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2.出迎え
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カバネル領は殺伐とした雰囲気の領地だった。気候に恵まれており農業が盛んなカバネル領だが、税の徴収が厳しいせいで領民は自分達の食糧さえまかなえていないらしい。
父であるパトリス・カバネルの統治は苛烈で、オマケに妹に手を出すようなクズ息子がいるせいで、領民は一切の希望を持てずにいるそうだ。記憶を失った俺の為にリーナが集めてくれた情報は、大体こんなところだった。
道すがら説明をしてくれるリーナに感謝しつつ、俺は実家に戻ってきた。戻ってきて……しまった。
領主邸へ向かう為に記憶にない家路を辿る際、領民達は蔑むような目で俺を見てきた。
なかには、「この人に騙されちゃいけないよ! こいつは実の妹を強姦した犯罪者なんだ!」と俺を糾弾し、リーナを匿おうとする者まで出てくる始末だった。
「アシル様の評判って……」
「言わないでくれ」
道中だけでお腹いっぱいだ。
この上、両親と妹からも激しく糾弾されるのだろうか?
胃が持たないかもしれない。
辟易しつつ、領主邸の門扉の前に立っていると、メイドが俺達を出迎えてくれた。
珍しい褐色の肌のメイドだ。この国じゃ見ない肌色だな。
「お待ちしておりました、アシル様。そちらの方は手紙にあったリーナ様ですね?」
「ああ、婚約者のリーナ・サヴァールだ」
「承知しました。どうぞ中へお入りください。旦那様が応接間でお待ちです」
淡々とした挨拶の後、屋敷へ通される。
応接間まで案内されると、ふんぞり返って椅子に座る父親の姿があった。
領主であり、俺にとっては父でもあるパトリス・カバネルだ。
粗暴な雰囲気で、腕っぷしも強そうな印象がある。
気になってレベルを見ると、40もあった。
この世界では十分強い方だ。
「やっと帰ってきたか。今は救世主などと呼ばれているらしいな」
「アシルで結構です。今日は私人として戻ったつもりです」
「なんだその気持ち悪い喋り方は。まったく、記憶喪失というのは本当らしいな。で、そちらのお嬢さんは手紙にあったリーナ嬢か」
「お初にお目にかかります。婚約者のリーナ・サヴァールです」
「……魔法も使えぬクズの癖に、公爵令嬢と婚約するとは。うまく成り上がったものだ」
あからさまな嘲笑にリーナが怒りを覚えるが、俺は片手で制した。
まあ、情報通りのお方だな。
有事の際に兵を率いる領主の中には、力を領主の資質として見る者が多い。
魔法を扱う才能のなかったアシルは、見下されているのだろう。
道中でリーナから人物像は聞いていたし、分かりきっていたことだ。
「婚約者の前でこういうことを言うのは憚られるが、妹を強姦するような馬鹿は跡継ぎにいらん。貴族にとって近親相姦など珍しいことでもないが、同意もなく妹を襲う馬鹿は不要だ。平原で野垂死んでくれたら書類を作る手間も省けんだがな。仕方あるまい。今日ここで廃嫡の手続きをしよう」
俺は今になって理解した。家督を継ぐなどと安易に考えていた自分を蹴り飛ばしたい気分だ。彼が許すはずないというのに。
「あの、パトリス様。アシル様は救世主です。そんな彼を廃嫡するのですか?」
「他人の評価などあてにならん。俺はこいつが無能だと思うから廃嫡する。例え女神がこいつを気に入ったとしても、そんなものは関係ない」
頑なな態度に、俺は期待を捨てた。彼は自分の考えを絶対に曲げない。説得するだけ時間の無駄だ。
正式に書面を取り交わし、俺は廃嫡された。二度とアシル・カバネルと名乗ることはない。今の俺は、ただのアシルだ。
「リーナ嬢よ。救世主の肩書こそあるが、こいつは平民だ。それでも婚約を解消せんのか?」
