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公爵邸の魔物は、最強でした。
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「この手だけは使いたくなかったのですが……」
「あの女、しつこいですしね……」
シュバリエ皇国にあるヴァーミリオン公爵邸では、今日も侍女たちと例の聖女との対決が繰り広げられていた。
寝込んでいると聞いていたはずだが、彼女は今日も元気そのものだった。
相変わらず上から目線の言葉で、侍女たちを執拗に攻撃してくる。
日に日に酷くなる暴言。
公爵はバンーテーン王国領へ遠征に出ており、現在不在である。
それを知っているからなのか――ついに聞き捨てならない一言を、あの女は言い放った。
「公爵様はあのお年で、女も知らないうぶな殿方なのでしょう? 問題ありませんわ。私が女性の素晴らしさを、公爵様に教えて差し上げます。」
「我が主に対し、なんと無礼な!」
「許すまじ!」
「……聖女って、あばずれのことなの?」
的外れで地味な嫌がらせの積み重ねに、侍女たちの堪忍袋の緒は、ついに切れた。
そして――彼女たちが向かった先は、屋敷の裏に広がる広大な薬草畑だった。
侍女たちはその場に腰を下ろし、両手を地面につけると、次々と上半身を倒し、額を地に着ける。
「お願いでございます、ミート様……」
代表して侍女長がそう口にした、その瞬間。
ズズズッ……。
畑の土が盛り上がり、巨大な魔物が姿を現した。
全長三メートルほどのジェントワーム――ミートさんである。
ミートさんも、子供のミー君やズー君同様、普段は薬草畑に滞在している。
食事の時だけ、伯爵専用の排泄所へ赴くのだ。
彼女は、公爵家の侍女たちに大変かわいがられていた。
なぜなら、彼女が分泌する消臭液が、頻繁に魔物退治へ赴き、汚れと臭いを全身にまとって帰ってくる公爵や騎士団にとって、非常に重宝されていたからである。
ミートさんの出す液は、どんなにしつこい汚れも瞬時に落とし、取れない臭いさえも、たちまち無臭へと変えてしまう。
最近では、ほのかに花の香りを漂わせるようになり、公爵邸は清々しく爽やかな香りに包まれていた。
今日のミートさんは、若い侍女セレクトの、ピンクの薔薇の花を形取ったリボンを首につけ、尾につけたリボンの先は、縦巻きロールになっている。
『どうしたのですか? 皆さん』
ミートさんは、器用に土の上に文字を描いた。
どうやって描いたのかは、未だに謎である。
手があるわけでもなく、ましてや筆や棒さえもない。
しかし。
ミートさんは、地面に文字を書くことが出来るのだ。
『魔物ですしね……』
公爵邸では、この一言ですべてが片付いている。
あえて、誰も突っ込まない――だって、相手は魔物なのだから。
普通の魔物は、文字など書かない。
否、それ以前に、人間と交流を持つ者は少数派である。
それでも……である。
「とうとう、あの雌豚……ではなく、聖女と名乗る者が、我が主を耐えがたい言葉にて侮辱いたしました。私たちは悔しくてなりません!」
『毎日、このお屋敷にやってきては、うるさく囀る小バエのことですね?』
「その通りでございます。」
『私も、いい加減うんざりしておりました。分かりましたわ。明日、ケリをつけましょう!』
ミートさんの一言に、歓喜する侍女たち。
その夜。
侍女たちは久しぶりに、安眠に就くことが出来た。
次の日。
もはや日課のようにやってくる、聖女ご一行。
今日は、聖騎士たちを連れてやってきた。
どれもイケメン揃いである。
イケメンに囲まれ、ご満悦の聖女カトリーナは、公爵邸の門の前まで来ると、途端に笑顔だった顔の筋肉を、奇妙に歪めた。
「何……アレ……」
「魔物にございます!」
がっつりと閉じられた公爵邸の門のそばには、全長三メートルのジェントワームが君臨していた。
今日は、その戦闘意欲を示すかのように、真っ赤な薔薇のリボンを首につけ、尾にも赤いリボンが添えられている。
