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【8話】
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「それで調査の方はどうなったのだ?」
豪奢な椅子に体を預け深く座る銀髪にエメラルドの瞳を持つ青年の迫力に、その場に居た者は全員が膝をついて頭を上げられずにいた。
第1皇太子妃とてそれは同じだ。
本来はこの部屋の主であり椅子の本来の持ち主の第1皇太子妃ですら頭を垂れている。
「精霊使いに調べさせたところ、精霊の気配はあれど使役するための術式の魔力粒子は無かったそうです」
魔導士らしき黒のローブを纏った20代半ばであろう青年が主に答える。
「魔力粒子の残骸すらないのなら精霊魔術どころか普通の魔術でもましてや法術ですらありえない。それでも風の魔術で襲われたと言い張るか?第1皇太子妃?」
冷たい声が降ってくる。
まるで部屋の中まで温度が下がったように感じられた。
今顔を上げると氷点下のような冷たい視線が降ってくることを確信して、頭を上げる者は存在しない。
「しかし確かにあの宦官は”シルフ”と言ったのです!風の精霊の名前を!直後に強風が吹き荒れて私を襲いました!」
「精霊の名を呼び風が吹いた。確かにその一連の流れでしたら精霊魔法と考えられるでしょう。しかし精霊魔術は使用すると使用者の魔力粒子が残ります。第1皇太子妃が襲われたと言う場所ではそれは皆無でした。偶然の産物としか言いようがないですね」
「と、このように国で3本の指に入る魔術師のエーテルが言っているのだがそれでも納得は出来ないと?私の側近の言葉が信じられないと申すのか?」
「ですが、ですが!そのせいで私は辱められました!」
「ほぅ、どう辱められたと?」
「それは、口に出すのもはばかられます。皇太子さまのお耳を穢す話はできませぬ…」
「ならこの件は不問だ。あまり私に厄介ごとを持ち込まないでもらおうか皇太子妃よ」
「申し訳ありません……」
冷たい夫の言葉に第1皇太子妃-カスタットは唇を噛み締めた。
これ程の侮辱は初めてであった。
だが風にスカートが捲られ何人もの男に恥部を見られたなど口に出せる訳がない。
ただでさえ皇太子とはいまだに体の関係はないのだ。
素肌を見られたことすらない。
言えるはずなどなかった。
因みにアレ以来、カスタットのドレスのスリットは足の付け根から股下5cm程に変わっている。
相当にショックであったのだろう。
カスタットが5年前嫁いできたころから既に皇太子の体は弱っていた。
とてもではないが夜の勤めも果たせぬほどに。
時がたつにつれて皇太子の体は弱っていった。
なのでカスタットはほぼ王宮の自室で過ごす皇太子と交わりを果たすところか、ろくに会話もした事が無かった。
ゆえにこの後宮では書面の上でこそ皇太子妃としてで扱われているが、本来なら白い結婚。
いつ後宮が解体されてもおかしくない状況だったのである。
もちろん皇太子は他の皇太子妃とも白い結婚だ。
長く生きれぬであろう己の体で後宮は必要ないと皇太子は思っていたが、早く孫の顔を見せてくれと願う父王や王妃をむげには出来なかった。
また皇太子自身も自分の体が弱い事を知られぬよう欺いてきたので、父王や王妃が自分を愛してくれているが故のその願いを受け入れてしまった。
だがどうしても生きるだけで精いっぱいで子供を作るなど、皇太子には無理だった。
まず誰もが甘い香を焚いており、それを肺に吸い込むと吐き気がした。
薄着の寝着を着た女の肉が良く乗った体を見て、ガリガリの自分お肌をさらす気になれなかった。
何より昼に未来の王としての執務の仕事と勉強で疲れている身に、女相手に欲情を覚えるほどの体力が残っていなかった。
なので皇太子妃とはお茶だけ飲んで部屋から去るのが続いた。
