捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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ヨルムンド共和国には、公爵が行きます。

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 シュバリエ皇国王城の一室。
 そこでは朝早くから重鎮たちが顔を突き合わせ、一丸となって沸き立っていた。

 遙か遠く、ヨルムンド共和国より届いた至急の知らせ。
 そこには――我が国の子供たちが、奴隷として売られそうになっていた、と記されていた。

 しかも、何百年も前に廃止されたはずの奴隷制度。
 奴隷の首輪まで使われていたという。

 その首輪には、はっきりと紋章が刻まれていたのだ。

「……アリア教会」

 それを目にした瞬間、皇帝は即座に弟である公爵を呼び寄せた。

「いい知らせだ! 喜べ、弟よ!」

 その言葉に、公爵は一瞬、息を呑んだ。
 ――もしや、ユリアーナが見つかったのかと。

 だが。

「アリア教会を潰せるかもしれん。」

 その一言で、公爵の中の熱は、音を立てて冷めていった。

 正直、どうでもいい――わけではない。
 だが、ユリアーナに比べれば。

 公爵にとって、それはあまりにも些細なことだった。

「向こうには、奴隷を運んでいた男ども――証言を取れる運び屋がいる。それに――我が国の宝である子供たちもだ。証拠の首輪もある。証拠だらけだ!今すぐ、取りに行かせろ!」

 皇帝は、なぜか異様なほど上機嫌だった。
 そして重鎮たちも同じである。

 これまで幾度となく、意味不明な言いがかりをつけ、「神」という名の盾を振りかざして、無理難題を押しつけてきた――アリア教会。

 その教会を、正面から潰せる絶好の機会が、今まさに訪れたのだ。

 喜ばないわけがなかった。

 だが――

 ほどなくして、雲行きの怪しくなる報せが届く。

 送り先は、またしてもヨルムンド共和国。

「……なんと。男どもが、不審死……?」

 先ほどまでの高揚が嘘だったかのように、皇帝はがくりと肩を落とした。

 そのまま、崩れ落ちるように椅子へ腰を下ろす。

「……よりにもよって、今か……」

「いえ、まだチャンスはございます!自由都市シールズーのA級冒険者と、ハイランズ伯爵率いる騎士団が――子供たちを船で国外に持ち出そうとしていた輩を、全員取り押さえたとのこと!そこから事情を聞き出せば……」

「また死なれては敵わん。早急に、我が国から特使を出せ。証拠をすべて回収して戻ってもらわねば……」

「しかし、ヨルムンド共和国はあまりにも遠い。騎士団が強行軍で向かっても、一ヶ月以上はかかるかと……」

「……どうしたものか」

 重鎮たちが揃って、頭を抱えた、その時だった。

 ――その場の空気が、ふっと歪んだ。

 ふわり、と。
 黒い霧が立ちこめ、やがて二つの人影を形作る。

「お困りのようじゃの~」

 そこに現れたのは、ターニャ王女と悪魔の執事だった。

 彼らは、かつて「五年ほど見守る」と言い残して以来、ユリアーナの屋敷に住みつき、約束通り監視していた。
 この国が、特に公爵が勝手にユリアーナを探したりしないかを。

 そして約束の五年が経った頃。

 彼らは、姿を消すことはなかった。
 ユリアーナの屋敷に、居座っていた。
 今度は屋敷を拠点とし、食べ歩きという名の放浪を続けていた――そう、悪魔の食べ歩きを。

 『悪魔の世界食べ歩きツアー』と命名し、各国を行き来しているらしい。

「まずは謝罪じゃな。すまんのぉ~。うちの執事が、あまりにも食いしん坊なもので……」

「最近、味の濃い料理が続いておりまして。たまには胃に優しい薄味を欲していたのです。」

 わざとらしく肩を落とし、しょんぼりしてみせる執事――悪魔。

 その場にいた全員が、言葉を失った。

 と同時に、その意味不明な内容に困惑した。

 しかし。
 その意味はすぐに全員が理解することとなる。

「ヨルムンド共和国の悪人ども……あれは、この執事が原因じゃ。許してたもれ……」

 そう言うと、柄にもなくターニャは皆に向かって、深々と頭を下げた。

 その瞬間。

 その場にいた全員が、別の意味で凍りついた。

(……今、ターニャ王女が、頭を下げた?)

(ヨルムンド共和国の悪人が……薄味……?)

 相変わらず、悪魔の言葉は意味不明である。

 だが、分からないからこそ――恐ろしい。

(一体、何を企んでいるんだ……)

 それが、この場にいる者たち全員の一致した見解だった。

「いくら、うちの執事が食いしん坊とはいえ、許してしまったわらわの責任じゃ。」

 そう言って、ターニャはふところから何かを取り出す。

「そこでのぉ……こなたらに、これを渡そうと思ってのぉ~」

 差し出されたのは、複雑な魔方陣が描かれた――一枚の紙だった。

「……これは、何なのでしょうか?」

 興味を隠しきれない様子で紙を覗き込みながら、宰相が尋ねる。

「ヨルムンド共和国に、行きたいのであろう?」

「ええ……まあ……」

「であれば、これを使うがよい!」

 ターニャは、どこか誇らしげに胸を張った。

「これはな――歴代一の大賢者と名高い『リョウタ・アメミヤ』が作り出した、転移魔法じゃ!」

「……?」

 その名を聞いても、宰相は首をかしげる。

「ですが、転移魔法というのは……紙のように軽く、小さな物でなければ……」

「この、ばかちんが!」

 パチン、と。

 ターニャは持っていた扇で、宰相の頭を軽く叩いた。

「これは、そのような、やわな代物ではない!」

 びしりと紙を指さし、言い切る。

「生きている人間を、最大三十人――瞬時に転移させることが可能な魔方陣じゃ!」

「……え?」

「生きている……人間……?」

「最大……三十人……」

 その場にいた全員が、ターニャの言葉に、思わず息をのんだ。

「ただ、行き先は必ずしも思ったとおりではないというところが、少々の難点でのぉ……」

 ターニャの声が、次第に小さなものへとなっていく。

(……それ、危険なやつでは?)

 その場にいた全員が、同時にそう思った、その時だった。

「では、私が行きましょう。」

 そう静かに名乗り出たのは、公爵だった。

「現皇帝の弟である私が行けば、話も通りやすいでしょう。」

「しかし……どこに着くのか分からないのだぞ。」

 皇帝は、心配そうに弟である公爵を見る。

 だが、公爵には――考えがあった。

 バンーテーン王国領でのアンデッド討伐の折に出会った、あの少年。

 ユリアーナによく似た、月光を受けて輝く銀色の髪。

 神秘的な紫の瞳。

 自分の、あるかどうかも定かではない神聖力とは比べものにならない圧倒的な力。

 先日送られてきた、ディーバリー副団長の報告によれば、今回の件に関わっているヨルムンド共和国のA級冒険者――フリーダムのメンバーの子供であるらしい。

(もし、ユリアーナとの間に子をもうけていたら……あんなかわいらしい子が自分にもいたのだろうか)

 そう考えさせられるほど、心を引く存在だった。

 そして、こうも思っていたのだ。

(ユリアーナに繋がる糸が、あの子にあるのなら……)

(とにかくあって、もっと話がしてみたい)

 そんなことを、公爵は胸の内で静かに思っていた。

「我が騎士団を持ってすれば、そのような些細なこと、問題ありません。」

 こうして、きちんと作動するかどうかさえ怪しい魔方陣にて、コンラッド率いる騎士団計十名が、ヨルムンド共和国へ行くことになったのである。
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