毎回違う他人と身体を重ね、週末に番に会う。それを繰り返すうちに、徐々に心にゆとりが生まれた。彼が自分の婚約者で、誰にも取られる心配もない。自分だけのものなんだと漸く思えるようになった。
 番と同じ空間にいても発情することなく穏やかに過ごせるようになり、両家の同意も得て同棲に持ち込むことも成功した。だが、完全に発情しないわけじゃなかった。燻るような熱がぶり返しては、発散先を欲した。
 同棲するのに彼はなぜかずっと渋っていたが、一人の時間を確保することと屋敷の裁量の権利、そして寝室を別にすることで同意してくれた。
 だが最低限しかいない使用人に、「もっと雇わないのかい?」と彼に聞いたが、「大人数は苦手なのです」と言われてしまえばそれきり何も言えなかった。

 一緒に住むようになって、彼は随分と冷静で物静かな人物だと知った。趣味は読書で、それも専門書のような難しい物を読み、特技はお菓子作り。彼の作るお菓子はどの店でも見かけたことのない目新しいもので、どれも絶品だった。黒糖で作った『カリントウ』とやらは噛むたびに口の中で音が響いて貴族のマナーに反した物だったが、その食感は面白いと思える物だった。他にはない独特の風味もよかった。

 それに前々から大人びているとは思っていたが年下に思えないくらい、言葉遣いも考え方も大人だった。朝早くに出掛けて仕事をこなして、夜に帰宅する。そんな自分をよく支えてくれた。
 けれど、時折こちらを窺うような目が気になった。夜、寝る前に必ず問われる質問があった。
 ある日もそうだった。

「もうお休みになられるのですか?」

 まだ一緒にいたいということだろうか。
 寝着を薄く纏っただけの彼は、非常に目に毒だった。成長途中のすらりと伸びた手足から除く色白の素肌がなんとも艶かしい。頭ひとつ分は背の低い彼は力を込めれば容易く折れてしまうだろう。
 襲ってしまう前に、早くこの場を去りたかった。

 なのに、彼の言葉に思わず去ろうとした足が止まった。

「……貴方は、なにも仰らないのですね。それとも……悪いことだと思っていないのか」

 ひどく冷めた声だった。
 断言するような声色に、拙いことを知られていると勘が告げた。
 脳内で警報が鳴り響く。このままいたら、聞きたくないことも、聞いてしまう。
 なのに足は地に張り付いて動かなかった。

 ——……私は、

「節操なしが一番嫌いです」

 棘だらけの言葉。温度のない声。
 その日から彼は顔を会わせてくれなくなった。彼の部屋の扉には内側から鍵が掛けられ、話し掛けても用件だけ聞かれて終わる。屋敷の中で運良く見かけた時なんかは、話を聞いて欲しいと訴えても言い訳は結構とばかりに冷たい視線を投げつけられるだけ。耳を貸そうともしてくれなくなった。
 贈り物を贈っても効果はなく、必要ありませんと返された。話をしようと部屋の前にずっと張り付いたり、部屋から出て来た彼を後ろからついて行って付き纏ったこともある。
 だが彼の決心は固く、あまりにもしつこいと彼の侍女に追い払われて、途方に暮れるしかなかった。



 何度も言おうとした。
 他人と寝る度に罪悪感が積み重なって、躁を立てられなかったことに何度も後悔した。
 発情して動けなくなるのは困るからと、それを言い訳にした。本当は誠実でありたかった。
 だが綺麗な彼を見る度に、自分が子供じみたちっぽけな人間に思えて、罪悪感を軽くしたいだけの理由で彼に心労を掛けるのは情けなかった。
 全ては自分の心が弱かったせいなのだ。

「は、いま、なんと、」

 口から言葉にならない声が漏れる。
 目の前の医者は、鎮痛な赴きでこう告げた。

「残念ながら、番様は番欠乏症に陥っておられます。それを凌ぐ為に強い抑制剤を服用しておられたようで……妊娠はおろか、よくて十数年の命です」

 ——番欠乏症

 それはαにとって、なんとも不名誉な病気だ。
 慈しんで愛するはずの番を蔑ろにしたαに贈られる蔑称。
 その原因に心当たりがあった。

 久しぶりに顔を合わせた番は、ひどく痩せ細っていた。血の気の少ない青白い肌は、見ているこっちが辛くなるほどだった。なぜこんなことに……と悔やんでも、時は戻らない。
 彼の手を握る手が、ひどく震えた。

 彼の不調を発見したのは、彼が連れてきた侍女の女性だった。愛おしい番は風呂好きなようで、あまりにも長く風呂から出て来ない彼を心配した侍女が見に行って、そこで倒れていた彼を発見したのだ。
 それから急いで王宮に勤める名医を呼び寄せ、今に至る。

「……わ、私の、せい、だ」

 ごめん、ごめんなさい。

 掠れた自分の声が遠い。
 寝台に横たわった彼から、浅い呼吸の音が聞こえた。ただ眠っているだけなのに、今にも儚く消えてしまいそうな彼から目が離せない。
 どうしてこうなってしまったのだろう。
 涙がじわりと視界に滲んだ。鼻が詰まって、清潔感溢れる彼らしい石鹸の匂いも、それに混じって微かに香るほのかな柑橘系のフェロモンも、何も、感じ取れない。

 彼に見せられないひどい顔をしている自覚はあった。それほど、現実を受け入れられなくて動揺していた。
 こんな姿は見せられないなと、自嘲が溢れた。彼が眠っていてよかったと思う。
 そんなのも、本当に今更だというのに。



