聖女の力を姉に譲渡し国を出て行った元聖女は実は賢者でした~隣国の後宮で自重せずに生きていこうと思います~

高井繭来

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そして全能神は愉快犯となった

【148話】

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「リリーさまぁー♡」

 セツナは走った。
 広場に出れば、空色の髪に翡翠の瞳を持つ大好きな美少年が居たからだ。

「おぉセツナ、無事だったか?」

 セツナの声に振り向いた美少年は柔らかな笑みを浮かべる。
 
「はぁん♡」

「おぉぅ♡」

「ふぁん♡」

 その笑みと甘いアルトの声だけで周囲の者たちの腰が抜けた。
 腰以外が抜けた者もいるだろう。
 ナニがとは言わないが…。

 だがセツナはその胸に飛び込まんと勢いをさらにつけて走った。

「ぐぇっ!」

 蛙が踏みつぶされたような声をセツナは出した。
 襟で首が締まっている。
 宙ぶらりんの恰好でセツナはリリーに駆け寄るべく足をバタバタとさせた。

「だえ、じゃましゅるのっ!?」

 首が締まっているのに本当に強い子である。
 いや、強すぎる。
 セツナは5歳児なのだ。
 恐ろしい目にあい、戦い抜いた疲れた体と心で、まだ恋の力でリリーに向かおうとするのだから。

 だが自分を持ち上げている人物を見てセツナはたちまち借りてきた猫になった。
 ブルブルと体を震わせて手足を縮こまらせる。
 顔も真っ青である。
 先ほどまで大の大人の群れと1人で戦っていた幼児が、である。

「せ、せんせー……」

「リリーさんに、何をしようとしたのかな、セツナ?」

 夜の闇に染められたような黒髪。
 エメラルドの瞳。
 柔和な顔立ちは美の神にも愛されるだろう。
 優し気な顔立ちなのに、その体躯はしっかりと鍛えられていてまた長身でもある。

「「「「「「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ♡♡♡」」」」」」」」」」

 その青年を見てその場にいた女性、いや、性別が女である者は皆黄色い悲鳴を上げた。
 夫にしたいランキングNO3のドラジュ・フワーラがそこに居たからだ。
 奇しくもここに、夫にしたいランキングTOP3が揃ったのである。
 美形の博覧会だ。

 だがセツナには自分を持ち上げている「せんせー」の存在に身を竦ませている。
 ガタガタと体を震わせてマナーモードになりながら。
 
 こうしてみるとセツナも年相応の幼児である。
 怖いものは怖い。
 セツナにとってドラジュは恐怖な対象であって、決して黄色い悲鳴を上げる存在ではない。
 セツナにとっては断末魔の悲鳴をあげる対象だ。

 何時も容赦なく鍛えてくれる「せんせー」
 笑顔で容赦なく煽ってくる「せんせー」
 泣くセツナに「痛みがあるのは生きてる証だよ」と回復法術も特訓が終わるまで許してくれない「せんせー」

 そうドラジュはセツナの体術の先生なのだ。
 そして最大の恐怖対象である。
 そのドラジュが怒っている。
 何に怒っているのか?
 セツナは分かっている。
 リリーに抱き着こうとしたことだ。

 そう、セツナは知っている。
 自分の先生が「マザコン」であることを。
 たとえ幼児が相手でも愛する母親の胸は貸さない。
 父親にも威嚇するほど「マザコン」なのだ。
 唯一ドラジュが母親以外に心を許すのは古代種と呼ばれている女性にだけである。

「セツナは、りりーさまにだきつこうとしてないです」

「ですよね」

「セツナは、とらえられているみなをたすけようとしただけです」

「ですよね」

 ニコニコ笑う美形の男が怖い。
 セツナはもう涙目である。
 「せんせー」が怖くて堪らない。

「苛めるなドラジュ、ふふ、頑張ったなセツナ」

 セツナの甘栗色の頭をリリーの綺麗な手が撫ぜる。

「ふわぁぁぁぁリリーさまぁぁぁぁぁあ♡」

 プシュー、と頭から湯気を出してセツナが茹蛸の様に真っ赤になった。
 5歳と言えど乙女は乙女。
 好きな相手に撫でられて心がときめかない筈が無い。

「リリーさん、甘やかさないで下さいよ」

「マロンとお前が厳しすぎるから何処かで甘やかしてやらんと可哀そうだろう?」

 リリーは知らない。
 リリーが甘やかすからドラジュが厳しいことに。
 マロンは母親として厳しいだけだが、ドラジュのそれは嫉妬からも来ている。

「僕が5歳のころは貴方はもう大人と接する態度でしたよ?」

「お前達は子供の癖に大人びていたからなぁ、甘やかす間もなかった。何だ、甘やかして欲しいのか?」

「もう良いですよ。今僕が甘やかして欲しいのも甘やかせたいのもユラさんだけですから」

「ふふ、ほらお前はもう大人だ」

「ほわぁ~リリーしゃまぁ~♡」

 ドラジュとリリーの2ショットに女性陣が黄色い悲鳴を上げている中、セツナはドラジュの小脇に抱えられて恍惚の表情で意識を飛ばしていた。

 クオンが遠目で死んだ目でそれを見ていたが、仕事ができる男はそんな時でも周囲に指示を出しやるべき事をこなすのだった。
 胃も痛いが心も痛い、娘を持つ父親はどんな時でも仕事ができる不憫だが有能な男だったのだ。
 魔王の副官に幸あれ………。
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