捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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アリア教会――今日も元気に自滅の道を歩んでおります。

「……ここには、アリア教会が所有しているグリフォンを、うちの魔物が殺したと書いてあるのだが……」

「…………」

「まさか、その“魔物”とは、ミートさんのことなのか?」

 コンラッドは信じられなかった。
 ユリアーナが飼育していたという、あの温厚で穏やかな――虫一匹殺さないようなミートさんが?

 最近では、ユリアーナのように、花のような爽やかで優しい香りを漂わせている、あのミートさんが?

 いつの間にかコンラッドは、ミートさんにユリアーナの面影を見るようになっていた。

 ……かなりの重傷である。

 だからこそ、
 彼女がグリフォンを殺した、という一文が、どうしても信じられなかった。

「毎日、我が屋敷に来ては、聖女様は暴言を吐きまくりで……」

「とうとう、聞き捨てならないことをおっしゃいましたので、お仕置きにと……」

「聞き捨てならない、とは?」

 コンラッドの声が、低くなる。

「……ユリアーナのことか?」

「もちろん、それもございますが……」

「よし!」

 バン! と机に大きな音を立て、両手をつき、コンラッドはゆらりと立ち上がった。

「あの教会を、潰しに行こう!」

 まるで、「今から魔物を倒しに行ってこよう!」かのようなノリで、そう言い放つ。

 しかし。

「お待ちください、公爵様!」

 そこで、まさかの侍女長によるストップがかかった。

「どうした?」

「まずは、ミート様に感謝の意を!」

 侍女長は、きっぱりと言い切った。

「彼女のおかげで、被害は門ひとつの破壊で済んだのですわ。ちなみに――聖女は当分の間、我が屋敷には近づけません。」

「……? それは、どういう……」

「教会の者たちは、例の液を二度も浴びておりますの。」

 どこか晴れやかな声音で、侍女長は続ける。

「すでに、強烈なトラウマになっているのではないかと……」

「……あ、あれか……」

 コンラッドの顔が、引きつった。
 脳裏に、初めてあの液の臭いを嗅いでしまった時の記憶が、鮮明によみがえる。

「そ、そうか……ミートさんが……」

 そして次第に、顔色が悪くなっていく。

「それよりも、慰謝料の件ですわ。」

 コンラッドの体調などお構いなしに、侍女長は忌々しそうに眉をひそめる。

「よくもまあ、あれほど、ぬけぬけと……」

「でしたら――こちらも、門の修理費を請求してはいかがでしょう?」

 進言したのは、いつもいるのかいないのか分からない、影の薄い執事――ノートンだった。

「もちろん、そのつもりだが。何か案があるのか?」

「ええ。」

 ノートンは、眼鏡の奥でわずかに目を細める。

「調べましたところ、アリア教会は……かなり資金繰りが苦しいようでして。」

「ほう……」

 コンラッドの目が、怪しく光った。

「こちらの門の修理費を、全額弁償するのなら……」

「グリフォンの慰謝料については、“考えて差し上げる”、と」

「その通りでございます。」

 執事にしては珍しく、ノートンもまた、悪い笑みを浮かべていた。

「弁償するにしても、たかがグリフォン。捕まえてくればいい話だしな……」

 グリフォンの捕縛など、コンラッドにとっては造作もない。
 なにせ、アースドラゴンを狩ってくるほどの実力者である。

「門ひとつで済んだのは、確かに温情だな。」

 そう言って、コンラッドは――ノートンとは比べものにならないほどの、凶悪な笑みを浮かべていた。

 早速、アリア教会宛に送り出された一通の書面は、絶大な効果を発揮した。

 アリア教会の重鎮たちは、その書面を目にするやいなや、完全にパニックに陥っていた。
 先日の――グリフォンの慰謝料に対する、ヴァーミリオン公爵家からの返答である。

「……公爵家の門の修繕費を、全額負担しろ、だと?」

 そこには、公爵家の門の修理費の見積書と、その詳細が細々と綴られていた。

