捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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ヴァレン辺境伯と、ダンスの練習をしています。

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「なんて美しいのでしょう!」

 ヴァレン辺境伯の侍女たちは、その姿に思わず息を呑んだ。

(……そうかしら? 昔に比べたら、胸回りとお腹周りが……)

 結婚前は、ガリガリで痩せすぎていると思っていた。
 結婚式に着るドレスの試着でも、胸回りも腰回りも、めちゃくちゃ詰めていたような気がする。

 今の時代、胸回りはふくよかに、腰回りはより細くが主流である。

 胸回りはともかく、背中とお腹の周りが……。

(出産したら、体型が変わるって本当なのね……)

 少し、自信をなくしていた。

 ローウェン・ヴァレン辺境伯の“偽りの婚約者”を演じることとなったユーリ。
 まずは装いから、と、辺境伯領でも一番と名高いブティックからドレス一式を取り寄せ、試着している最中である。

「本当に……綺麗だ。」

 ユーリのドレス姿に見とれ、素で固まる辺境伯。

「予想以上ですねえ……。」

 バーナード・ハイランズ伯爵は顎に手を当て、何やら確認するかのように見ている。
 彼にとっては、幼なじみで最愛の妻、ナターシャ夫人以外に目を向ける理由などなかった。

「か、母様……?」

 あまりにも似合う母親のドレス姿に、息子のヨナリウスまでその場で動きを止めていた。

「ねえ、私の見立ては、確かでしょう?」

 ナターシャ夫人は、まるで自分のことのように自信満々に、そして満足そうに微笑む。

「ヨナの母上、お姫様みたい……」

 ウィリアムもまた、ぽかんとしたまま、視線を逸らせずにいる。

 ユーリが思っている以上に、周りの評判はとても良かった。

「そ、そうかしら……」

「今、王都でもはやりのドレスらしいですわ。」

 ナターシャがうらやましそうに、ユーリを見ている。

「後で君のも購入しようか。」

 そんな夫人を見て、すかさずハイランズ伯爵は、侍女たちに指示を出した。

 一方、久しぶりに貴族用のドレスを身に纏ったユーリ本人は、戸惑うばかりだった。

(実家にいた頃だって、こんな生地の高そうなドレス、着たことないんですけどー!)

 強いて言えば、公爵家にいた頃くらいだろうか。

「これに似合う宝石も選ばないとね!」

 目をきらきらさせながら、次々と候補を選び出すナターシャ夫人。

「そ、そんなに選んでいただかなくても、私……」

 ただの“雇われ婚約者のふり”をするだけなのに、次々と用意される高価な装飾品に、申し訳なさと居心地の悪さを覚えてしまう。

「いえ。私のわがままを聞いていただくのです。このくらいのプレゼントは、どうかさせてください。」

 そう言われ、辺境伯もすっかり乗り気になって、ナターシャ夫人とあれこれ相談しながら品を選び始めた。

「私も、ナターシャのを選びたいな。」

 ハイランズ伯爵までもが加わり、とても楽しそうである。

「お兄様の瞳の色に合わせた宝石など、いかがでしょう?」

 そう言って差し出されたのは、辺境伯の瞳の色に合わせた、エメラルドの宝石があしらわれた首飾りとイヤリングだった。

「そうだね。これなら、茶色い髪と瞳のユーリにも、とてもよく似合う。」

 辺境伯は迷うことなく、即決で購入した。

「私のわがままだと思って、これをつけて一緒に王城へ行ってほしい。」

 そう言って贈られては、受け取りを拒否することなどできない。

「で、でも……こんな高価な物、平民の私には……」

 ユーリは困惑した。

「ひとまず試してみては? ほら、着いたわ。鏡で確認してみて。」

 ナターシャの迅速な行動により、あっという間に装飾品まで身につけさせられ、ユーリは鏡の前に立たされる。

(これ、目立ちそうなんですけどー)

