捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

文字の大きさ
36 / 67

体力が無いと、結婚は難しいらしいです。

しおりを挟む
 公爵がヨルムンド共和国へ行くと決定した頃。

 ヨナリウスとウィリアムは、シュバリエ皇国の子供たちとフリーダムメンバーと一緒に、孤児院に行くところであった。

 教会の名前が出ただけで、恐怖に顔をゆがめ泣き出す、シュバリエ皇国の子供たち。

 何故怖いかと聞けば、教会ではご飯もろくに与えられず、お風呂にも入れてもらえない。
 眠るときは、堅い床の上に薄い布一枚という有様であったらしい。
 なのに赤黒い妖しげな光を宿す石に、毎日神聖力を注がなければならない。
 決められた量を注げなければ、ご飯抜きは当たり前らしい。

 しかも。

「あそこの人たち、すぐにぶつんだ。」

「とっても怖いの~。」

 暴力を受けることが、当たり前だったらしい。
 
「それって本当に、ヨナス教会?」

 ヨナリウスとウィリアムは、顔を見合わせて首をかしげた。

 なぜなら、この領地内にあるのはヨナス教会のみだからだ。
 しかも司教様は、とても優しくて温厚なおじいちゃんである。
 年を取っている割には筋肉モリモリで、子供たちが危険な目に遭ったときは、神聖力を使うよりも、その筋肉で相手を一網打尽にする人だ。

「必殺技は、ピッカピカだ―って言ってた!」

 そして、司教様は見事なスキンヘッドだった。
 毎日ピカピカに磨いてあげると喜んでくれるんだと、孤児院の子供たちが言っていたことを話す。

 すると、子供たちが不思議そうな顔をした。

「え?ここの教会は、アリア教会じゃないの?」

 と。

「アリア教会?」

 ヨナリウスは不思議そうに復唱した。

「王都にはあるらしいよ? なんかあんまりいいこと聞かないって、父様が前に言ってた。」

「ふ~ん。」

 ヨナリウスは興味なさそうに返事をした。

「じゃあ、ここの教会はアリア教会じゃないんだね?」

「うん。ヨナス教会だよ?」

 ヨナリウスの言葉に、シュバリエ皇国の子供たちは安心したような笑みを見せた。

「もしかして、アリア教会に戻されるんじゃないかって……」

「また、あいつらに連れて行かれるんじゃないかって……」

 子供たちは安心したのか、ポロポロと涙をこぼし始めた。
 けれど、それは悲しみの涙ではなかった。
 心から安心したような笑顔を浮かべていたからだ。

「ではお試しで、みんなで孤児院に行ってみましょうか。今日はね、ふわふわのシフォンケーキを焼いたの。みんなに持って行って、一緒に遊んでいらっしゃい。」

 ユーリの一言で、孤児院に行くことが決定したのであった。

 孤児院に着くと、子供たちは最初こそおずおずとしていたが、焼きたてのシフォンケーキが運ばれてきた瞬間、その表情は一気にほどけた。

「わあ……!」

 ふわりと広がる、甘くて優しい香り。
 ふかふかの生地は、口に入れるとすぐに溶けていく。

「おいしい……」

 誰かがそう呟くと、それを合図に、あちこちから笑顔がこぼれ始めた。

 ヨナリウスは、フォークを持ったまま満足そうに頷き、ウィリアムは頬いっぱいにケーキを詰め込みながら、幸せそうに目を細めている。

「おかわり、あるよね?」

「あるに決まってるでしょ。」

 そんなやり取りに、周囲の大人たちも思わず笑った。

 ケーキのあとは、庭で鬼ごっこをしたり、ボールを転がして転んでは笑ったり。
 そして牧場で、ミルーネーにご飯をあげたり、その大きな背に乗せてもらって散歩したり。

 途中で、孤児院の女の子とシュバリエ皇国の女の子との間で、ヨナリウスとウィリアムの取り合いが行われるハプニングはあったのだが。

 泣いていたはずの子供たちは、気づけば声を上げて笑い、怯えていた表情は、いつの間にか消えていた。

 その日、孤児院には久しぶりに、子供たちの笑い声が、日暮れまで響いていた。

 夕方、空がオレンジ色に染まる頃。
 名残惜しそうにしながらも、ヨナリウスたちは孤児院を後にした。
 ウィリアムは、お迎えに来た馬車に乗って帰って行った。

 残ったヨナリウスと、シュバリエ皇国の子供たちは、フリーダムのメンバーに見守られながら、ゆっくりと帰路につく。

「……ここ、こわくないね。」

 ぽつりと誰かが言ったその言葉に、ヨナリウスは微笑みながら言った。

「だいじょうぶだよ。ここは、いいところだから。」

 その言葉に、子供たちは安心したように頷いた。

「ずっとここにたいな……。」

 男の子がそうつぶやいた。

「お父さんとお母さんも、ここに来ればいいのに……。」

「そうだね。こんなにいいところなのにね。」

「おうちに帰ったら、お願いしてみようかな?」

 そんな言葉が聞こえてきた。

「もし、ここに引っ越してくるようだったら教えてね?ぼく、辺境伯様にお願いするから。」

「辺境伯様?」

「あのひと、ヨナリウス君のお父さんじゃないの?」

 女の子の一人が、不思議そうにたずねてきた。

「? 違うよ? ぼくの母様の……じょうし? らしいの。」

「じょうし?」

「うん。偉い人なんだってー!」

「へーそうなんだ。」

「じゃあ、ヨナリウス君のお父さんって誰?」

 男の子が聞いてきた。
 その言葉に、フリーダムのメンバーはとっさにヨナリウスの反応を見る。

「? いないよ? だって必要ないもん。 僕が大人になったら、母様と結婚して幸せにするんだから。」

 ヨナリウスの言葉は、ぶれなかった。
 当たり前だと言わんばかりの、自信に満ちあふれた言葉。
 フリーダムのメンバーはあまりにもわかりきっていた答えに、ただ何も言えないでいた。

