聖女の力を姉に譲渡し国を出て行った元聖女は実は賢者でした~隣国の後宮で自重せずに生きていこうと思います~

高井繭来

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【57話】

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 コンコンコン

 扉をノックする。
 ここはアンドュアイスの執務室だ。
 サイヒの前でだけ幼児化を起こしたアンドュアイスだが、執務は日常通り続けている。
 元々仕事が出来る有能な男だ。
 サイヒと居る姿を見れば、皆が度肝を抜かれるだろう。

「入れ」

 短い返事が返ってくる。 
 その声は鼓膜を心地よく震わせるテノールだ。

「失礼します兄さん」

 扉を開けて入ってきたのは頬を腫らしたルークだった。
 頬を赤くはらしていてもルークの美貌は健在だ。
 若干、赤い頬が気になるが…。

「お前たちは下がっていろ。30分で話は終わらせる。ソレに合わせて戻っていくれば良い」

「「「御意」」」

 アンドュアイスの直属の部下たちが敬礼し、執務室を出て行く。
 美しい姿に王族の威厳、ソレはルークが憧れ続けたアンドュアイスの姿だった。
 だがすぐにソレがアンドュアイスの鎧なのだと思い知らされる。
 人払いしたアンドュアイスの表情は迷子の子供のようだった。

「ルーク、座ってて。お茶入れるから…」

 給湯室でティーパックを使い簡単なお茶を淹れる。
 王族であるのに無駄に高い茶葉を嗜んでいないらしい。
 時間の短縮にもなるので一挙両得だ。
 味は高い茶葉に格段に劣るだろうが…。

「お茶の味の保証は出来ないけどクッキーは美味しいから。クオンから貰ったんだ。クオンの彼女のマロンちゃんに貰ったやつだから、美味しいよ?」

 コテリ、とアンドュアイスが小首を傾げる。
 まるで幼い子の仕種だ。
 それを懐かしく思う。
 ルークを構っていてくれた、子供の頃のアンドュアイスの姿が重なって見えるからだ。

「頂きます」

「どうぞ」

 ニッコリとアンドュアイスが微笑む。
 幼い頃、ルークが大好きだった笑顔も変わっていない。

「ルーク、頬どうしたの?痛そうだよ、治さないの?」

「サイヒとマロンを怒らせてぶたれました。己の浅はかさが原因なので戒めに治していません。自然治癒を待ちます」

「サイヒが怒ったの?…僕のせいだよね……」

「違います!いえ、最初はそうですが…私がサイヒに乱暴を働いたから、当然の結果です……」

「でもルークが痛いのは僕が嫌だよ」

 アンドュアイスの手がルークの頬へ伸びた。
 そして心地良い温かさがルークの頬を覆った。

「痛みが…消えた……」

「簡単な【治癒】だから痛みを少し取るくらいしか出来ないけど…」

「いえ、有難うございます」

 そう言えば子供の頃、擦りむいた傷をアンドュアイスの法術で治して貰ったことがあった。
 あの頃から、この兄は何も変わっていない。

「僕が悪い事いっぱいしたから、ルークとサイヒが喧嘩しちゃったんだよね?僕がいなくなれば又仲直り出来る?」

「いえ、兄さんが居なくなったらサイヒは余計怒りますよ。”無垢な子供を虐めるな”と」

「僕、1番年上なのに…」

 しょんぼりと肩を落とすアンドュアイスに庇護欲が湧き上がる。
 この感覚をサイヒも感じていたのだと、ルークは今なら理解できる。
 こんな無垢な子供を放っておけるはずがない。
 ”利用されていた”なら尚更だ。

「兄さんは悪い子なんかじゃないです。クオンから渡されました」

 そう言ってルークが懐から取り出されたのは3つの黒い宝石だ。

「それは何?」

「兄さんに移植されていた魔石です」

「え、僕知らない…」

「サイヒが抜き取ったようです。【記憶封印】【思考浸食】【痛覚遮断】の3つの術が込められていたそうです。精霊眼を持つクオンが兄さんに時折黒い魔力残留子を感じていたのはコレが発動した時のようです。
兄さんは私を排除するように思考を侵食されていました。
でも私はこうして生きています。
呪に侵されながらも、兄さんは出来る範囲で全力で私の事を守ってくれていました。
ソレに気付かずに私はただ兄さんがサイヒの隣に居たことで憎しみを抱きました。
貴方に比べて何て己の醜い事か…自分で自分が嫌になります。サイヒに愛想をつかされて当然ですね」

 吐き捨てる様に言うルークの頭を温かい手が撫でる。

「ルークはイイ子。何時も頑張ってるイイ子だよ?サイヒはルークがイイ子って知ってるから、ルークの事を嫌いになったりなんかしないよ。
ルークはイイ子だし、サイヒはすっごく優しいから。
僕はルークもサイヒも好きだから、2人が仲良くしている所が見れる方が嬉しいよ?だからルークはサイヒにごめんなさいしよーね」

 笑顔でルークを慰めるアンドュアイスをどうして嫌う事が出来ようか。
 人払いした30分。
 ルークは空白の10年間を埋める様にアンドュアイスと語り合った。

「一緒にサイヒを迎えに行きましょうね兄さん」

「うん!ルークの隣にはサイヒが居た方が僕はすっごく嬉しいよ」

 アンドュアイスの言葉に、ルークは笑顔でその思いに答えた。
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