そのうち媚薬を茶に盛ってくる者もいたがすべて吐いてしまい結局目的は果たせずだ。
やがて皇太子の脳裏から後宮のことは消えていた。
今回たまたま第1皇太子妃が”宦官に襲われた”と言うので様子を探りに来ただけだ。
骨と肉と内臓に走る痛みを伴って。
「ではコレで話は終わりだ。私は帰らせて貰う」
椅子から立ち上がり皇太子は扉の方へ向かう。
「お待ちくださいルクティエス皇太子!」
「我々が護衛を致します!」
部下たちの言葉を置き去りにルクティエスは扉を開け1人で出ていく。
すぐに護衛達が扉から飛び出したがそこにルクティエスの姿は無かった。
:::
「今日は遅かったな」
「あぁサイヒ、今日も待っていてくれたのか」
サイヒの声を聴いて、ルクティエス、いやルークは蕩ける様な笑顔を浮かべた。
「ほら、早く来い」
サイヒが壁を背もたれにして胡坐をかいている。
その上にルークは座る。
首筋に顔を寄せる。
(あぁやっぱりサイヒの匂いは落ち着く……)
「先にハンカチを渡しておく」
「有難うサイヒ」
これでルークは今夜も安眠できるだろう。
だが豪奢なフカフカのベッドで眠るよりも、ルークはサイヒに抱きかかえられての15分ほどの昼寝の方が気にいっていた。
「♪~♫~~…」
サイヒの口から落ち着いたアルトの声でメロディが紡がれる。
耳に優しい子守唄だ。
ポンポンと背中を一定のリズムで優しく叩かれる。
「おや、す、み……」
その心地よさにルークはすぐに眠りに落ちた。
その間にサイヒは【解毒】と【回復】の魔術をルークにかけてやる。
サイヒが初めて【解毒】して1週間ほどになるが、ルークは会うたびに毒物で内臓が汚染されている。
今までが酷すぎた為に少量の毒では自覚症状がないようだ。
「毎日毒物を摂取されるアンタは何者なのだろうな?まぁアンタの身分に何て興味もないが、私と居る時に癒されると言うならこれくらい毎日でも付き合ってやるさ」
ルークの左手首にはめられた水晶のブレスレットを撫で上げ、サイヒは優しい声で呟いた。
豪奢な椅子に体を預け深く座る銀髪にエメラルドの瞳を持つ青年の迫力に、その場に居た者は全員が膝をついて頭を上げられずにいた。
第1皇太子妃とてそれは同じだ。
本来はこの部屋の主であり椅子の本来の持ち主の第1皇太子妃ですら頭を垂れている。
「精霊使いに調べさせたところ、精霊の気配はあれど使役するための術式の魔力粒子は無かったそうです」
魔導士らしき黒のローブを纏った20代半ばであろう青年が主に答える。
「魔力粒子の残骸すらないのなら精霊魔術どころか普通の魔術でもましてや法術ですらありえない。それでも風の魔術で襲われたと言い張るか?第1皇太子妃?」
冷たい声が降ってくる。
まるで部屋の中まで温度が下がったように感じられた。
今顔を上げると氷点下のような冷たい視線が降ってくることを確信して、頭を上げる者は存在しない。
「しかし確かにあの宦官は”シルフ”と言ったのです!風の精霊の名前を!直後に強風が吹き荒れて私を襲いました!」
「精霊の名を呼び風が吹いた。確かにその一連の流れでしたら精霊魔法と考えられるでしょう。しかし精霊魔術は使用すると使用者の魔力粒子が残ります。第1皇太子妃が襲われたと言う場所ではそれは皆無でした。偶然の産物としか言いようがないですね」
「と、このように国で3本の指に入る魔術師のエーテルが言っているのだがそれでも納得は出来ないと?私の側近の言葉が信じられないと申すのか?」
「ですが、ですが!そのせいで私は辱められました!」
「ほぅ、どう辱められたと?」
「それは、口に出すのもはばかられます。皇太子さまのお耳を穢す話はできませぬ…」
「ならこの件は不問だ。あまり私に厄介ごとを持ち込まないでもらおうか皇太子妃よ」
「申し訳ありません……」
