聖女の力を姉に譲渡し国を出て行った元聖女は実は賢者でした~隣国の後宮で自重せずに生きていこうと思います~

高井繭来

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【56話】

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「マロン様!治癒用のポーションの用意をお願いいたします!」

 そう声を荒げてマロンの宮に入ってきたのは、ルークを抱えたクオンだった。

「殿下、お座りください。冷えたタオルを用意します」

 ルークをソファの定位置に座らせるとクオンは冷蔵庫の中のおしぼりを取り出し、それでルークの頬を冷やした。

「何があったのですかコーン様?」

「サイヒがルーク様に手を上げた…」

「お兄様が!?」

 おしぼりを離すとルークの頬は見事に赤く腫れていた。
 生気のない目から涙を流す姿と相まって、それは酷く同情を誘う光景だった。
 このルークの姿を見たら、誰でもこんな風にルークを追いやった相手に怒りがこみ上げるだろう。
 事実、クオンの目にもサイヒへの怒りが宿っていた。

「見せて下さい。まぁこれは随分…お兄様も手加減しましたのね」

「なっ!?」

 マロンの言葉にクオンは信じられないモノを見たと言うように、目を見開き声を詰まらせる。

「マロン様、何をおっしゃっているのですか!?殿下の頬がこんなにも腫れているのですよ!?」

「あら、でもお兄様がその気になればデコピン1つでドラゴン退治も出来ますのよ?むしろ頬が赤くなっただけなんて、どれだけ手加減をしたのやら、です。
そしてお兄様は無暗に手を上げる方ではございませんわ。己の力を良く知っているからこそ力を無暗に振るいません。
そのお兄様が手加減したとはいえ半身のルーク様に手を上げた…ルーク様、お兄様に何を致しましたの?」

 可憐な少女から発せられているとは思えない冷たい声だった。
 いつも柔らかな笑みをたたえているその表情もスッ、と感情を無くしている。
 そこで初めてクオンはマロンが怒っているのだと気付いた。

「サイヒを、奪われたくなくて…無理矢理に己の物にしようとした……」

「!」

 ルークの言葉に目を見開くクオン。
 まさかルークがサイヒに危害を加えようとするなど想像もしていなかったのだ。

「それでお兄様は何処に?」

「私が目を覚ましたら戻ってくる、と姿を消した…私は、己の愚かな行いのせいで、1番大事なモノを無くしてしまった!ずっと、ずっと傍にいて続けてくれるのだと甘えて、最後の一線を踏み越えた!」

 エメラルドの瞳から絶え間なく涙が零れる。
 零れ落ちた水は戻らない。
 己の過ちも同じだ。
 ルークは頬が痛いのではない。
 心が痛くて涙が止まらないのだ。

「ルーク様、失礼いたします」

 マロンが断りの言葉を入れてルークの前に来る。

 パァッン!

 そしてルークの腫れていない方の頬をぶった。

「ま、マロン様!?殿下!!」

 愛する少女が己の主に手を上げたのだ。
 クオンが混乱しても仕方がない。

「これは温情ですわルーク様。第3皇太子妃として、今回だけこの権力を使わせてもらいます。妻が夫をぶったくらいで大きな問題にはならないでしょう?」

「マロン…?」

「お兄様は戻ってくる、と仰ったのですよね?なら何故その言葉を信じないのですか?最後の一線を踏み越えた?馬鹿にしないで下さいまし!私のお兄様の底はそんなに浅くありませんわ!目を覚まして欲しいと言われたのでしょう?
なら何故前を向かないのですか!?お兄様を取り戻したくないのですか?半身を失って良いのですか?ルーク様が今やることはお兄様を取り戻すために、お兄様に認められる事でしょう!?」