「私は彼を愛してますから。都合のいい時だけ寄り添うのは愛ではありません」
「そうか。それにしても、お前は綺麗だな。望むなら俺の妾にしてやってもいい。俺の所にこないか?」
「結構です!」
リーナが吐き捨てた。だが、にんまりと侯爵は笑う。
「気の強い女はいいな。俺の妻とは大違いだ。あいつは品が良すぎて抱く気がせん」
「用は済んだので帰らせていただきます」
リーナを俺の後ろに隠す。不快な男だな。彼女は宿に置いてくればよかった。
「ああ、そういえば最後に、アメリーが謝罪を受けたいそうだ。面倒だろうが相手をしてもらうぞ」
メイドに連れられて、妹のアメリーが応接間に入ってきた。まだ幼さが残った顔立ちをしている。
アメリーは気丈に俺を睨んでいて、恨んでいるのがよく分かった。
「ようやく戻ってきたんですね。今日という日を待ちわびていましたよ。強姦魔」
「すまなかった。アメリー」
「私の口にハンカチを詰めて強姦したことを、たった一言で許せと?」
「何が望みか教えてほしい。今の俺なら大抵は叶えられるはずだ」
「望むことはシンプルです。婚約を解消してセラフィーヌ帝国に行ってください。所持金は全て教会に寄付し、生涯女性との関りを絶ってください。私が許すことはないですが、お兄様にはそれくらいの罰が必要だと思います」
「悪いが、それはできない」
エレナとリーナ。2人を幸せにすることこそ、俺にとって一番重要なことだ。ハッキリ言わせてもらうが、贖罪の優先度はその下だ。
「お兄様は罪を償う気がないのですか?」
「あるが、リーナと別れることはできない」
「元々期待などしていませんでしたが、最低ですね」
険悪な空気のまま、俺は応接間を出た。父からは小馬鹿にされ、妹からは睨まれ最低な帰省になった。リーナにも悪いことをしたと思う。こんな旅に同行させるべきではなかった。
部屋を出てすぐに謝ると、彼女は「気にしてませんよ」とやわらかく微笑んでくれた。
「侯爵は不快な方でしたが、私は慣れてますし大丈夫です」
元婚約者に心無い言葉を投げかけれていた彼女を、こういった場に引きずり出すのは身勝手だったかもしれない。後悔が募ったが、「本当に大丈夫ですから」と慰めてくれた。
俺は支えられてばかりだな。
「そういえば、母さんの姿がなかったな。やっぱり避けられてるのか」
「オディル様は流行り病に掛かっていて、ベッドから抜け出せない状態です」
先頭を歩いていた褐色のメイドが説明してくれた。
淡々とした物言いだが、情報はくれるんだな。
「ありがとう。君の名前を教えてくれないか?」
気を利かせてくれたメイドの名前くらい覚えておきたい。
そう思って尋ねたのだが、怪訝な顔をされてしまった。
「呼びつけて散々抱いていたはずですが、少し離れている間に名前すら忘れたとは思いませんでした。やはり、貴族の方は我々平民とは価値観が異なるのですね。ちなみに私の名前はエステルです。どうせすぐに忘れると思うので、覚える必要などないかと存じますが」
今、確信した。この身体の本来の持ち主だったアシルは、本物のクズだ。
妹だけじゃなく、メイドにまで手を出していたとは……。
「……すまなかった。言い訳になるが、記憶喪失なんだ」
「いえ、お構いなく。対価はありましたし、割り切った関係でしたから」
対価はあったと言うが、貴族から求められて断れる平民などいないだろう。
「その……恋人とかいなかったのか?」
「綺麗サッパリ別れました」
「俺が原因だったりするのか?」
「はい。彼とのデートの日に決まって呼びつけて犯されましたので、浮気を疑われました。わざと目立つところにキスの痕をつけられたりもしましたね」
胃がシクシクと痛んできた。
リーナがいなかったら土下座していたと思う。
