捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

文字の大きさ
38 / 73

ヴァレン辺境伯と、ダンスの練習をしています。

「なんて美しいのでしょう!」

 ヴァレン辺境伯の侍女たちは、その姿に思わず息を呑んだ。

(……そうかしら? 昔に比べたら、胸回りとお腹周りが……)

 結婚前は、ガリガリで痩せすぎていると思っていた。
 結婚式に着るドレスの試着でも、胸回りも腰回りも、めちゃくちゃ詰めていたような気がする。

 今の時代、胸回りはふくよかに、腰回りはより細くが主流である。

 胸回りはともかく、背中とお腹の周りが……。

(出産したら、体型が変わるって本当なのね……)

 少し、自信をなくしていた。

 ローウェン・ヴァレン辺境伯の“偽りの婚約者”を演じることとなったユーリ。
 まずは装いから、と、辺境伯領でも一番と名高いブティックからドレス一式を取り寄せ、試着している最中である。

「本当に……綺麗だ。」

 ユーリのドレス姿に見とれ、素で固まる辺境伯。

「予想以上ですねえ……。」

 バーナード・ハイランズ伯爵は顎に手を当て、何やら確認するかのように見ている。
 彼にとっては、幼なじみで最愛の妻、ナターシャ夫人以外に目を向ける理由などなかった。

「か、母様……?」

 あまりにも似合う母親のドレス姿に、息子のヨナリウスまでその場で動きを止めていた。

「ねえ、私の見立ては、確かでしょう?」

 ナターシャ夫人は、まるで自分のことのように自信満々に、そして満足そうに微笑む。

「ヨナの母上、お姫様みたい……」

 ウィリアムもまた、ぽかんとしたまま、視線を逸らせずにいる。

 ユーリが思っている以上に、周りの評判はとても良かった。

「そ、そうかしら……」

「今、王都でもはやりのドレスらしいですわ。」

 ナターシャがうらやましそうに、ユーリを見ている。

「後で君のも購入しようか。」

 そんな夫人を見て、すかさずハイランズ伯爵は、侍女たちに指示を出した。

 一方、久しぶりに貴族用のドレスを身に纏ったユーリ本人は、戸惑うばかりだった。

(実家にいた頃だって、こんな生地の高そうなドレス、着たことないんですけどー!)

 強いて言えば、公爵家にいた頃くらいだろうか。

「これに似合う宝石も選ばないとね!」

 目をきらきらさせながら、次々と候補を選び出すナターシャ夫人。

「そ、そんなに選んでいただかなくても、私……」

 ただの“雇われ婚約者のふり”をするだけなのに、次々と用意される高価な装飾品に、申し訳なさと居心地の悪さを覚えてしまう。

「いえ。私のわがままを聞いていただくのです。このくらいのプレゼントは、どうかさせてください。」

 そう言われ、辺境伯もすっかり乗り気になって、ナターシャ夫人とあれこれ相談しながら品を選び始めた。

「私も、ナターシャのを選びたいな。」

 ハイランズ伯爵までもが加わり、とても楽しそうである。

「お兄様の瞳の色に合わせた宝石など、いかがでしょう?」

 そう言って差し出されたのは、辺境伯の瞳の色に合わせた、エメラルドの宝石があしらわれた首飾りとイヤリングだった。

「そうだね。これなら、茶色い髪と瞳のユーリにも、とてもよく似合う。」

 辺境伯は迷うことなく、即決で購入した。

「私のわがままだと思って、これをつけて一緒に王城へ行ってほしい。」

 そう言って贈られては、受け取りを拒否することなどできない。

「で、でも……こんな高価な物、平民の私には……」

 ユーリは困惑した。

「ひとまず試してみては? ほら、着いたわ。鏡で確認してみて。」

 ナターシャの迅速な行動により、あっという間に装飾品まで身につけさせられ、ユーリは鏡の前に立たされる。

(これ、目立ちそうなんですけどー)

