捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

文字の大きさ
30 / 47

アリア教会――今日も元気に自滅の道を歩んでおります。

しおりを挟む
「……ここには、アリア教会が所有しているグリフォンを、うちの魔物が殺したと書いてあるのだが……」

「…………」

「まさか、その“魔物”とは、ミートさんのことなのか?」

 コンラッドは信じられなかった。
 ユリアーナが飼育していたという、あの温厚で穏やかな――虫一匹殺さないようなミートさんが?

 最近では、ユリアーナのように、花のような爽やかで優しい香りを漂わせている、あのミートさんが?

 いつの間にかコンラッドは、ミートさんにユリアーナの面影を見るようになっていた。

 ……かなりの重傷である。

 だからこそ、
 彼女がグリフォンを殺した、という一文が、どうしても信じられなかった。

「毎日、我が屋敷に来ては、聖女様は暴言を吐きまくりで……」

「とうとう、聞き捨てならないことをおっしゃいましたので、お仕置きにと……」

「聞き捨てならない、とは?」

 コンラッドの声が、低くなる。

「……ユリアーナのことか?」

「もちろん、それもございますが……」

「よし!」

 バン! と机に大きな音を立て、両手をつき、コンラッドはゆらりと立ち上がった。

「あの教会を、潰しに行こう!」

 まるで、「今から魔物を倒しに行ってこよう!」かのようなノリで、そう言い放つ。

 しかし。

「お待ちください、公爵様!」

 そこで、まさかの侍女長によるストップがかかった。

「どうした?」

「まずは、ミート様に感謝の意を!」

 侍女長は、きっぱりと言い切った。

「彼女のおかげで、被害は門ひとつの破壊で済んだのですわ。ちなみに――聖女は当分の間、我が屋敷には近づけません。」

「……? それは、どういう……」

「教会の者たちは、例の液を二度も浴びておりますの。」

 どこか晴れやかな声音で、侍女長は続ける。

「すでに、強烈なトラウマになっているのではないかと……」

「……あ、あれか……」

 コンラッドの顔が、引きつった。
 脳裏に、初めてあの液の臭いを嗅いでしまった時の記憶が、鮮明によみがえる。

「そ、そうか……ミートさんが……」

 そして次第に、顔色が悪くなっていく。

「それよりも、慰謝料の件ですわ。」

 コンラッドの体調などお構いなしに、侍女長は忌々しそうに眉をひそめる。

「よくもまあ、あれほど、ぬけぬけと……」

「でしたら――こちらも、門の修理費を請求してはいかがでしょう?」

 進言したのは、いつもいるのかいないのか分からない、影の薄い執事――ノートンだった。

「もちろん、そのつもりだが。何か案があるのか?」

「ええ。」

 ノートンは、眼鏡の奥でわずかに目を細める。

「調べましたところ、アリア教会は……かなり資金繰りが苦しいようでして。」

「ほう……」

 コンラッドの目が、怪しく光った。

「こちらの門の修理費を、全額弁償するのなら……」

「グリフォンの慰謝料については、“考えて差し上げる”、と」

「その通りでございます。」

 執事にしては珍しく、ノートンもまた、悪い笑みを浮かべていた。

「弁償するにしても、たかがグリフォン。捕まえてくればいい話だしな……」

 グリフォンの捕縛など、コンラッドにとっては造作もない。
 なにせ、アースドラゴンを狩ってくるほどの実力者である。

「門ひとつで済んだのは、確かに温情だな。」

 そう言って、コンラッドは――ノートンとは比べものにならないほどの、凶悪な笑みを浮かべていた。

 早速、アリア教会宛に送り出された一通の書面は、絶大な効果を発揮した。

 アリア教会の重鎮たちは、その書面を目にするやいなや、完全にパニックに陥っていた。
 先日の――グリフォンの慰謝料に対する、ヴァーミリオン公爵家からの返答である。

「……公爵家の門の修繕費を、全額負担しろ、だと?」

 そこには、公爵家の門の修理費の見積書と、その詳細が細々と綴られていた。