「おい待て……うちはグリフォンを失った側だぞ? どう考えても、被害はこちらだろう!」

「……いや、多分……グリフォンよりも、公爵家の“門”の金額が……」

 一人がそう呟いた瞬間、室内の空気が一気に重くなった。

「第一、このような大金! 我が教会には、ありません!」

 経理担当が、ほとんど叫ぶように言い切った。

「門の修理など、無視だ! 無視!」

「それよりも、グリフォンの慰謝料が優先であろうが!」

 唾をまき散らしながら、イーリアス枢機卿が怒鳴り散らす。

「話によると……聖女様が、一方的に公爵邸の門を破壊させた、と聞いております。」

「なんだと?」

「公爵家が今回、魔物を前に出したのも聖女様が、公爵不在なのをいいことに、毎日罵詈雑言を浴びせ続けたからだと……。実はその件での慰謝料請求も来ております。ただでさえ資金繰りが苦しいというのに……」

 経理担当が、絶望だと言わんばかりの深いため息を漏らす。

「あの、とてつもなく臭い汚物も、公爵家のせいであろう? その慰謝料も上乗せしてこい!」

 ずっと教会中に漂う異臭。
 その臭いに、アリア教会に所属する者たちは、夜も眠れず精神ともに疲弊していた。
 その上、臭いのせいで食事もまずく感じ、いっこうに食欲が湧かない。
 教会の近隣からは、毎日臭いの苦情が寄せられる始末。
 つい先日は、近隣住民の暴動が起きる一歩手前であった。

 とにかく教会中が臭すぎて、何に対しても集中できない。

 この状況を逆手に取ろうと、イーリアス枢機卿が言い放ったのだが……。

「それも、そもそも聖女様が原因だとのことです。慰謝料は難しいかと……」

 言いにくそうに、重鎮の一人が進言した。

「あのバカ娘が!」

 とうとう、自分の娘を“聖女”から“バカ娘”呼ばわりする始末。

「神聖力が無いどころか、こんなにも愚かな娘だったとは……」

 イーリアス枢機卿は、頭を抱えた。

「今回の件で、公爵もかなりのお怒りのようです。結婚など、とても……」

「……その件は、どうとでもなる!」

 イーリアス枢機卿の声は、恐怖を感じるほどに低かった。
 その件にだけは、異常に自信があるようである。

「今回の件で、すでに何人かの聖騎士が辞職しておりますし……」

 誰もが、その一言に言葉を失った。

「グリフォンも失い、ただでさえ少ない聖騎士を半分近く失っているのです。今、公爵家を敵に回すのは、得策ではありません!」

 聖騎士団長が、今さらのように付け足して進言した。

 A級認定の魔物であり、自分たちが奥の手として大事に育てていたグリフォン。
 まさか、たかがC級とされるジェントワームに、瞬殺されるとは……。

 そのうえ、聖騎士御用達のミスリル製の剣や槍が、役に立つどころか、粉々に砕け散るとは……。

 彼らは、戦闘力の面でも、完全に自信を失っていた。

 さらに、あの汚物をまともに浴びてしまった聖騎士たち。
 あまりにもしつこい汚れと臭いに二度も絶望し、早々に辞表を叩きつけて姿を消してしまったのだ。

 ただでさえ少ない聖騎士を半分近く失い、さらに奥の手として大事に育てていたグリフォンまでも失ったアリア教会。

 翌日の朝まで続けられた討論の結果。

「つまらん。グリフォンの慰謝料は、なかったことにしてやるそうだ……」

 興味が失せたと言わんばかりに、書面をひらひらとさせながら、コンラッドはそう呟いた。

 アリア教会は、早朝、早々に白旗を揚げてきた。

「その上で、門の修理費もなかったことにしろと……。相当、金に困っているようだな?」

「はい。黒い噂もあるくらいですから。」

「黒い噂?」

「はい。何でも、あのアリア教会は、人身売買をしているのだとか……」

「……? そのような制度、もう何十年も前に廃止されたはずだ。第一、兄上が許すはずがない。」

「ですが……あのアリア教会ですので……」

「いろいろと調べてみる必要がありそうだな?」

 コンラッドの意味ありげな笑みに対し――

「心得ております。」

 ノートンは一言だけそう答えると、静かに部屋を去って行った。
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