「謝って許されることではないが、すまなかった」
「誕生日に強姦されたアメリー様ほどではありませんし、お気になさらないでください」
アシルって憎まれて当然の男だったんだな。
そりゃあれだけ評判も悪くなるわ。
「エステル、何かしてほしいことがあったら言ってくれないか」
「二度と私の前に顔を出さないでください」
「はい、分かりました」
思わず敬語になってしまう。彼女にしたことを思うと、かなり胸が痛んだ。
領主邸を出て、メイドに頭を下げる。
二度とここに立ち寄ることはないだろうな。
そう思い背を向けて歩き出した。
父であるパトリス・カバネルの統治は苛烈で、オマケに妹に手を出すようなクズ息子がいるせいで、領民は一切の希望を持てずにいるそうだ。記憶を失った俺の為にリーナが集めてくれた情報は、大体こんなところだった。
道すがら説明をしてくれるリーナに感謝しつつ、俺は実家に戻ってきた。戻ってきて……しまった。
領主邸へ向かう為に記憶にない家路を辿る際、領民達は蔑むような目で俺を見てきた。
なかには、「この人に騙されちゃいけないよ! こいつは実の妹を強姦した犯罪者なんだ!」と俺を糾弾し、リーナを匿おうとする者まで出てくる始末だった。
「アシル様の評判って……」
「言わないでくれ」
道中だけでお腹いっぱいだ。
この上、両親と妹からも激しく糾弾されるのだろうか?
胃が持たないかもしれない。
辟易しつつ、領主邸の門扉の前に立っていると、メイドが俺達を出迎えてくれた。
珍しい褐色の肌のメイドだ。この国じゃ見ない肌色だな。
「お待ちしておりました、アシル様。そちらの方は手紙にあったリーナ様ですね?」
「ああ、婚約者のリーナ・サヴァールだ」
「承知しました。どうぞ中へお入りください。旦那様が応接間でお待ちです」
淡々とした挨拶の後、屋敷へ通される。
応接間まで案内されると、ふんぞり返って椅子に座る父親の姿があった。
領主であり、俺にとっては父でもあるパトリス・カバネルだ。
粗暴な雰囲気で、腕っぷしも強そうな印象がある。
気になってレベルを見ると、40もあった。
この世界では十分強い方だ。
「やっと帰ってきたか。今は救世主などと呼ばれているらしいな」
「アシルで結構です。今日は私人として戻ったつもりです」
「なんだその気持ち悪い喋り方は。まったく、記憶喪失というのは本当らしいな。で、そちらのお嬢さんは手紙にあったリーナ嬢か」
「お初にお目にかかります。婚約者のリーナ・サヴァールです」
「……魔法も使えぬクズの癖に、公爵令嬢と婚約するとは。うまく成り上がったものだ」
あからさまな嘲笑にリーナが怒りを覚えるが、俺は片手で制した。
まあ、情報通りのお方だな。
有事の際に兵を率いる領主の中には、力を領主の資質として見る者が多い。
魔法を扱う才能のなかったアシルは、見下されているのだろう。
道中でリーナから人物像は聞いていたし、分かりきっていたことだ。
「婚約者の前でこういうことを言うのは憚られるが、妹を強姦するような馬鹿は跡継ぎにいらん。貴族にとって近親相姦など珍しいことでもないが、同意もなく妹を襲う馬鹿は不要だ。平原で野垂死んでくれたら書類を作る手間も省けんだがな。仕方あるまい。今日ここで廃嫡の手続きをしよう」
俺は今になって理解した。家督を継ぐなどと安易に考えていた自分を蹴り飛ばしたい気分だ。彼が許すはずないというのに。
「あの、パトリス様。アシル様は救世主です。そんな彼を廃嫡するのですか?」
「他人の評価などあてにならん。俺はこいつが無能だと思うから廃嫡する。例え女神がこいつを気に入ったとしても、そんなものは関係ない」
頑なな態度に、俺は期待を捨てた。彼は自分の考えを絶対に曲げない。説得するだけ時間の無駄だ。