「聖女様、お下がりください!」
「魔物は、我々が!」
騎士たちが、ミートさんに槍の矛先を一斉に向けた、その時である。
『プッ!!』
彼女の口から、泥のような色をした何かが吐き出された。
「く、臭っ!」
「な、なんだこの匂いはー!」
瞬時に、聖女側が慌てふためく。
彼らは全身を、泥とも汚物とも言いがたい液で覆われ、腐敗したドブを思わせる耐えがたい悪臭に襲われた。
その場でもだえ、吐く者まで出る始末。
「何ですの、この匂いはー!」
運良く窓を開けて身を乗り出していた聖女にも、見事に直撃し、彼女は馬車の中でもだえ苦しんでいる。
しかし。
門の内側に控えている公爵邸の侍女たちは、何事もなかったかのような、涼しい顔をしていた。
それもそのはずである。
ミートさんのそば三メートル以内は、フローラルの爽やかな香りで満ちているからだ。
当然、あの悪臭も瞬時にかき消される。
ただし……。
「なんだこの臭いはー!」
三メートル圏外にいた公爵の騎士にも、一部被害が出たようではあるが……。
『問題ありませんわ。後で、屋敷内すべての匂いを取り除いて差し上げます』
ミートさんは、通常運転であった。
この時。
公爵邸で一つの確信が生まれた。
(ミートさんは、怒らせてはいけない――絶対に)
と。
こうして――。
公爵邸は、しばらくの間、聖女に煩わされることなく、平和な日常を送れることとなったのである。
しかし。
聖女は、しつこかった。
匂いがようやく取れた頃――一ヶ月後。
それはちょうど、公爵が遠征から戻る“前日”のことであった。
突然、聖女がやってきた。
しかも今度は、教会の聖騎士が従えるグリフォンを連れて――。
全長三メートル弱のグリフォンは、魔物専用の隷属の首輪を付けている。
聖騎士たちの命令には、忠実な魔物だ。
「そちらが魔物を使うなら、こちらもですわ!」
意気揚々と聖騎士に命令し、グリフォンが動いた。
「――!」
耳をつんざく咆哮とともに、グリフォンは閉じられた公爵邸の門へ突進し――そのまま、破壊した。
これに怒ったのは、ミートさんである。
公爵が遠征中で不在になってからというもの、ミートさんは苛立っていた。
公爵家に棲みついていられるのは、薬草畑に残る“神聖力の名残り”のおかげだ。
だがその量は、ユリアーナのそれとは比べものにならない。
まして一ヶ月も家を空ければ、薄まるのは当然だった。
そこへ、この騒動である。
『なんと礼儀知らずな!』
ミートさんは怒りに任せ、その場で大ジャンプをし――グリフォンへ巻き付いた。
「ギエ――!」
グリフォンが、あらぬ悲鳴を上げ続ける。
聖騎士たちは慌ててミートさんを引き剥がそうと、剣や槍で突いた。
だが、刃も穂先も――ことごとく砕けていった。
そして――。
ボキボキボキ……。
骨の砕ける音とともに、グリフォンの巨体が歪み、砕け散っていく。
顔面蒼白になる、聖女一行。
目の前には、首に巻いた水色の可愛らしいリボンを風になびかせ、尾をバシバシと地面に叩きつけるジェントワーム――ミートさん。
その瞬間。
聖女一行は、一ヶ月前の“あの惨劇”を思い出した。
「今すぐ、逃げるのです!」
聖女の命令を聞く間もなく、聖騎士たちは撤退していた。
そして――
『今回も、あなた方を“溶かす”のは許して差し上げます。感謝なさい!』
当然、彼らに届くはずもなく――。
「ビシャ!」
逃げ遅れた聖女の馬車は、またしても強烈な臭いを浴びせられる羽目になったのである。
「ギャー!」
悲鳴とともに、馬車は烈火のごとく公爵邸の前から去っていった。
◇
次の日。
公爵は急いで自分の屋敷へ戻ってきた。
しかし――
「何故、我が屋敷の門が破壊されているんだ?」
砕けた門を呆然と眺める、公爵率いる遠征部隊。
「それには、正当な理由がございますわ。」
何事もないかのように、侍女長を先頭に侍女たちが出迎え、ひとまず公爵を部屋へ通す。
「なんだ? この“慰謝料”とやらは?」
机の上には一通の書類。