 鏡に映る自分の姿に、思わず叫びそうになった。

「あ、あまり目立ちたくないのですが……」

 そう訴えてみるものの――

「お兄様の婚約者と名乗るのであれば、これくらいはなさいませんと。」

 さらに、きっぱりと言い切る。

「それに相手は、宝石を無駄にじゃらじゃらと身につけ、香水という名の臭いをまき散らす、悪名高い皇女殿下ですもの。これくらいしませんと、対抗できませんわ!」

 いつもはおとなしく穏やかなナターシャ夫人が、まるで臨戦態勢に入ったどこぞの悪役令嬢のように、得意げに笑った。

「か、母様……?」

 初めて目にする母のその姿に、息子のウィリアムは、ほんの少しだけ恐怖を覚えた。

「ドレスや装飾品は、いわばご婦人方の戦闘服なんだよ。ヨナもウィルも覚えておくといい。」

 その隣では得意げに、ハイランズ伯爵が子供たちに教えていた。

「僕が後十五年早く生まれていたら、母様と結婚できたのにー!」

 子供らしい本気の言葉に、周りの大人は生暖かい視線を送る。
 ヴァレン辺境伯の隣にいたヨナリウスは、本気で悔しがっていた。

「まあ、ヨナにそんな風に言ってもらえるなんて。母様、とてもうれしいわ。」

 ユーリの自分に向けられる笑みに、ヨナリウスは恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 そんな中。
 
 ユーリは重要なことを思い出した。

(私……ダンスなんて、踊ったことがなかったわ)

 引き受けておきながら、あまりにも致命的な事実に気づき、ユーリの顔から血の気が引く。

 結婚前も後も、日々の生活に追われ、ダンスの練習など一度もしたことがなかった。

 そんな変化に、辺境伯はいち早く気がついた。

「どうかなさいましたか?」

「いえ……。今さらではあるのですが……」

「?」

 歯切れの悪いユーリの様子に、周囲の面々も怪訝そうな表情を浮かべる。

「わ、私……ダンスなんて、踊ったことがありません……」

 恥ずかしさに頬を真っ赤に染め、俯きながら、ユーリはようやくそう告げた。

「……そうなのですか?」

 しかし、その反応は拍子抜けするほど、あっさりしたものだった。

 まるで「それだけのことですか」とでも言わんばかりである。

 その隣で、伯爵とナターシャ夫人は、むしろ安堵したように、そっと息を吐いていた。
 
 辺境伯は、不安そうにしているユーリの手を取った。

「それでは、私と練習いたしましょうか?」

「え?」

「あさってには出発しなくてはならないので。まずはその間、私と練習をしながら、いろいろと試してみましょう。」

 辺境伯はとてもうれしそうに、ユーリに提案した。

 場所を移り、早速踊ってみる。

(ローウェン様は、何でもおできになるのね……)