正式に書面を取り交わし、俺は廃嫡された。二度とアシル・カバネルと名乗ることはない。今の俺は、ただのアシルだ。
「リーナ嬢よ。救世主の肩書こそあるが、こいつは平民だ。それでも婚約を解消せんのか?」
「私は彼を愛してますから。都合のいい時だけ寄り添うのは愛ではありません」
「そうか。それにしても、お前は綺麗だな。望むなら俺の妾にしてやってもいい。俺の所にこないか?」
「結構です!」
リーナが吐き捨てた。だが、にんまりと侯爵は笑う。
「気の強い女はいいな。俺の妻とは大違いだ。あいつは品が良すぎて抱く気がせん」
「用は済んだので帰らせていただきます」
リーナを俺の後ろに隠す。不快な男だな。彼女は宿に置いてくればよかった。
「ああ、そういえば最後に、アメリーが謝罪を受けたいそうだ。面倒だろうが相手をしてもらうぞ」
メイドに連れられて、妹のアメリーが応接間に入ってきた。まだ幼さが残った顔立ちをしている。
アメリーは気丈に俺を睨んでいて、恨んでいるのがよく分かった。
「ようやく戻ってきたんですね。今日という日を待ちわびていましたよ。強姦魔」
「すまなかった。アメリー」
「私の口にハンカチを詰めて強姦したことを、たった一言で許せと?」
「何が望みか教えてほしい。今の俺なら大抵は叶えられるはずだ」
「望むことはシンプルです。婚約を解消してセラフィーヌ帝国に行ってください。所持金は全て教会に寄付し、生涯女性との関りを絶ってください。私が許すことはないですが、お兄様にはそれくらいの罰が必要だと思います」
「悪いが、それはできない」
エレナとリーナ。2人を幸せにすることこそ、俺にとって一番重要なことだ。ハッキリ言わせてもらうが、贖罪の優先度はその下だ。
「お兄様は罪を償う気がないのですか?」
「あるが、リーナと別れることはできない」
「元々期待などしていませんでしたが、最低ですね」
険悪な空気のまま、俺は応接間を出た。父からは小馬鹿にされ、妹からは睨まれ最低な帰省になった。リーナにも悪いことをしたと思う。こんな旅に同行させるべきではなかった。
部屋を出てすぐに謝ると、彼女は「気にしてませんよ」とやわらかく微笑んでくれた。
「侯爵は不快な方でしたが、私は慣れてますし大丈夫です」
元婚約者に心無い言葉を投げかけれていた彼女を、こういった場に引きずり出すのは身勝手だったかもしれない。後悔が募ったが、「本当に大丈夫ですから」と慰めてくれた。
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今、確信した。この身体の本来の持ち主だったアシルは、本物のクズだ。
妹だけじゃなく、メイドにまで手を出していたとは……。
「……すまなかった。言い訳になるが、記憶喪失なんだ」
「いえ、お構いなく。対価はありましたし、割り切った関係でしたから」
対価はあったと言うが、貴族から求められて断れる平民などいないだろう。
「その……恋人とかいなかったのか?」
「綺麗サッパリ別れました」
「俺が原因だったりするのか?」
「はい。彼とのデートの日に決まって呼びつけて犯されましたので、浮気を疑われました。わざと目立つところにキスの痕をつけられたりもしましたね」
胃がシクシクと痛んできた。
リーナがいなかったら土下座していたと思う。
「謝って許されることではないが、すまなかった」
「誕生日に強姦されたアメリー様ほどではありませんし、お気になさらないでください」
アシルって憎まれて当然の男だったんだな。
そりゃあれだけ評判も悪くなるわ。
「エステル、何かしてほしいことがあったら言ってくれないか」
「二度と私の前に顔を出さないでください」
「はい、分かりました」
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