「そ、そうなんだ……。」

 男の子は、何かを悟ったかのように、それ以上は言わなかった。

 しかし。
 女の子たちは違うようである。

「ヨナリウス君、お母さんとは結婚できないのよ?」

「? どうして?大人になったら、問題ないんでしょう?」

 ヨナリウスは理解していなかった、結婚というものを。

「僕だったら、母様に痛い思いをさせないし、泣かせない。いつも笑ってくれるように誠心誠意尽くすもん!」
 
 ヨナリウスは、自信満々にそう答えた。

「結婚って、そういうものだっけ?」

 少女は混乱している。

「そうだよ!結婚したら、男の人は女の人が、泣くくらい痛いことをするときがあるって母様が言ってた。母様が体力がないと結婚は難しいって、自分にはあんな体力はないって、言ってたよ。でも僕にとってはそんなこと、全然関係ないもん!僕が母様を幸せにするんだ!」

 ヨナリウスは、自信満々に言い切った。

「ヨ、ヨナ? 体力がってどういうことだ?」

「こ、子供を産むときのことですかねえ?」

「ヨナリウスを産んだんだ。母様は十分に体力があると思うよ?」

 フリーダムメンバーも困惑している。

「? 結婚は大変、って母様が言ってた。体力は大事!」

 ヨナリウスが両手を強く握りしめ、鼻息荒く力説している。

「そ、そうなんだ……」

「体力……。」

 フリーダムメンバーは、ますます困惑している。

「やっぱり旦那の暴力……。」

「まじ、見つけて殺したい!」

「許されない男です……」

 フリーダムメンバーは、子供たちに聞こえないよう、必死に殺気を押さえながら小さな声で言い合った。

「じゃあ、お母さんって凄い人しかなれないんだねー。」

「私も今からがんばろうっと!」

「体力つけないとね!」

 ヨナリウスの言葉に、なぜか闘志を燃やすシュバリエ皇国の子供たちなのであった。

 ――遙か遠く、シュバリエ皇国で。
 コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵が、理由もなくくしゃみをして、眉をひそめた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

婚約辞退いたします。だってこの国、沈みますもの

鍛高譚
恋愛
「婚約はお断りいたします――この国は近い将来、崩壊しますので」 そう言い放ったのは、社交界でも目立たない子爵令嬢、マリン・アクアリウム。 ある日、とある舞踏会に突如現れた王太子ガイア殿下。 誰もが驚く中、なんと彼はマリンに婚約を申し出る。 周囲は騒然。「子爵令嬢が王太子妃!?」「断る理由などないはず!」 ――だが、彼女は断った。「この国は、もうすぐ滅びます」――と。 そんな不吉な言葉を口にしたことで、彼女は“狂言癖のある嘘つき令嬢”と噂され、 家族にさえ見放され、ついには国外追放の身に。 だが、彼女の予言は本物だった―― 数年後、王国に未曾有の大災厄が迫る。 国土が崩れ、海に沈む都市。人々が絶望する中、思い出されるのは、 あの舞踏会でただひとり“滅び”を告げた少女の名。 「彼女なら、この国を救えるかもしれない……」 皮肉にも“追放令嬢”マリンは、再び王都に呼び戻され、 滅びゆく国で最後の希望として担ぎ上げられる。 信じてもらえなかった過去。 それでも人々の命を守ろうと奔走するマリン。 そして、王子ガイアが差し伸べた、あの日と変わらぬ手。 ――たとえ国が滅んでも、あなたとともに歩んでいきたい。

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

七年目の裏切り 〜赴任先の夫から届く愛の手紙は、愛人の代筆でした〜

恋せよ恋
恋愛
「君は僕の最愛だ。もう二度と、君を危険に晒したくない」 命懸けの出産後、涙を流して私を抱きしめた夫ジュリアン。 その言葉通り、彼は「私を大切にするため」に夜の営みを断った。 私は、女としての寂しさを「愛されている誇り」に変え、 隣国へ赴任した夫を信じて二人の子供と家を守り続けていた。 毎週届く、情熱的な愛の手紙。タイプライターで綴られた その愛の言葉を、私は宝物のように抱きしめていた。 ……しかし、その手紙は「裏切り」だった。 夫が異国の地で、愛人と肌を重ねながら綴らせていた「偽りの愛」。 身分を隠して夫の赴任先の隣国へと向かった私が見たのは……。 果たして、貞淑な妻・メラニアが選んだ結論は……。 子供たちのため結婚生活の継続か、それとも……。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

処理中です...