そこには、アリア教会が所有する魔物――グリフォンを殺されたとして、破格の慰謝料を請求する内容が、事細かに記されていた。
「あの女、しつこいですしね……」
シュバリエ皇国にあるヴァーミリオン公爵邸では、今日も侍女たちと例の聖女との対決が繰り広げられていた。
寝込んでいると聞いていたはずだが、彼女は今日も元気そのものだった。
相変わらず上から目線の言葉で、侍女たちを執拗に攻撃してくる。
日に日に酷くなる暴言。
公爵はバンーテーン王国領へ遠征に出ており、現在不在である。
それを知っているからなのか――ついに聞き捨てならない一言を、あの女は言い放った。
「公爵様はあのお年で、女も知らないうぶな殿方なのでしょう? 問題ありませんわ。私が女性の素晴らしさを、公爵様に教えて差し上げます。」
「我が主に対し、なんと無礼な!」
「許すまじ!」
「……聖女って、あばずれのことなの?」
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そして――彼女たちが向かった先は、屋敷の裏に広がる広大な薬草畑だった。
侍女たちはその場に腰を下ろし、両手を地面につけると、次々と上半身を倒し、額を地に着ける。
「お願いでございます、ミート様……」
代表して侍女長がそう口にした、その瞬間。
ズズズッ……。
畑の土が盛り上がり、巨大な魔物が姿を現した。
全長三メートルほどのジェントワーム――ミートさんである。
ミートさんも、子供のミー君やズー君同様、普段は薬草畑に滞在している。
食事の時だけ、伯爵専用の排泄所へ赴くのだ。
彼女は、公爵家の侍女たちに大変かわいがられていた。
なぜなら、彼女が分泌する消臭液が、頻繁に魔物退治へ赴き、汚れと臭いを全身にまとって帰ってくる公爵や騎士団にとって、非常に重宝されていたからである。
ミートさんの出す液は、どんなにしつこい汚れも瞬時に落とし、取れない臭いさえも、たちまち無臭へと変えてしまう。
最近では、ほのかに花の香りを漂わせるようになり、公爵邸は清々しく爽やかな香りに包まれていた。
今日のミートさんは、若い侍女セレクトの、ピンクの薔薇の花を形取ったリボンを首につけ、尾につけたリボンの先は、縦巻きロールになっている。
『どうしたのですか? 皆さん』
ミートさんは、器用に土の上に文字を描いた。
どうやって描いたのかは、未だに謎である。
手があるわけでもなく、ましてや筆や棒さえもない。
しかし。
ミートさんは、地面に文字を書くことが出来るのだ。
『魔物ですしね……』
公爵邸では、この一言ですべてが片付いている。
あえて、誰も突っ込まない――だって、相手は魔物なのだから。
普通の魔物は、文字など書かない。
否、それ以前に、人間と交流を持つ者は少数派である。
それでも……である。
「とうとう、あの雌豚……ではなく、聖女と名乗る者が、我が主を耐えがたい言葉にて侮辱いたしました。私たちは悔しくてなりません!」
『毎日、このお屋敷にやってきては、うるさく囀る小バエのことですね?』
「その通りでございます。」
『私も、いい加減うんざりしておりました。分かりましたわ。明日、ケリをつけましょう!』
ミートさんの一言に、歓喜する侍女たち。
その夜。
侍女たちは久しぶりに、安眠に就くことが出来た。
次の日。
もはや日課のようにやってくる、聖女ご一行。
今日は、聖騎士たちを連れてやってきた。
どれもイケメン揃いである。
イケメンに囲まれ、ご満悦の聖女カトリーナは、公爵邸の門の前まで来ると、途端に笑顔だった顔の筋肉を、奇妙に歪めた。
「何……アレ……」
「魔物にございます!」
がっつりと閉じられた公爵邸の門のそばには、全長三メートルのジェントワームが君臨していた。
今日は、その戦闘意欲を示すかのように、真っ赤な薔薇のリボンを首につけ、尾にも赤いリボンが添えられている。
「聖女様、お下がりください!」
「魔物は、我々が!」
騎士たちが、ミートさんに槍の矛先を一斉に向けた、その時である。
『プッ!!』
彼女の口から、泥のような色をした何かが吐き出された。