 鏡に映る自分の姿に、思わず叫びそうになった。

「あ、あまり目立ちたくないのですが……」

 そう訴えてみるものの――

「お兄様の婚約者と名乗るのであれば、これくらいはなさいませんと。」

 さらに、きっぱりと言い切る。

「それに相手は、宝石を無駄にじゃらじゃらと身につけ、香水という名の臭いをまき散らす、悪名高い皇女殿下ですもの。これくらいしませんと、対抗できませんわ!」

 いつもはおとなしく穏やかなナターシャ夫人が、まるで臨戦態勢に入ったどこぞの悪役令嬢のように、得意げに笑った。

「か、母様……?」

 初めて目にする母のその姿に、息子のウィリアムは、ほんの少しだけ恐怖を覚えた。

「ドレスや装飾品は、いわばご婦人方の戦闘服なんだよ。ヨナもウィルも覚えておくといい。」

 その隣では得意げに、ハイランズ伯爵が子供たちに教えていた。

「僕が後十五年早く生まれていたら、母様と結婚できたのにー!」

 子供らしい本気の言葉に、周りの大人は生暖かい視線を送る。
 ヴァレン辺境伯の隣にいたヨナリウスは、本気で悔しがっていた。

「まあ、ヨナにそんな風に言ってもらえるなんて。母様、とてもうれしいわ。」

 ユーリの自分に向けられる笑みに、ヨナリウスは恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 そんな中。
 
 ユーリは重要なことを思い出した。

(私……ダンスなんて、踊ったことがなかったわ)

 引き受けておきながら、あまりにも致命的な事実に気づき、ユーリの顔から血の気が引く。

 結婚前も後も、日々の生活に追われ、ダンスの練習など一度もしたことがなかった。

 そんな変化に、辺境伯はいち早く気がついた。

「どうかなさいましたか?」

「いえ……。今さらではあるのですが……」

「?」

 歯切れの悪いユーリの様子に、周囲の面々も怪訝そうな表情を浮かべる。

「わ、私……ダンスなんて、踊ったことがありません……」

 恥ずかしさに頬を真っ赤に染め、俯きながら、ユーリはようやくそう告げた。

「……そうなのですか?」

 しかし、その反応は拍子抜けするほど、あっさりしたものだった。

 まるで「それだけのことですか」とでも言わんばかりである。

 その隣で、伯爵とナターシャ夫人は、むしろ安堵したように、そっと息を吐いていた。
 
 辺境伯は、不安そうにしているユーリの手を取った。

「それでは、私と練習いたしましょうか?」

「え?」

「あさってには出発しなくてはならないので。まずはその間、私と練習をしながら、いろいろと試してみましょう。」

 辺境伯はとてもうれしそうに、ユーリに提案した。

 場所を移り、早速踊ってみる。

(ローウェン様は、何でもおできになるのね……)

 その踊りやすさに、ユーリは驚きを隠せないでいた。

「本当に初めてですか?」

 辺境伯が、半信半疑というより感心したように目を細めた。

「ええ……お恥ずかしいお話なのですが……」

 ユーリは真っ赤になって俯く。

「初心者にしては、とてもお上手ですよ。」

 辺境伯はそう言って、さらに柔らかくリードした。
 足運びも、重心も、自然と良い場所へと運ばれていく。

「……踊れてる。」

「ねえ、あれ本当に初めてかしら?」

 二人の様子を見て、伯爵夫妻は顔を見合わせた。
 
「ぼくだって、あのくらいの年齢になれば母様を……。」

 軽やかに踊り続ける辺境伯と母親を、メラメラと後ろに燃えさかる炎が見えるくらいに、嫉妬全開で見ているヨナリウス。

「叔父上とヨナの母上、とっても綺麗だね~。」

 見とれつつ褒め称えるウィリアムの足を、思わず踏んづけてしまうくらいには、ヨナリウスは嫉妬に燃えていた。

「兄上、幸せそうだ……。」

「本当に……。」

 ヨナリウスの八つ当たりで泣き出した息子ウィリアムに、気がつくことなく。

 伯爵夫妻は仲良く体を寄せ合い、兄である辺境伯の幸せそうな笑みに、ただただ目を細めていた。
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