 その踊りやすさに、ユーリは驚きを隠せないでいた。

「本当に初めてですか?」

 辺境伯が、半信半疑というより感心したように目を細めた。

「ええ……お恥ずかしいお話なのですが……」

 ユーリは真っ赤になって俯く。

「初心者にしては、とてもお上手ですよ。」

 辺境伯はそう言って、さらに柔らかくリードした。
 足運びも、重心も、自然と良い場所へと運ばれていく。

「……踊れてる。」

「ねえ、あれ本当に初めてかしら?」

 二人の様子を見て、伯爵夫妻は顔を見合わせた。
 
「ぼくだって、あのくらいの年齢になれば母様を……。」

 軽やかに踊り続ける辺境伯と母親を、メラメラと後ろに燃えさかる炎が見えるくらいに、嫉妬全開で見ているヨナリウス。

「叔父上とヨナの母上、とっても綺麗だね~。」

 見とれつつ褒め称えるウィリアムの足を、思わず踏んづけてしまうくらいには、ヨナリウスは嫉妬に燃えていた。

「兄上、幸せそうだ……。」

「本当に……。」

 ヨナリウスの八つ当たりで泣き出した息子ウィリアムに、気がつくことなく。

 伯爵夫妻は仲良く体を寄せ合い、兄である辺境伯の幸せそうな笑みに、ただただ目を細めていた。
感想 2

あなたにおすすめの小説

「三番目の王女は、最初から全部知っていた」 ~空気と呼ばれた王女の、静かな逆襲~

まさき
恋愛
「三番目など、いなくても同じだ」 父王がそう言ったのを、アリエスは廊下の陰で聞いていた。 十二歳の夜のことだ。 彼女はその言葉を、静かに飲み込んだ。 ——そして四年後。 王国アルディアには、三人の王女がいる。 第一王女エレナ。美貌と政治手腕を兼ね備えた、次期女王の最有力候補。 第二王女リーリア。百年に一人と謳われる魔法の天才。 そして第三王女、アリエス。 晩餐会でも名前を忘れられる、影の薄い末の王女。 誰も気にしない。 誰も見ていない。 ——だから、全部見えている。 王宮の腐敗も。貴族たちの本音も。姉たちの足元で蠢く謀略も。 十六歳になったアリエスは、王立学園へ入学する。 学園はただの通過点。本当の戦場は、貴族社交と王宮の権力図だ。 そんな彼女に、一人だけ気づいた者がいた。 大勢の中で空気のように扱われるアリエスを、 ただ一人、静かに見ていた男が。 やがて軽んじていた者たちは気づく。 「空気のような王女」が、 ずっと前から——盤面を作っていたことに。 これは、誰にも見えていなかった王女が、 静かに王宮を動かしていく物語。

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

「三年間、誕生日のたびに記録していたら、彼氏より先に幸せになれました」 ──全部、メモしてたんで。

まさき
恋愛
三年間、瀬川凛は笑い続けた。 誕生日のディナーを予約しても、記念日にプレゼントを用意しても——彼氏の柊悠樹は、幼馴染の水瀬奈々からLINEが届くたびに、「すぐ戻る」と言って消えた。 戻ってくるのは、いつも二〜三時間後。 「大丈夫だよ、気にしないで」 凛はそう言い続けた。ただし——スマホのメモには、全部記録していた。 日付、時刻、状況。感情は一切書かなかった。ただ、事実だけを。 三年分の記録が積み重なったころ、悠樹は言った。 「奈々と付き合いたい。別れよう」 凛は静かに微笑んで、答えた。 「——わかった」 そしてその翌週、悠樹の会社のライバル企業への転職が決まった。 内定通知は、別れ話の一ヶ月前に届いていた。 泣かなかったのは、強かったからじゃない。 ずっと、準備していたからだ。

「あなたのことは、もう忘れました」

まさき
恋愛
試験前夜、親友が私の十年を盗んだ。 笑顔で。優しい言葉と共に。 私は泣かなかった。怒らなかった。ただ静かに王都を去って、一人で成り上がることにした。 やがて辺境から王都へ、私の噂が届き始める頃——かつての親友が、私の前に現れた。 後悔しても、もう遅い。

『婚約者を大好きな自分』を演じてきた侯爵令嬢、自立しろと言われたので、好き勝手に生きていくことにしました

皇 翼
恋愛
「リーシャ、君も俺にかまってばかりいないで、自分の趣味でも見つけて自立したらどうだ?正直、こうやって話しかけられるのはその――やめて欲しいんだ……周りの目もあるし、君なら分かるだろう?」 頭を急に鈍器で殴られたような感覚に陥る一言だった。 彼がチラリと見るのは周囲。2学年上の彼の教室の前であったというのが間違いだったのかもしれない。 この一言で彼女の人生は一変した――。 ****** ※タイトル少し変えました。 ・暫く書いていなかったらかなり文体が変わってしまったので、書き直ししています。 ・トラブル回避のため、完結まで感想欄は開きません。

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

私達、婚約破棄しましょう

アリス
恋愛
余命宣告を受けたエニシダは最後は自由に生きようと婚約破棄をすることを決意する。 婚約者には愛する人がいる。 彼女との幸せを願い、エニシダは残りの人生は旅をしようと家を出る。 婚約者からも家族からも愛されない彼女は最後くらい好きに生きたかった。 だが、なぜか婚約者は彼女を追いかけ……