「く、臭っ!」
「な、なんだこの匂いはー!」
瞬時に、聖女側が慌てふためく。
彼らは全身を、泥とも汚物とも言いがたい液で覆われ、腐敗したドブを思わせる耐えがたい悪臭に襲われた。
その場でもだえ、吐く者まで出る始末。
「何ですの、この匂いはー!」
運良く窓を開けて身を乗り出していた聖女にも、見事に直撃し、彼女は馬車の中でもだえ苦しんでいる。
しかし。
門の内側に控えている公爵邸の侍女たちは、何事もなかったかのような、涼しい顔をしていた。
それもそのはずである。
ミートさんのそば三メートル以内は、フローラルの爽やかな香りで満ちているからだ。
当然、あの悪臭も瞬時にかき消される。
ただし……。
「なんだこの臭いはー!」
三メートル圏外にいた公爵の騎士にも、一部被害が出たようではあるが……。
『問題ありませんわ。後で、屋敷内すべての匂いを取り除いて差し上げます』
ミートさんは、通常運転であった。
この時。
公爵邸で一つの確信が生まれた。
(ミートさんは、怒らせてはいけない――絶対に)
と。
こうして――。
公爵邸は、しばらくの間、聖女に煩わされることなく、平和な日常を送れることとなったのである。
しかし。
聖女は、しつこかった。
匂いがようやく取れた頃――一ヶ月後。
それはちょうど、公爵が遠征から戻る“前日”のことであった。
突然、聖女がやってきた。
しかも今度は、教会の聖騎士が従えるグリフォンを連れて――。
全長三メートル弱のグリフォンは、魔物専用の隷属の首輪を付けている。
聖騎士たちの命令には、忠実な魔物だ。
「そちらが魔物を使うなら、こちらもですわ!」
意気揚々と聖騎士に命令し、グリフォンが動いた。
「――!」
耳をつんざく咆哮とともに、グリフォンは閉じられた公爵邸の門へ突進し――そのまま、破壊した。
これに怒ったのは、ミートさんである。
公爵が遠征中で不在になってからというもの、ミートさんは苛立っていた。
公爵家に棲みついていられるのは、薬草畑に残る“神聖力の名残り”のおかげだ。
だがその量は、ユリアーナのそれとは比べものにならない。
まして一ヶ月も家を空ければ、薄まるのは当然だった。
そこへ、この騒動である。
『なんと礼儀知らずな!』
ミートさんは怒りに任せ、その場で大ジャンプをし――グリフォンへ巻き付いた。
「ギエ――!」
グリフォンが、あらぬ悲鳴を上げ続ける。
聖騎士たちは慌ててミートさんを引き剥がそうと、剣や槍で突いた。
だが、刃も穂先も――ことごとく砕けていった。
そして――。
ボキボキボキ……。
骨の砕ける音とともに、グリフォンの巨体が歪み、砕け散っていく。
顔面蒼白になる、聖女一行。
目の前には、首に巻いた水色の可愛らしいリボンを風になびかせ、尾をバシバシと地面に叩きつけるジェントワーム――ミートさん。
その瞬間。
聖女一行は、一ヶ月前の“あの惨劇”を思い出した。
「今すぐ、逃げるのです!」
聖女の命令を聞く間もなく、聖騎士たちは撤退していた。
そして――
『今回も、あなた方を“溶かす”のは許して差し上げます。感謝なさい!』
当然、彼らに届くはずもなく――。
「ビシャ!」
逃げ遅れた聖女の馬車は、またしても強烈な臭いを浴びせられる羽目になったのである。
「ギャー!」
悲鳴とともに、馬車は烈火のごとく公爵邸の前から去っていった。
◇
次の日。
公爵は急いで自分の屋敷へ戻ってきた。
しかし――
「何故、我が屋敷の門が破壊されているんだ?」
砕けた門を呆然と眺める、公爵率いる遠征部隊。
「それには、正当な理由がございますわ。」
何事もないかのように、侍女長を先頭に侍女たちが出迎え、ひとまず公爵を部屋へ通す。
「なんだ? この“慰謝料”とやらは?」
机の上には一通の書類。
そこには、アリア教会が所有する魔物――グリフォンを殺されたとして、破格の慰謝料を請求する内容が、事細かに記されていた。
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