「おい待て……うちはグリフォンを失った側だぞ? どう考えても、被害はこちらだろう!」

「……いや、多分……グリフォンよりも、公爵家の“門”の金額が……」

 一人がそう呟いた瞬間、室内の空気が一気に重くなった。

「第一、このような大金! 我が教会には、ありません!」

 経理担当が、ほとんど叫ぶように言い切った。

「門の修理など、無視だ! 無視!」

「それよりも、グリフォンの慰謝料が優先であろうが!」

 唾をまき散らしながら、イーリアス枢機卿が怒鳴り散らす。

「話によると……聖女様が、一方的に公爵邸の門を破壊させた、と聞いております。」

「なんだと?」

「公爵家が今回、魔物を前に出したのも聖女様が、公爵不在なのをいいことに、毎日罵詈雑言を浴びせ続けたからだと……。実はその件での慰謝料請求も来ております。ただでさえ資金繰りが苦しいというのに……」

 経理担当が、絶望だと言わんばかりの深いため息を漏らす。

「あの、とてつもなく臭い汚物も、公爵家のせいであろう? その慰謝料も上乗せしてこい!」

 ずっと教会中に漂う異臭。
 その臭いに、アリア教会に所属する者たちは、夜も眠れず精神ともに疲弊していた。
 その上、臭いのせいで食事もまずく感じ、いっこうに食欲が湧かない。
 教会の近隣からは、毎日臭いの苦情が寄せられる始末。
 つい先日は、近隣住民の暴動が起きる一歩手前であった。

 とにかく教会中が臭すぎて、何に対しても集中できない。

 この状況を逆手に取ろうと、イーリアス枢機卿が言い放ったのだが……。

「それも、そもそも聖女様が原因だとのことです。慰謝料は難しいかと……」

 言いにくそうに、重鎮の一人が進言した。

「あのバカ娘が!」

 とうとう、自分の娘を“聖女”から“バカ娘”呼ばわりする始末。

「神聖力が無いどころか、こんなにも愚かな娘だったとは……」

 イーリアス枢機卿は、頭を抱えた。

「今回の件で、公爵もかなりのお怒りのようです。結婚など、とても……」

「……その件は、どうとでもなる!」

 イーリアス枢機卿の声は、恐怖を感じるほどに低かった。
 その件にだけは、異常に自信があるようである。

「今回の件で、すでに何人かの聖騎士が辞職しておりますし……」

 誰もが、その一言に言葉を失った。

「グリフォンも失い、ただでさえ少ない聖騎士を半分近く失っているのです。今、公爵家を敵に回すのは、得策ではありません!」

 聖騎士団長が、今さらのように付け足して進言した。

 A級認定の魔物であり、自分たちが奥の手として大事に育てていたグリフォン。
 まさか、たかがC級とされるジェントワームに、瞬殺されるとは……。

 そのうえ、聖騎士御用達のミスリル製の剣や槍が、役に立つどころか、粉々に砕け散るとは……。

 彼らは、戦闘力の面でも、完全に自信を失っていた。

 さらに、あの汚物をまともに浴びてしまった聖騎士たち。
 あまりにもしつこい汚れと臭いに二度も絶望し、早々に辞表を叩きつけて姿を消してしまったのだ。

 ただでさえ少ない聖騎士を半分近く失い、さらに奥の手として大事に育てていたグリフォンまでも失ったアリア教会。

 翌日の朝まで続けられた討論の結果。

「つまらん。グリフォンの慰謝料は、なかったことにしてやるそうだ……」

 興味が失せたと言わんばかりに、書面をひらひらとさせながら、コンラッドはそう呟いた。

 アリア教会は、早朝、早々に白旗を揚げてきた。

「その上で、門の修理費もなかったことにしろと……。相当、金に困っているようだな?」

「はい。黒い噂もあるくらいですから。」

「黒い噂?」

「はい。何でも、あのアリア教会は、人身売買をしているのだとか……」

「……? そのような制度、もう何十年も前に廃止されたはずだ。第一、兄上が許すはずがない。」

「ですが……あのアリア教会ですので……」

「いろいろと調べてみる必要がありそうだな?」

 コンラッドの意味ありげな笑みに対し――

「心得ております。」

 ノートンは一言だけそう答えると、静かに部屋を去って行った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