「無くしたくない!取り戻したい!だが、だったら私は何をもってサイヒに誠意を示せば良いのだ!?もうサイヒはココに居ないのに!どこかえ消えてしまったのに!」

「分からないなら考えて下さい!ここにお兄様が居ないなら探して下さい!誠意なら、最初からルーク様は持っていらっしゃるでしょう!
誰よりも強くて美しくて優しいお兄様を敬うのではなく、1人の少女として愛してる1人の男としての情が!お兄様を普通の少女として抱きしめる両腕が!
お兄様はこれからもルーク様の重荷を一緒に背負い続けるでしょう。
なら誰がお兄様の重荷を一緒に背負うのですか?それはルーク様を置いて他にならないでしょう?
お兄様に背負えぬ重荷などきっと存在しないでしょうけど。
でもお兄様を敬うのではなく、崇めるのではなく、1人の人間としてルーク様は愛した。だからお兄様はルーク様を半身として愛しているのでは無いですか!
ルーク様と居る時だけはお兄様は1人の少女になれるのではないですか!
答えなら最初から出ています!ルーク様がお兄様をただひたすらに愛する、それが答えでしょう!?」

「私の前でだけ…1人の少女でいられる……?」

「頑なに隙を見せないお兄様が、ルーク様にだけは全てを曝け出します。
私にとってそれがどれだけ羨ましいかなんてルーク様は考えた事も無いでしょう?
それほどお兄様はルーク様を、半身を想っておられるのですよ」

 ルークの瞳の淀みが消えた。
 そのエメラルドの瞳に宿るのは強い意志の光。

「アンドュ兄さんと和解する。そしてサイヒを探し出して、謝罪をして、受け入れてくれるまで何度でも言葉を伝えて、無理やりにでも連れ帰る!」

「殿下……」

 瞳に光を取り戻したルークの姿にクオンは眦を滲ませる。
 子供の成長を感慨深く感激する親の姿にそれは近い。

「殿下、無礼を働いたことを謝罪いたします」

 マロンが頭を垂れる。

「いや、マロンのお陰で目が覚めた。マロン、其方は私には勿体ない妻だった。叱咤激励を有難う」

「お兄様がいない今、少しでも変わりが務まったなら手を痛くしたかいがありますわ。人を叩くと己の手も痛いのですね…」

「サイヒの手も痛かったのだろうか…」

(いや、ソレは無い。ドラゴンをデコピンで倒す人外の手を痛くする方法など探す方が難しい…)

 感慨深げな主の言葉に心の中でクオンは訂正を入れた。

「コーン様、こんなはしたない女は嫌いになりましたか…?」

 先程の激情は何処へやら、マロンは殊勝にクオンをおずおずと見る。
 皇太子の頬を叩いて説教した人物とは思えない。

「いえ、惚れ直しました。俺が道を踏み外した時も頬をぶって下さい」

「手が痛いからいやですわ。だからぶたれる様な事をコーン様はしないで下さいましね?」

 おどけて見せるマロンの可愛さにクオンはこの場で抱きしめたくなった。
 半身と引き離された主の前なので思い留まったが。

「クオン、マロンはイイ女だ。幸せにしろ」

「当然です。でも主より早く幸せになる訳にもいかないので、早くサイヒを取り戻して下さいよルーク様」

「あぁ、まずは兄さんとの蟠りを解消してくる。手段はどうであれ、私を守り続けてくれたのだから、兄さんと昔のように仲良くしたい」

「アンドュ様と仲直りしたら皆でお兄様を迎えに行きましょう!」

「あぁ、皆でサイヒを迎えに行こう!」

「それでは早くサイヒの居場所を見つけないといけませんね。長引くとサイヒがまた人を誑しかねません」

「「それはダメだ(です)!!」」

 ルークとマロンの声がハモる。
 流石にこれ以上ライバルを増やしたくはない。
 サイヒの事にかんしては2人は互いを置いては同担拒否なのだ。

 何時もの暖かな空間が生まれる。
 そして皆がサイヒを迎えに行くため捜索に乗り出すだろう。

 その会話を聞きながらサイヒは遠くの国でニヤニヤと笑みを浮かべているとは思いもせずに。

 サイヒが盗聴の魔術を使えることは皆の頭の中から消えていたのだから。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 マロンちゃんのビンタが炸裂!!
 ルークは戒めの為あえてポーションで腫れた頬は治さない方向で。
 今回のクオンは吐血なし。
 吐血するタイミングすら逃してひたすらビックリΣ(゚Д゚)
 後で思い出し吐血(何ぞそれ?)をすること間違いなしです!!

PS
 そのときサイヒは?は「聖女が今日もウザいです~」にて(笑)
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