 それから数日間、番は眠ったままだった。
 その間に色々なことを知った。彼の祝福についてと、彼の侍女から嫌われていた理由も。

 彼の綺麗な碧眼を覆い隠していたレンズの赤い眼鏡。彼の綺麗な顔を半分ほど隠してしまう大きなそれが、いつも邪魔で仕方なかった。私たちを阻む壁のようで、取っ払ってやりたかった。
 だが、お洒落で着けているのかと思っていたそれは、彼の心を守るための大事な物だった。

 他人の触れた後が手形のように残り、真っ赤にべっとりと染み付く。人が人に触れても同様に後として残ってしまうのだとか。

 「頬を撫でれば顔の半分が真っ赤に染まるのだと坊ちゃまはおっしゃっていました。一番触れられて欲しくない場所は唇、だそうですよ」

 そして彼はそれを汚れだと思い、厭って嫌っていた。日常生活を送るのにも支障が出るほどのそれを見えなくするための色付き眼鏡だったと侍女は話した。

「当然ですよね。身近な人ならいざ知らず、赤の他人の唾液を取り入れたくなんてありませんもの」

 そう言った彼女は、番の祝福を理解して配慮できる唯一信頼していた人だった。
 自分ではなかった。その事実が、胸に重くのしかかった。

 その話を聞いてから、自分がどれだけ酷なことをしてきたのか、悔いた数はもう数えきれなくなっている。あんなことを言った友人をお門違いにも責めたこともある。
 それを、幼少期から従えている彼の侍女に見透かされた。

「度重なる不貞は、貴方様がお決めになられたことでしょう。坊ちゃまの御心を蔑ろにしたのも貴方様に他ありません。それを他人の責にするなど……呆れて物も言えませんね」

 あぁ、それと。と彼女は続けた。

「こちら婚約破棄の書類です。坊ちゃまが公爵様に願い出て了承され、貴方様の有責で破棄されることになりました。まあ、当たり前ですよね。運命の番を蔑ろにするαのそばに居たいと思うはずございませんから」

 長年我慢なさっていたのは、坊ちゃまの慈悲ですわ。坊ちゃまとの時間が惜しいので、失礼いたします。

 そう言い放ち、彼女は去っていった。
 彼女がいなくなった後、声も出せず呆然と立ち尽くしていた。婚約破棄を知らす紙だけが、やけに重たくのしかかった。





 それから季節が二度巡った頃、一人のΩが長い眠りについた。享年16歳。若すぎる死だった。
 彼を死に追いやったとされるαは、誰とでも寝るαとして浮き名を流していたこともあり、あまりにもΩが可哀想だと社交界で糾弾され、やがて姿を消した。
 その後の彼の行方は、誰も知らない。



◇◆◇◆◇



 森の中にある一軒家を訪ねて三十代らしき一人の男がやって来た。

「すみません。『可視化』の祝福を持つ子がいると話を聞いたのですが……」

 カランと乾いた音を立てて開いた扉の隙間から、怪訝そうな女性が顔を覗かせた。男性を検分するように上から下へじろりと見やり、鼻に皺を寄せた。

「なんだい、こんな山奥までわざわざやって来て馬鹿にしに来たの? それとも、アンタもあの子を怪物だって罵りたいわけ?」

「ち、違います……!わ、私はただ、番が同じ祝福で苦しんでいたので、何か少しでも知りたくて……!」

 草臥れた様子の男性は焦っていた。藁にでも縋るような勢いに、家主の女性は後ずさる。
 だが扉は閉められず、何か思うところでもあったのか、溜息を溢して、外でならと話を聞くことにした。

「で、アンタの番さんはどうしたんだい」

 近くの木の根元に腰を下ろしたっきり口を閉ざした男性に、肩をすくめた女性は同じように腰を下ろして話しかけた。世間話程度のつもりだった。

「……」
「用があって来たんじゃないのかい。何も言わないなら、とっとと帰んな」
「いえ……わ、私が、悪かった、んです。……運命の番に舞い上がって、年下で相手はまだ子供だったから番なくて……。未熟な自分はそれに耐えられなくて、彼に怒られても仕方がないことをしました」

 男性は背中を木に預けて、懺悔するように話し始めた。女性に聞かせるでもない。自分に言い聞かせるように話す男性を、女性はじっと見つめた。

「信用、されてなかったんです。当たり前ですよね。誰だって嫌だった。そんなことすら分からない、理解しようとしていなかった。浮気だって突きつけられて怒られた方がマシだった。優しい番に甘えていたんです。運命だから、大丈夫だろうって。彼は自分から離れないと思い込んで……」

 ぐずぐずと鼻を鳴らす男性を女性はバッサリと切り捨てた。

「それを私に言ってどうする? 『可視化』のことを聞きたいんじゃなかったのかい。懺悔なら教会でやってきな。そんな話を聞いてやるほど私は暇じゃなんだよ」

 座り込んでいた場所から立ち上がり、汚れた裾を手で払う。次いで男性に目を向けた。

「アンタの番が視えていたものが何なのか知らないけどね、私の子はとっても綺麗好きなんだよ。小さな汚れもなんでも見つけてくるのさ。靴の裏についた汚れ、家具の奥に溜まった埃、果物の傷み始める箇所を当てた時はビックリしたよ。『あと三日で痛むから早く食べた方がいいよ』って。でもおかげで色々助かってる」

 あの子も、自分の力が役に立ったって、喜んでるよ。
 そう言って快活に笑う女性を、驚いたように男は見た。番を苦しめるだけで、なにも良いことなんてない力だと思っていた。

「泣きべそが治ったらまた来な。あの子に会わせてやってもいい。あの子が嫌がれば叶わぬ話だが……まあ、アンタが知りたいことも聞けるだろうさ」

 そう言って女性は、明るい家の中へと帰って行った。
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