冷たい夫の言葉に第1皇太子妃-カスタットは唇を噛み締めた。
これ程の侮辱は初めてであった。
だが風にスカートが捲られ何人もの男に恥部を見られたなど口に出せる訳がない。
ただでさえ皇太子とはいまだに体の関係はないのだ。
素肌を見られたことすらない。
言えるはずなどなかった。
因みにアレ以来、カスタットのドレスのスリットは足の付け根から股下5cm程に変わっている。
相当にショックであったのだろう。
カスタットが5年前嫁いできたころから既に皇太子の体は弱っていた。
とてもではないが夜の勤めも果たせぬほどに。
時がたつにつれて皇太子の体は弱っていった。
なのでカスタットはほぼ王宮の自室で過ごす皇太子と交わりを果たすところか、ろくに会話もした事が無かった。
ゆえにこの後宮では書面の上でこそ皇太子妃としてで扱われているが、本来なら白い結婚。
いつ後宮が解体されてもおかしくない状況だったのである。
もちろん皇太子は他の皇太子妃とも白い結婚だ。
長く生きれぬであろう己の体で後宮は必要ないと皇太子は思っていたが、早く孫の顔を見せてくれと願う父王や王妃をむげには出来なかった。
また皇太子自身も自分の体が弱い事を知られぬよう欺いてきたので、父王や王妃が自分を愛してくれているが故のその願いを受け入れてしまった。
だがどうしても生きるだけで精いっぱいで子供を作るなど、皇太子には無理だった。
まず誰もが甘い香を焚いており、それを肺に吸い込むと吐き気がした。
薄着の寝着を着た女の肉が良く乗った体を見て、ガリガリの自分お肌をさらす気になれなかった。
何より昼に未来の王としての執務の仕事と勉強で疲れている身に、女相手に欲情を覚えるほどの体力が残っていなかった。
なので皇太子妃とはお茶だけ飲んで部屋から去るのが続いた。
そのうち媚薬を茶に盛ってくる者もいたがすべて吐いてしまい結局目的は果たせずだ。
やがて皇太子の脳裏から後宮のことは消えていた。
今回たまたま第1皇太子妃が”宦官に襲われた”と言うので様子を探りに来ただけだ。
骨と肉と内臓に走る痛みを伴って。
「ではコレで話は終わりだ。私は帰らせて貰う」
椅子から立ち上がり皇太子は扉の方へ向かう。
「お待ちくださいルクティエス皇太子!」
「我々が護衛を致します!」
部下たちの言葉を置き去りにルクティエスは扉を開け1人で出ていく。
すぐに護衛達が扉から飛び出したがそこにルクティエスの姿は無かった。
:::
「今日は遅かったな」
「あぁサイヒ、今日も待っていてくれたのか」
サイヒの声を聴いて、ルクティエス、いやルークは蕩ける様な笑顔を浮かべた。
「ほら、早く来い」
サイヒが壁を背もたれにして胡坐をかいている。
その上にルークは座る。
首筋に顔を寄せる。
(あぁやっぱりサイヒの匂いは落ち着く……)
「先にハンカチを渡しておく」
「有難うサイヒ」
これでルークは今夜も安眠できるだろう。
だが豪奢なフカフカのベッドで眠るよりも、ルークはサイヒに抱きかかえられての15分ほどの昼寝の方が気にいっていた。
「♪~♫~~…」
サイヒの口から落ち着いたアルトの声でメロディが紡がれる。
耳に優しい子守唄だ。
ポンポンと背中を一定のリズムで優しく叩かれる。
「おや、す、み……」
その心地よさにルークはすぐに眠りに落ちた。
その間にサイヒは【解毒】と【回復】の魔術をルークにかけてやる。
サイヒが初めて【解毒】して1週間ほどになるが、ルークは会うたびに毒物で内臓が汚染されている。
今までが酷すぎた為に少量の毒では自覚症状がないようだ。
「毎日毒物を摂取されるアンタは何者なのだろうな?まぁアンタの身分に何て興味もないが、私と居る時に癒されると言うならこれくらい毎日でも付き合ってやるさ」
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