赤毛の伯爵令嬢

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】 幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。 しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。 ※1:本編17話+番外編4話。 ※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。 ※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。

一年だけの夫婦でも私は幸せでした。

クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。 フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。 フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。 更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

子供のままの婚約者が子供を作ったようです

夏見颯一
恋愛
公爵令嬢であるヒルダの婚約者であるエリックは、ヒルダに嫌がらせばかりしている。 嫌がらせには悪意しか感じられないのだが、年下のヒルダの方がずっと我慢を強いられていた。 「エリックは子供だから」 成人済みのエリックに、ヒルダの両親もエリックの両親もとても甘かった。 昔からエリックのやんちゃな所が親達には微笑ましかったらしい。 でも、エリックは成人済みです。 いつまで子供扱いするつもりですか? 一方の私は嫌がらせで寒い中長時間待たされたり、ご飯を食べられなかったり……。 本当にどうしたものかと悩ませていると友人が、 「あいつはきっと何かやらかすだろうね」 その言葉を胸に、私が我慢し続けた結果。 エリックは子供を作りました。 流石に目が覚めた両親とヒルダは、エリックと婚約破棄するも、今まで甘やかされたエリックは本当にしつこい。 ねえエリック、知ってる? 「私にはもっと相応しい人がいるのよ?」 非常識な婚約者に悩まされていたヒルダが、穏やかな結婚をするまでの物語。

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

「君を愛することはない」と言われたので、私も愛しません。次いきます。 〜婚約破棄はご褒美です!

放浪人
恋愛
【「愛さない」と言ったのはあなたです。私はもっとハイスペックな次(夫)と幸せになりますので、どうぞお構いなく!】 侯爵令嬢リディアは、建国記念舞踏会の最中に、婚約者である王太子レオンハルトから婚約破棄を宣言される。 「君を愛することはない!」という王太子の言葉は、国中に響く『公的拒絶誓約』となってしまった。 しかし、リディアは泣かなかった。 「承知しました。私も愛しません。次いきます」 彼女は即座に撤退し、その場で慰謝料請求と名誉回復の手続きを開始する。その潔さと有能さに目をつけたのは、国の行政を牛耳る『氷の宰相』アシュ・ヴァレンシュタインだった。 「私の政治的盾になれ。条件は『恋愛感情の禁止』と『嘘がつけない契約』だ」 利害の一致した二人は、愛のない契約結婚を結ぶ。 はずだったのだが――『嘘がつけない契約』のせいで、冷徹なはずの宰相の本音が暴走! 「君を失うのは非合理だ(=大好きだ)」「君は私の光だ(=愛してる)」 隠せない溺愛と、最強の夫婦による論理的で容赦のない『ざまぁ』。 一方、リディアを捨てた王太子は「愛さない誓約」の呪いに苦しみ、自滅していく。 これは、悪役令嬢と呼ばれた女が、嘘のない真実の愛を手に入れ、国中を巻き込んで幸せになるまでの物語。

今さら執着されても困ります

メイリリー
恋愛
「これから先も、俺が愛するのは彼女だけだ。君と結婚してからも、彼女を手放す気はない」 婚約者・リアムが寝室に連れ込んでいたのは、見知らぬ美しい女だった―― アンドレセン公爵令嬢のユリアナは、「呪われた子」として忌み嫌われながらも、政略結婚によりクロシェード公爵家の嫡男・リアムと婚約し、彼の屋敷に移り住んだ。 いつか家族になれると信じて献身的に尽くすが、リアムの隣にはいつも、彼の幼馴染であり愛人のアリスがいた。 蔑まれ、無視され、愛人の引き立て役として扱われる日々。 ある舞踏会の日、衆前で辱めを受けたユリアナの中で、何かがプツリと切れる。 「わかりました。もう、愛される努力はやめにします」 ユリアナがリアムへの関心を捨て、心を閉ざしたその夜。彼女は庭園で、謎めいた美しい青年・フィンレイと出会う。 彼との出会いが、凍りついていたユリアナの人生を劇的に変えていく。 一方、急に素っ気なくなったユリアナに、リアムは焦りと歪んだ執着を抱き始める。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

処理中です...