彼女の選んだ未来

椿森

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前編

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「聞きまして?また、あの方は指示だけで高みの見物だったそうよ」
「まあ!それでさも自分は働きましたと仰るなんて厚顔無恥もいいところですわね」

 煌びやかな王宮での夜会。王太子殿下の婚約者としてファーストダンスをした後に、設けられた席でパートナーを待っている。
 その間に、陰口にもならない陰口を態々聞こえるように囁く者達。暇なら踊っていればいいのに。

「それに引き換え、あのお二人はお似合いよね」
「ええ本当に。何方かとは違って福祉事業にも力を入れて、汚れることも厭わずに施しをなさっているとか」

 福祉事業、と聞いて反応してしまいそうになった。
 そもそも、その事業案はわたくしが出したはずなのに。わたくしが、自らの目で見て触れて、実情を知りたかったのに。汚れるからと、手を煩わせる必要はないと遠ざけられた。

 扇子を握る手に力が籠るが、気取られてはいけない。弱味は見せてはならない。
 無理矢理作った笑顔の先には、楽しそうに踊る2人。

 最近、怪しい動きを見せるようになった忠臣と名高かったはずの伯爵の動きを伝えた。ただ疑わしいだけでは、冤罪であった時に取り返しがつかなくなってしまう。なので、僅かばかりの確かな証拠を持って、相談した。
 気づけば、王太子殿下とは距離が出来ていた。

 今、王太子殿下と踊っているのは、彼の側近の異母妹だ。数年前に引き取られ、貴族の仲間入りをした。
 彼女は市井での暮らしが長く、良くも悪くも貴族らしくなく、苦言を呈した事は数え切れない。それを曲解して、彼女を虐げているのだと言う噂もある。
 わたくし自身、貴族として間違った事を言ったつもりもないために気にしないようにしているが、それがきっかけかはわからないが彼女と王太子殿下は急接近した。

 曰く、嫉妬深い婚約者に王太子殿下が嫌気をさしただとか、彼女の方が泣きついて王太子殿下が慰めているだとか。

 否定すればするほど、噂は本当であると印象付けてしまうこともある。しかも、彼女はわたくしの侍女でもなんでもないというのに小間使いよろしく、わたくしの周りを行き来することも噂の信憑性を持たせている原因だろう。わたくしは頼んだこともないし、断ったことすらあるのに。彼女は辞めようとはしなかったし、王太子殿下は好きにさせれば良いとさえ仰った。
 そんな様子を周囲の人間が見れば、さぞかしわたくしは悪女に見えることだろうし、実際にそう囁かれていることも知っている。

 悪意ある噂は無視しているが、傷つかない訳では無かった。

「ほら、ご覧になって。続けて踊られるみたいよ」
「やっぱり噂は本当なのね」

 ダンスを2回踊るのは婚約者のみだ。3回以上は夫婦のみ。
 今ではだいぶその縛りも緩くはなってきたが、王太子殿下の婚約者として厳しく教育されてきたわたくしにはその約束を破ることは許されなかった。なのに。
 彼女の異母兄でもある王太子殿下の側近は、控えたままに止めようともしない。周囲も少しざわつく程度で、相手が王太子殿下だから何も言うことはしない。

 噂が本当だというのならば、婚約なんて解消なり破棄なりしてくれればいいのに。

「少し、風にあたってまいります」

 傍に控えていた護衛に声をかければ頷かれる。
 でも、それだけ。
 近くのバルコニーに出るだけと分かっていても、視線はこちらを向いているが動きもしない。
 笑いそうになるのを堪えたまま、近くにいた見知った侍従にバルコニーに誰も居ないことを確認させ、カーテンを閉めた。

 きっと彼は、わたくしが1人でいるとは思わないかもしれない。いや、そもそも。
 席を離れたことにすら気づかないかもしれない。

 楽しそうに踊る2人を脳裏に描いて、自嘲した。
 無表情でわたくしと踊るよりも断然お似合いだろう。それに気心知れた側近の、感情豊かな妹だ。性格も良い。地頭も悪くないと聞く。
 四角四面に物事を淡々とこなす可愛げのない女よりもよっぽど良いだろう。

「ここは、4階だったかしら」

 バルコニーの手摺に凭れて下を覗く。
 夜の帳に覆われたそこは、まるで底なしの闇のようだ。
 この手摺を乗り越えれば、

 
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