捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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イシャロット帝国一行はとうとうヨルムンド共和国にやってきました。

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 ヨルムンド共和国に、というより正確には、自由都市シールズーを治めるヴァレン辺境伯に、ある縁談を持ちかけるためだ。

 そう言って、イシャロット帝国一行はこの国を訪れた。

 資金繰りに苦しみ、国の経営が思うようにいかないイシャロット帝国では、皇子と皇女が各国を渡り歩き、結婚を通じた資金援助を求めているという話は、すでに周知の事実であった。

「なんでも、悪臭をまき散らしながら、どこの国でも門前払いらしいが……」

 その臭いのせいで、自国にも入国拒否をされたらしい。

「この国に入ったときには、その悪臭も消えていたようだが……。」

 国王はホッとした。
 隣の国、バンーテーン王国領に入ったときは、まだ臭いが残っていたため国王率いる王族が、全力で入国拒否した。
 バンーテーン王国は、シュバリエ皇国に比べると財力も軍事力も劣るためか、まさか自分のところには来ないだろうと安心していた矢先である。

 この国でも年頃の王女はいたが、その臭いのひどさとイシャロット帝国の悪い噂で、皇子たちは全力で拒否された。
 シュバリエ皇国からも情報を得ていたため、皇子と皇女は噂以上に、バンーテーン王国の王族たちにとって、厄介な客人となっていた。

 彼らはその代わりにと、自国の外れにある温泉街を自由に使える許可を出し、事なきを得たのである。
 イシャロット帝国一行は、周りにとても不愉快な視線を送られながらも、それを気にすることなく存分に温泉を楽しんだ。
 そのおかげか、今ではあのなかなかとれなかった臭いから、やっとの事で解放されたのである。

 ヴァレン辺境伯領は、隣接する伯爵領地と合わせて三つのダンジョンを有し、港を抱えているため貿易も盛んだ。
 近年はミールネーの乳製品とその料理、さらに良く効く薬の流通により、発展も著しい。

 彼らが目をつけたのは、まさにその点だった。

 狙いは、バレリア皇女を辺境伯夫人として嫁がせ、その見返りに資金援助を受けること。

「一度、他国のパーティーでも、お会いしたことがありますわ。」

 そう言って、バレリア皇女はこの縁談に乗り気だった。

 シュバリエ皇国のコンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵と比べれば見劣りはするものの、ローウェン・ヴァレン辺境伯もまた、細身で背が高く、整った顔立ちの持ち主である。

 見た目重視のバレリア皇女が、目をつけないはずがなかった。

 突然の王都からの呼び出し――すなわち縁談の話に、ヴァレン辺境伯は顔を引きつらせた。

「……何故、私が行き遅れの後始末など。」

 いつも穏やかで、人の外見について口にすることなどなかった辺境伯が、こうまで言うのだから。

「年齢や見た目をどうこう言うつもりはないが、あの女はごめんだ!」

 辺境伯にしては珍しく、強い拒否を示す。

 バレリア・イシャロット皇女、三十三歳。

 現イシャロット帝国、皇帝の十歳も離れた妹。
 数多くいる皇帝の兄弟の中で皇女は彼女一人であったため、特に甘やかされ何不自由なく育った女。

 そのせいか素行が悪く、何度も婚約をしては破棄するという、迷惑極まりない女だった。

 当然、辺境伯もいいイメージはみじんもない。

 かつて、望みもしないパーティーで顔を合わせたあの女。
 傲慢な態度と、香水臭いけばけばしさしか印象に残っていない。

 耳障りなキンキン声で他国の令嬢にケンカを売り、「皇女だから」と上から目線で、公衆の面前で辱めた女だ。

 辺境伯の知り合いの娘が、ただ挨拶に来ただけだったというのに。

 その時、他の貴族子息に相手にされなかったからだろうか。

「私とダンスを踊ってくれたら、彼女は許して差し上げますわ。」

 といわれ、ダンスぐらいなら……と承諾したのがいけなかったのだろうか?
 
 彼女は皇女でありながら、独創的なリズムでお世辞なりにもダンスはうまくなかった。
 一曲終わるまでに、あのかかとのとがった高いヒールで、何度足を踏まれたことだろう。

 このときほど、風属性の魔法持ちだったことに、感謝したことはない。
 バレないようにギリギリのところで避け、見た目にはうまく踊れているように細工した。

 触れるのも嫌だったので、風魔法で防御膜を作り、触れているように見せかけることにも成功している。
 あれ以上にきつい香水の匂いも、風魔法を駆使して分からない程度に散らせたくらいだ。

 思い出しただけで、怒りと疲れが交差する。
 
 ヨルムンド共和国の国王や重鎮たちも、あれこれ助言して断ろうとしたらしいが。

「問題ありませんわ。以前ダンスもご一緒しましたのよ。辺境伯様はきっと、私を辺境伯夫人にしてくださいます。」

 と、やけに自信満々であるらしい。
 
 冗談ではない、と頭を抱える兄を見かねて、弟のバーナード・ハイランズ伯爵はユーリに声をかけた。

「兄を助けると思って、婚約者のふりをしてくれないだろうか?」

「私が……ですか?」

 突然の申し出に、きょとんとするユーリ。

「君は、平民の割には、所作がとても綺麗だ。まるで本物の貴族のご令嬢のようにね。」

 そう言われ、ドキンと心臓が跳ね上がった。

「そ、そうでしょうか?」

「皆が、噂しているくらいにはね。」

 そして今回のバレリア皇女の件を彼女に話して聞かせた。

「まあ。そんなに印象深い皇女様が、ローウェン様に求婚を?」

 最近、彼が元気を失っていることには、なんとなく気づいていた。
 何かある毎に、深いため息を漏らしているのを見るからだ。
 体調が悪いのかと声をかけるも。

「大丈夫ですよ。ご心配、ありがとうございます。」

 と、作り笑顔で返事を返される。

「ああ。兄はとても困っているんだ。あの通り仕事いっぺんな性格だったから、他に頼める女性もいないしね……。」

「あの……以前おっしゃっておりましたが、ローウェン様には、お心を寄せているご令嬢がいらっしゃると。その方にお願いは出来ないのでしょうか?」

 ユーリは以前、話に上がったことを聞いてみた。

(それ、あなたのことなんですけどー!)

 そう叫びたいところをギリギリのところで我慢するハイランズ伯爵。

「そうですね……今は難しいかと……。」

 冷や汗をかきながら、必死にごまかしてみせた。

(兄上ー! 貴方の思いはまだ距離がありそうですー!)

 内心は、全く届いていないであろう兄の思いに、涙を流す。

「そうなんですね……。」

 そんな伯爵の思いなど全く分かっていないユーリ。

 困ったような顔を向ける、ハイランズ伯爵に対し、ユーリは決心した。
 ローウェン・ヴァレン辺境伯には、ずっとお世話になっている。

 いつも世話になりっぱなしなのだから、せめてこのくらいは――。

「分かりましたわ。そのお役目、引き受けさせていただきます。」

 そう答えたユーリの声は、思ったよりも静かで、しかし確かだった。
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