男として育てられた公爵家の令嬢は聖女の侍女として第2の人生を歩み始めましたー友人経由で何故か帝国の王子にアプローチされておりますー

高井繭来

文字の大きさ
40 / 109

38

しおりを挟む
 フレイムアーチャには名産物がある。
 それが聖女が住まう神殿で作られている”シスターハナ・クッキー”である。
 素朴ながら美味しい。
 芳醇なバターの香りが口の中に広がって1枚、もう1枚と気付けば1袋食べつくしているなんてザラである。
 そして大陸1の大帝国であるガフティラベル帝国。
 その王位継承権第1位の皇太子様がこのクッキーをお気に入りだったりする。

 その皇太子様が本日は夜ではなく昼にフレイムアーチャを訪問していた。
 国事ではない。
 私情である。
 なので国の外れの草原に居る訳だ。
 そしてお気に入りのクッキーをモキュモキュ咀嚼している。

「主殿、このチョコレートは最高なのじゃ!」

「うん、美味しいねルインさん。ドラゴンでもチョコ美味しいのね?」

「食べれる物なら何でも食べるが妾は甘いものが特に好きなのじゃ!今日のチョコレートはTOP3に入るのじゃ」

「舌肥えてんね。それガフティラベル帝国のナンバー1パティシエが作った数量限定の馬鹿高いチョコなのよ…平民じゃ給料3か月分かかるくらい高級ね?もうソレ、エンゲージリングの値段だよね!?」

「え~エンゲージリングはちゃんともっと高い奴にするよ?」

 ニコーーーーーッ

 物凄い近くで目が眩まんばかりの美形がルーシュを凝視している。
 外見は芸術家が丹精込めて掘った石造の様に美丈夫なのに、喋り方が幼い。
 どこか舌足らずである。
 声は腰にクるテノールボイスであるにかかわらず。
 それが似合うから困るのだ。
 凛々しい大型犬に保護欲が湧く、そんな感じだ。

 お前厳ついけど可愛らしいな、となるアレだ。

 それにしても…。

「アンドュ様ってバレンタインとか意識するんですね…」

 意外である。
 女嫌いだからバレンタインも嫌いだとルーシュは思い込んでいた。

「美味しいの食べるのは嫌いじゃないよ?バレンタインはいっぱいチョコの種類あるから好き♬でも人がくれるのは何が入ってるか分からないからきらーい」

「何か入っていた事あるんですか?」

「えーと、何て言うんだっけ…やく、ヤク、そうビヤクだ~。あれしんどいから嫌い」

 プクッと頬を膨らます。

 何かと発言と行動が真逆でどちらに合わせて対応すればよいのか困る。
 しかし、媚薬…。
 ルーシュはそりゃ入れる奴いるわな、と思った。
 思ったと同時に残念い思った。

「私もチョコレート買っておけば良かったですね…」

「え、バッグに入ってるチョコくれないの?」

 アンドュアイスの犬耳と尻尾が項垂れた。
 ちなみに幻覚である。
 今やアンドュアイスの身近なものは皆この幻覚に慣れてしまって誰も突っ込まない。
 それにしてもそんなに残念そうな声出さなくても、とルーシュは悪いことをした気になる。
 いや、まだしていない。
 する直前だった。

「コレは…手作りなのでアンドュ様は嫌でしょう?」

「何で?」

「手作りですよ?」

「うん、知ってるよ?」

「アンドュ様は手作りのチョコ、嫌いでしょう?」

「嫌いだけどルーシュのチョコは欲しいよ?」

「何、で…ですか?」

「ルーシュのチョコなら何入ってても大丈夫だから。それとも何か入れてるの?」

「イ、入れてな……」

(何かすっごいキラキラした眼で見られてる!!)

 そしてルーシュはアンドュアイスが欲している言葉を知っている。
 孤独だったアンドュアイスが欲しかったのは。

「愛情をたっぷり入れてます………」

「嬉しい!ルーシュ大好き♡」

 幼い頃に歪んだ愛情しか与えられなかったアンドュアイスは綺麗な愛情に貪欲だ。
 だからアンドュアイスに親のように愛情を与えるサイヒに懐いた。
 愛情たっぷりの料理をくれるマロンに懐いた。
 ではルーシュは?

 考えてルーシュは顔面が赤面するのが分かった。

 アンドュアイスがルーシュにも止めているのは恋の愛情。
 ドロドロしたものでなく、一緒に綺麗なものを見続けたい愛情。
 大切に綺麗に汚さずに守っていきたい愛情。
 何て純粋な愛情なのか。

 ルーシュは自分がソレを受け取るのに価するのか、何時も悩んでしまう。
 だってルーシュは皆みたいに何かを持ち合わせている訳じゃないから。
 多少剣と魔術が使える程度。
 そんな者何処にだっている。
 何故アンドュアイスは自分を選んでくれたのだろう?
 サイヒの友人だから?

(あぁ嫌だ、気持ちがドロドロする…アンドュアイス様に1番見せたくない感情なのに……)

「ルーシュは優しいよ。僕の事で本気で怒ってくれり、凄く大事にされてるのがわかるんだ。だから僕にルーシュを好きでいさせて?きっとルーシュにならドロドロの部分も全部ひっくるめて僕は好きになるよ!」

(あぁ眩しい)

 それはきっと稲妻の様に光に輝く金糸だけではない輝き。
 アンドュアイスそのものが輝いて見える。
 アンドュアイスと居るとこうして何もかもが輝いて見える。

「ルーシュと居るとね、色んな物がキラキラして見えるよ。だからね、ずっと隣に居て欲しいんだ!」

 満面の微笑を向けられて、ルーシュは完全に負けた。
 自分の負の感情よりアンドュアイスの無垢さのほうが俄然上である。
 敵う訳がない。

「クッキーより美味しい自信ないですからね!」

「それでも良いの。ボクが食べたいのはルーシュが作ったチョコだもん。愛情たっぷりだから絶対美味しい魔法がかかってるよ」

 ルーシュはバスケットからチョコマフィンを取り出す。
 ソレを見てアンドュアイスは瞳を輝かせた。

「どうぞ…」

「ありがとー、いただきます!」

 パクッ

 1口で思った以上に口の中にマフィンを頬張る。

「美味しいね~ルーシュはお料理の上手いお嫁さんになるよ!来年もその後もずっと僕にチョコレート作ってね」

「善処します」

 パクパクと嬉しそうにマフィンを頬張るアンドュアイスを直視できなくてルーシュは視線を逸らす。
 絶対クッキーの方が美味しかったはずだ。
 自分で味見した時にそう思ったのだから間違いない。
 しかしアンドュアイスはとびっきりのご馳走を出されたように嬉しそうに食べている。

(もしかして本当に愛情の味がするのかな?だったら、絶対今日のマフィンは世界一美味しいはずだから……)

 ルーシュはアンドュアイスを見ないようにしながら、エンゲージリング張りの値段のする高級チョコレートを口に含んだ。
 気のせいだろうが、一瞬自分のマフィンの方が美味しい気がした。
 きっと愛情の魔法がアンドュアイスから伝染したせいに違いない。
 嬉しそうなアンドュアイスを傍目に見て、勇気を出してマフィンを作ってみて良かったとルーシュは胸を撫で下ろした。
しおりを挟む
感想 197

あなたにおすすめの小説

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  お気に入り・感想、宜しくお願いします。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...